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そもそもの発端を整理しようと思う。
私は津倉真希。部活には何も所属していない怠けた生徒だったが、里内
表向きはeスポーツ、つまりは格闘ゲームの全国大会出場を目的とした部活だったが、うちみたいなちょっとお堅い女子校に於いて、そんな格闘ゲームに入れ込もうなんて趣味を持った女は、多分時代が進んだってそんなにいないんだと思う。部員だと名乗る生徒を、殆ど見かけたことはなかった。
部室に入ると、中でその里内先輩が一人でゲームをしていた。他の部員は一人としていない。部長は格闘ゲームですらない、横スクロール式のシューティングゲームだった。サボっている、と形容されても言い逃れはきっと出来ない光景だった。
「里内先輩」私はその背中から声をかけた。「お久しぶりです」
「ああ、真希ちゃん、久しぶり」
里内先輩は、それでもこっちなんか少しも見ないで、声だけで私を迎えた。何をプレイしているのかを後ろから覗き込んだが、初代のR-TYPEだった。八七年製の有名なアーケードゲームだ。慣れた手つきで、本当に軽い作業のように、里内先輩は敵を倒していた。
長い髪が揺れ動いてすらいないのは、それだけ力を抜いて操作している証拠でもある。一言で言えばこの女は相当な美人で、生徒会長という立場もあって、全校生徒からの憧れをそれなりに集めるような人間ではあるのだけれど、部活動の時はこんな変な女なのか、と落胆なのかよくわからない感情すら覚えてしまう。
「相変わらず、シューティング好きなんですね」
「まあね。生きがいよ、生きがい」
「飽きないんですか? もうそれ何周目ですか」
先輩のそういう趣味のことを、欠片も理解できなかった私はそう尋ねてみた。
「今日は二周クリアを二回やって、今三回目」里内先輩は平然とそんなことを言う。「真希ちゃんだって、好きなゲームに浸って幸せだとか、そんなこと思うでしょ」
「さあ……」私ははぐらかした。「私は、記録のためにしかやってませんから」
「ああ、えっと、タイムアタック動画を作ってるんだっけ?」
ボスを倒した僅かな暇な時間に、先輩は私を振り返った。本当に楽しそうな顔を、ずっと浮かべている。きっと、頭がバグっていて、何をしていてもドーパミンが出続けているんだろうな、と私はくだらないことを考えてしまう。
「RTAですね。リアルタイムアタックです。動画を作ってます」
「へえ。面白そうね。シューティングとは、ちょっとだけ似たところがあると思ってるんだけど」部長は言う。「何回も同じ動きを、頭に最適化させて覚えていく過程は共通してると思うわ」
「シューティングほど、異常なほど厳密な動きは要求されませんよ、多分」話題が逸れ始めたところで、私は首を振って我に返った。「先輩、えっと、メールでも言ったんですけど」
「ゲームね。なんだっけ。イースⅤ?」
「イースⅤエキスパートです。部室にあるんですか?」
「そこの棚の奥の方に、スーパーファミコンのソフトならあるから、勝手に漁っても良いわよ」部長の顔はまた、ゲーム画面に戻った。「でも、急にどうしたの?」
「イースⅤで動画を作りたくなったんですけど、イースⅤのエキスパートって、今買うとプレミアがついてて高いんですよ。だから、返してもらおうと思って」
「もう。そんな理由じゃなくて、自分のなんだから、ちゃんと返してもらわないと駄目よ。安かったらもう一本買って、私に貸したことなんて記憶から消すつもりだったでしょ」
「よくわかってますね、私のこと」
私は、言われた棚を探った。私の足元あたりにある、古びた金属ラックだった。なんで三年も前だっていうのに、私の貸したソフトがここにあるのか疑問に思ったが、すぐにどうでも良くなった。そこには、なんの整列もされずに、部長のものらしいソフトが、ただ無造作に押し込められていた。ホコリが乗っていて汚いし、ラック自体も古いものだった。なんだか、私のゲームをゴミみたいに扱われているような気がして、先輩の頭を後ろから殴ってやろうかという気持ちになった。
ソフトの数が多い。掛かりそうな時間を考えると、めまいがしてくる。先輩にも手伝わせるべきだったが、この女は一度シューティングを始めると、死ぬまでコントローラーを離すつもりがないらしい。
一人で探すか……。私は諦めて、ソフトを一つ一つ確認していく作業に入ろうとしたが、その時、部室に二人ほど人間が姿を表した。
「あれ、津倉さんじゃん」
ひとりは同級生の采女涼香。有名な変人だ。こんな謎の部活に所属していることを隠そうともしていないから、この女と会ってしまうことに対しての覚悟は、ここへ来る前からすでに決めていた。
もうひとりは知らない女だった。部長の同級生だろうか。
里内先輩は、私のことを軽く二人に説明した。采女はそれで、私に持たなくてもいい興味を持ったのか、隣に来て私の作業を手伝い始めた。
「津倉さん、手伝うよ。ねえ、何探してるの?」
「イースⅤのエキスパートよ」
「へえ。借りるの?」
「違うわよ。元々私の。あのずぼら女から返してもらうの」
そうして、私は采女の横顔を見つめる。ポニーテールを振り回して、楽しそうにゲームを探している。胸元に突き刺さったサングラスは、教員に注意されないんだろうか。
「それなら、そこの二段目にあったと思うよ。この前見たから」
「あら。詳しいのね、探偵さん」
皮肉でそう言ったが、この女にそんな物は通用しない。
「そうだよ」采女は笑った。「私はハードボイルド型の探偵を目指してるんだからね」
