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 翌日、私は不本意ながら、職員室で教師に話を聞いていた。

 話というのは古刀のことだ。私は采女や部長に頼まれていた通り、古刀の観察を授業中にやっていた。部員でもなんでも無いのに、チャートを考える手間や寝る間を捨ててまでやっているんだから、なにかそれなりの報酬を要求すべきなんじゃないかと考えていた。

 古刀は噂で聞いていた以上に、心配になるくらい落ち着きのない女だった。

 宿題なんて、まともにやってきたことはないし、授業で当てられてもロクに答えられたことはない。休み時間はどうも勉強をしているようだが、それにも飽きて途中で眠ってしまう。

 何も楽しみがない、何もうまく行っていない、かわいそうな女。

 しばらく眺めていたが、それ以上のことはわからなくなったので、私は大人の力を借りることにした。

 担任の男性教師は、女子校に存在する男性だというのに、その性欲を感じさせない朴念仁さが、女生徒には受け入れられていた。これで生徒に手を出したら、一体どんなことになるんだろう、と私はその悪魔みたいな想像をしない日はない。

 教師には「あの人、ちょっと心配なんです」と委員長が口にしそうな提言をすると、教師も頷いて「あの子は、俺も気にしている」と答えた。

 孤立、成績不良、無気力、非行。そういったものの原因には、家庭環境が影響している事があるのだが、古刀の場合は、その点では全く問題がないこと自体が問題だった。そこに原因を見つけ出されば、家庭のせいにすればそれで済むのに、そういうわけにもいかなくなっているからだった。

 原因不明の落ち込みだとしか思えない。教師の印象では、入学したときからそうだと言った。入試のときの成績も、ギリギリの合格ラインだったと言った。よくそんなことまで覚えているな、と私は教師に対してやや嫌悪感を覚えながらも感謝もした。

 教室に戻ると、古刀が人に話しかけられているところを見る。

 こっそりと、教卓の後ろにでも隠れて、私はその話を聞いた。だって、古刀のそんなところを見るのは、初めてだったからだ。ひょっとしたら、なにかの手がかりになるかもしれないと思った。

「ねえ古刀」話しかけているのは隣のクラスの女だ。名前は忘れた。「いつになったら返してくれるの?」

 なんだ? ゲームか? と私は勘ぐる。

「……ごめん、もうちょっと待って」古刀は頭を下げる。「なんとか見繕ってくるから……」

「早くしてよ。そんなこと続けてるから友達をなくすんだよ。私に感謝してよ」

「うん……ごめん、ありがとう……絶対返すから……」

「返してもらったところで、また金を貸すハメになったら同じだからね」

 隣のクラスの女は、足早に去った。

 古刀はそのあと、気にもしない様子で、帰宅の準備をした。

 ……借金?

 そりゃ問題児ね、と私は独り言を呟いてしまう。



 何故か、采女が休み時間にやって来る。

 友達でもなんでもないくせに、にこにこした表情で私に近寄り、「ねえ、古刀のこと調べたの?」と聞いて来た。本人が近くにいるから静かにしろというと、采女は古刀本人の方をチラリと見た後に、舌を出して反省する。古刀は寝ていた。

 私は教師から聞いた話を、采女に聞かせた。原因不明の無気力女、端的に説明するとそうなる。その上、人から金も借りている。友達がいない原因は、きっとそれに違いなかった。

 采女は礼を言う。そして自分も秋光を調べたから聞いて、欲しいと言った。私は、別に興味なんてなかったが、彼女を止める暇がなく、一方的に壊れた蛇口みたいに話し始めた。

「秋光も、相当に人間嫌いっていうか、この女も孤立してるよ。全然クラスに馴染んでないみたい」

「珍しくないでしょ、そう言う人」私は言う。自分のことも含めた発言だった。

「でも、古刀さんと違うのは、そうなりたがってるってこと。人間関係を清算したがってるけど、周りがそうさせてくれないみたい。孤立はしてるけど、友達付き合いは普通にあるっていうか」

「あの女らしいわ。ファッションで孤独になってるのよ」

「……まあ、好きで独りでいるって点では、津倉さんと同じかも」古刀をまたチラリと見る采女。「秋光さんは、休み時間は読書とか勉強とかしてるし、楽しそうだった。友達が来たら、テレビドラマの話とかもしてたよ。もうあの人、ゲームなんか見向きもしてないんだと思うと悲しくなった」

「あー、流行りのドラマとかそういうの観る人、好きじゃない。偏見だけど」

「わかる。私も。テレビなんか、ゲームで塞がってるからわかんないよねー」采女は笑う。「秋光は、独りでいるけど学校自体は楽しんでるみたいだね。体育のときも、バレーボールだったんだけど、チームプレイだって上手くやってるなって、私、見学しながら思ったの」

「見学? あんた風邪なんか引いてないじゃない」

「探偵はいざという時にしか体力を使わないんだよ」

「馬鹿ね。身体を鍛えなきゃ探偵なんか務まらないわよ」

「もう! そのことはいいから」采女は時計を見た。「時間無いな。津倉さん、今日も部室に来てね。イデアの日について聞きたいから」

「イデアの日? いや、別に詳しく無いけど」

「それでも、私よりはマシでしょ」

 あんたの方が詳しそうに見えるけど、と言いかけてやめた。こいつこそ、三年前は全く違う人間だった。あの頃の采女は、ゲームなんて……。

「イデアの日か……」

 予鈴が鳴る前に、去った采女を見送りもしないで、私はスマートフォンでイデアの日のことを復習した。この日も授業なんて少しも聞かなかった。

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