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「どうする、このソフト」

 采女はイデアの日を机の真ん中に置いて、それを囲っている私と、部長と、もう一人の先輩の前でそう言った。

 あげると秋光に言われた以上、無理やり突き返す道理もないし、そもそも私には関係のないことなんだから、早く解放して欲しいと思っていた。

 里内部長は少し悩んだ後、采女に尋ねた。

「ねえ涼香ちゃん。さっきの子の様子、どう思った?」

「変でした」采女なんかにそう言われる秋光が気の毒になって来たが、確かにさっきの秋光は気にかかる。「何か、あったんでしょうか」

「このゲームのデータ……『ことう』の名前を見てから態度が変わったわよね」ゲームをしながら周りをよく見ている部長だ。「ちょっと調べてみましょうか。秋光さんのこと、心配だわ。だって、可愛い後輩だもの」

「面識あるんでしたっけ」采女が尋ねる。

「ええ、世話焼きだと言われるから、私」

 もう一人の先輩も頷いていた。このことについて調べると言う方向で話は終わったらしく、さあ部活動の時間よ、なんて部長は空気を切り替えた。

 私もさっさと帰ろうとしていると、部長は私を呼び止めた。

「そうだ真希ちゃん」部長は両手を合わせる。お願いのポーズだった。「ねえ、真希ちゃんも手伝ってくれない?」

「……報酬とか出るんですか?」

 なるべく嫌そうに、私はそう返事をしたけれど、里内先輩はなにも気にもしないで答える。

「涼香ちゃん一人だと大変じゃない? ちょうどね、彼女にも、同級生の知り合いがいて欲しいな、って思ってたの」

「それって……私に部に入れってことですか?」

「平たく言えばそう」里内先輩は頷く。「今日、久しぶりにあなたと話してみて確信した。あなたは、レトロゲームに詳しい。多分、格闘ゲームとか、他にも最近のゲームにも明るいでしょう。うちは三人だけだから、格闘ゲームの練習をするとなると、どうにも煮詰まっちゃって。私、格闘ゲームは詳しくないから。三人でゲームセンターに練習しに行ったりするけど、結局私はシューティングばっかりやっちゃって、洗平あらいだいも音ゲーしかやってないみたいだし……」

「そんなんで、大会とかどうしてるんですか。出てるんでしょ?」

「そこの、もう一人いる、洗平っていう人が選手なんだけど、まあ……ゲーム自体に向いて無くて。コマンドも入力できないから、反射神経だけでなんとかしてるんだけど」

 私は洗平先輩を見た。采女と話しながら、優しそうな表情を浮かべている。やや背が高く、すらりとしていた。彼女が格闘ゲームをやっているところを想像するのは、少し難しかった。

「それでもとにかく、活動実績さえあればそれで良いから、大会に出ることは出るけど、すぐに負けて終わってるのよね。そこでのレポートを書いて提出することで、ああ、この部活はまともな活動をやっているんだなあ、って教師たちは思うから、それで良いんだけど」

「……本当にそれでいいんですか」

「今はいいけれど……でも、もう私たち、来年には卒業していなくなっちゃうし……涼香ちゃんも格闘ゲームは苦手みたいだし、そうなると、部の存続自体がね。この部が無くなっちゃうと、涼香ちゃんが孤立しちゃうのよ」

 来年には、采女の居場所が無くなるのが困るから部活に入れ。部長はそう言っているらしい。

 きっとそれだけじゃない。里内先輩は、三年前も私のことを気にしていたし、私の今の状況だって、少しも良いとは思ってないだろう。孤立してるのは、私だってそうだ。

 しかし、そこまで言われても、私は首を縦に振れるほど、こう言った部活動だとか集団生活だとかには、クソほども興味が持てなかった。

 采女みたいなのと、一緒にされるのも嫌だ、と言う理由もあった。

 悩むふりをしてしばらく時間を使った挙句に、私は「保留で」とだけ答えると、部長は残念そうな顔を浮かべた。

「そう……。まあ、いい返事が貰えることを期待しているわ」どうせ私が断ることを見透かしているように、彼女はため息を漏らす。「でも、あなたみたいな逸材は他にいないって言うのに。三年前に中学校でレトロゲームブームを起こしたのも、あなただって言う話じゃない」

「若気の至りです」私は鼻で笑う。「当時はそれが楽しかったんですけど、もたらされたものは、碌でもない人生ですよ」

「若気も何も、まだそんな歳じゃないのに」

 そう言うと、部長は部活動と言う名のゲームプレイに戻った。

「じゃあ、真希ちゃんには、いつでも出入りして、部活動を見学ができる権利をあげる。そこの洗平とか、涼香ちゃんと対戦ゲームをしてくれると、私は嬉しいな」

「まあ……見学くらいなら」

 私は、部室の様子を眺める。

 テレビ台には古いゲームが一通り揃っていたし、さっきのラック以外にも、ゲームソフトが数えるのが嫌になるくらい持ち込まれていた。おそらく、全て里内先輩の所有物なのだろう。彼女が発足し、彼女が学校と交渉をし、そして彼女が運営と管理をしているのは、なんとなく伝わってくる。

 しかし、格闘ゲーム大会に向けての部活動、という表向きの題目とは裏腹に、今目の前で繰り広げられている光景は異常だった。部長はただひたすらにシューティングゲームのみをやっていて、采女も机に置いてあったゲームボーイポケットを触っている。そして、肝心の洗平先輩は、ゲームすらしないで、ゲーム機とテレビの乗った机の上で、宿題か何かをやっていた。

 これで学校に怒られないのが、不思議でしょうがなかった。この成績が飛び抜けて優秀なうえに生徒会長で、そして学校からの期待も大きくて、生徒の憧れの的だという里内先輩だから、こんなことが許されているんだと思う。持って生まれたものが違うというのは、こうも残酷な現実を表すこともあるんだな、と私は身を持って知った。

 これ以上見学することもないなと思って、部長に挨拶をしてから、今度こそ私は部室を後にした。

 何があっても、きっと入部なんてしないという確信が、ずっと頭の中に残っていた。

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