この采女は、自分で言った通り、探偵を志していたり自称したりしている女だった。高校に入学した初日に「憧れの人物は、神宮寺三郎です」と自己紹介で口にしたことは、私の耳には入ってきていた。ファミコンのアドベンチャーゲームの主人公の名前だ。そういう物を目指していると口では言っているが、実態は、ゲームをしているところばかりを目撃されていた。けれど、その頭は思うより馬鹿ではないらしく、友達から探しものを依頼された際に、それを数日かからず見事に見つけ出したこともあるらしい。
昔はこんな女じゃなくて、もっと近寄りがたい荒れた問題児だったのに、いつの間にかこんな人格になってしまったのだろう。何があったのか知りたいと思うと同時に、あまり関わりたくないというのも真実だった。
采女に言われた棚を探すと、いくつかのソフトの奥から、ひょっこりと、本当に私の探しているゲームが、名前を呼ばれた猫みたいにぬるりと出てきた。
「悔しいわね。あんた、私が来る前にここに隠したんじゃないの」
「いやいや。まあ、私は探偵だからさ」采女は鼻を鳴らす。「でも、津倉さん、この部に入ってなかったんだね。私、絶対このゲーム部に津倉さんがいると思って入部したんだけど、入ってみると同級生すらいなかったんだよね」
「面倒なのよ、部活とか、なんか、人と群れるのとか」
一歩、采女から距離を取る。
私の肩にでも触れたかったのか、彼女は手を伸ばそうとして、静電気を浴びた時みたいに引っ込めた。
「……津倉さん。もう誰も、昔のことなんて気にしてないよ。私、色んな人の話を聞いてわかったんだよ。三年も経てば、みんな興味をなくすんだって」
「……なにそれ」
「誰も、津倉さんが悪いことしただなんて思ってないってこと。正式に、疑いはもう晴れたんだから、その……昔みたいにさ」
「どうでもいいわよ、昔の話なんか。今更持ち出さないで」
「…………ごめん」
「もう全部忘れたんだから、あんたも私に合わせなさい」
忘れるわけもないことを、私はそう口にする。
三年前。私は店で万引きをしたと疑われ、それが原因で学校で吊るし上げられ、同級生の間で酷い扱いを受け、その後誤解でした、と店側が急に追求を撤回してもなお、しばらくはそんな扱いだった。そうしているうちにみんなが飽きたのか、いじめみたいなことも無くなり、私は学校で孤立をしたが、面倒な人付き合いからは脱却した。
ただ、それだけの話。
「でも、津倉さん、元気そうで良かった」采女は、まだそんな話題に触れる。「高校に上がって、こうやって話すタイミングも無かったから困ったんだよね。結局、万引きの真犯人って、まだ見つかってないの?」
「ええ、まだよ。別に……気にしてないから、どうでも良いけど。今頃は、私を陥れた罪の意識で、まともな生活なんか送れてないわよ、きっと」
話しながら、私は自分のソフトを確かめる。名前は別に書いていない。私のもので間違いないという保証はどこにもなかったが、部長に貸して、そして部長の持ち物の中から私のもとに帰ってきたのだから、これは私のものに違いはないはずだった。
用事も済んだ。こんなところを後にして、さっさと帰ろうと思っていると、采女は煮えきらない顔をしてた。まだ、私になにかくだらない用があるのかと思ったが、見ると私のソフトがあった棚をまた探していた。
「おかしいな……」
「何がよ」私は、何故か首を突っ込んでしまう。「なんか私に文句でもあるの?」
「いや、違うよ」采女は首を振る。「このソフト、見て」
受け取ったソフト。それは、イデアの日。私も好きなゲームの一つだ。買うとなるとこれも面倒な値段をしているし、RTAを走るにしても時間がかかる。
「あきみつ つぐみ」采女が指をさす。「頭のところに名前、書いてるでしょ。ひょっとしてそれも津倉さんの?」
「私がその『あきみつ』に見える?」首をふる。「部長が、誰かから借りたんじゃないの。三年間、人からゲームを借りてても何も思わない人だから」
その場で声を出して、采女は部長に尋ねる。
部長は「え? 知らない。誰だっけ」とふざけたことを口にした。
「ここにあるソフトですよ」采女が説明する。「イデアの日。ここに名前が書いてるんです。部長、この人から借りたんでしょ?」
「えー、覚えてないわね。イデアの日も、やったことないわ……」
「じゃあ……なんでここにあるんですか。中古で買いました?」
「人の名前が書いてあったら、流石に消すわよ」部長はようやくR-TYPEを終えたのか、椅子から立ち上がって背伸びをした。「きっと……借りたけど、プレイもしないでそのまま忘れてたんだと思うわ。その名前の人、知り合いにいる?」
采女は、腕を組んで思い出す。
「ああ……えっと、確か、隣のクラスに秋光って子がいたような」
「……秋光?」采女が言い出したその名前に、ようやく私は引っかかりを覚える。「そう言われてみれば、同じクラスにいた気がする。図書委員やってる子であってるかな」
「まあ。友達なの?」部長。
「いえ、顔も覚えてません」
「それでも同じクラスなんでしょ?」部長は両手を合わせて、私達に頼む。「ねえお願い、そのソフト、秋光さんに返しておいてくれない? 今更だって思われるかもしれないけど、でも後からいろいろ言われたくないのよね……」
「良いですけど……」本当は嫌でしょうがなかったが、先輩の頼みだということで、私は渋々請け負う。
そこに何故か采女も着いてきて、図書室で秋光本人を呼び出し、カセットの文字が変だと言われ、秋光が逃げ出し、現在に至る。
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