第054話 金持ちなおっさん

「しっかりしてくれー!お前らに幾ら払ってると思ってる!」


河川敷に着くとおっさんの元気な声が聞こえて来る。

この声を聞く限り、あまりチームの調子は良くなさそうだ。

それもそうだよな。

基本的にはお金を求めて来ている人ばかりで、能力が高い選手は1人、2人ぐらいだ。

これで勝てという方が難しい。

ゲーム内でも金策の最も有力な候補として挙げられるが、勝つのが難しい為に1試合1試合プレイヤーが気合いを入れてプレイする必要があった。


「こんにちはー」

「何だ、俺は今忙しいんだ」


負けている金持ちのおっさんは不機嫌そうに言葉を返す。


「これって草野球の試合ですよね」

「あぁ、そうだけど?」

「俺も途中参加して良いですか?」

「途中参加だぁー?」


その言葉を聞いて、ようやく俺の方を見る。

そして、全身を見て品定めした後に質問を投げ掛ける。


「お前さんは学生か?」

「そうですよ。高校生ですね」

守備位置しゅびいちと学校名は?」

環成東たまなり投手とうしゅです」

「環成東!?本当か!?」


学校の名前を聞くと目が飛び出す程に驚いていた。

それもそのはず。

野球が好きで甲子園を見ている人なら誰しもが知っている名前だろう。

俺が何年生でレギュラーかどうかも聞いていないのに、目を輝かせていた。


「しかし、ここから勝てるのか?俺達は1点差ではあるが負けているぞ」

「勝ったらいくら出せます」

「金に目がない奴だな。20万だ」


いつもの倍の金額を提示して来た。

途中参加でそこまで稼げたら文句は無い。


「ただし、負けたら1円も払わないからな」

「まぁ、それくらいは覚悟の上ですよ」

「ふっ、生意気な小僧だ。嫌いじゃない。審判、選手交代だ!えっーと、そうだ名前は」

大杉おおすぎです。以後お見知りおきを」

「行ってこい小僧」


この為になるべく動きやすい服で来た。

しかし、上にユニフォームを着ているだけの少年の登場に相手は戸惑っていた。

草野球のメンバーの中では敵味方合わせても俺が1番若いだろう。

だから、少し舐められているのかも知れない。


「よろしくお願いします」


俺は丁寧に敵チームと味方チームに頭を下げてから、グラブを構えた。

こうやって試合で投げるのは天野宮てんのみや戦ぶりなので少し緊張するな。


1人目はどうやってアウトにしようか。

そればかり考えている。

初球は挨拶程度にフォークボールを投げてみた。

相手は急に現れた俺という存在を恐れて、1球は見逃す。


最近では変化球にも力を入れているので、それなりにキレがあるフォークだった。

相手もそのフォークの仕上がりには少し驚いている様子だ。

しかし、打てない球ではないと思ったはず。

それで良い、いや、寧ろそれが良い。

それが俺の球を効果的にする。


次はストレート。

球速はそこそこだが制球を上げているので、四隅にビシッと投げられる事が増えて来た。

最初の時とは考えられないぐらいの成長だ。


これには手を出すお相手。

しかし、一瞬の迷いがあるスイングだったので、ファールゾーンへと球は転がって行った。


最後はお得意のチェンジアップ。

これで三球三振だ。

敵も味方も俺の強さに驚く。

これでも甲子園を目指している球児なんでね。

誰にも負ける訳にはいかないんですよ。


「良いぞー!!!大杉ぃーー!!!やっちまぇーーー!」


1番テンションが上がっているのは、金持ちのおっさんこと兼望かねもちさんだ。

先程までは散々な結果だったので、たった3球で相手を仕留める俺を見て希望を見出したのかも知れない。

だけど、驚くのはまだ早い。

俺には奥の手も残している。


2人目をツーシームで凡打に抑え、3人目を調子良く三振で抑えた。

ここまで調子良く抑えているのも成長の賜物だろう。


攻守交代でベンチへ向かうと兼望のおっさんだけでなく、選手として集まったメンバーにも声を掛けられた。

金目当てで集まった人達とはいえ、昔は汗水を垂らして練習をしていた元野球少年の集まり。

少しくらいは興味を引くのかも知れない。


「すげーな!あれどうやってアウト取ったんだよ」

「2人目の打球、俺の真っ直ぐ来たけど狙ってやったのか」

「見た目学生っぽいけど、どこの学校」


一気に質問が飛んでくるけれど、俺は聖徳太子では無いので全て聴き取れない。

一斉に喋ったら聴き取れない事くらい考えたら分かるだろ。

それくらい興奮していたのか。

退屈な試合に突如現れた逸材は、彼等にとって十分過ぎる刺激になっている。


ただ、ここで俺にも想定していなかった出来事が起こる。

味方の1人が打席についたので、相手の投手を何気なく見てみると天野宮の星降ほしふりだった。

星降も俺の方をチラッと見て来たので、目が合ってしまう。

気まずいので目を逸らしたが、やはり星降の存在が気になる。


兼望イベントには一応最終的な敵として強めな敵が登場するけれど、それは星降ではない。

星降が登場するなんて事はあり得ないのだ。


「あのちょっと顔が良いだけの小僧も中々やるんだこれが。アイツのせいでこっちは点数を取れやしない」


天野宮戦からまだ数日しか経っていない。

それなのに、いくら相手が現役でないからと言っても無失点で抑えるいるということは相当実力が上がっているな。

短期間でそこまで変わるのか?

それこそ強育舎を使うか、漢方大量使用以外ない。

もしも、それ以外で強くなったと言うのであれば、是非ともその方法を知りたいところ。


そんな事を考えている間にも、星降は着々とアウトカウントを増やす。

この回の3人目は俺だ。

打席に入っても表情1つ変えない。


「俺も1人の打者バッターに過ぎない訳だ」

「僕は敵が誰かなんて関係ない。あの日負けた日からずっと過酷な環境に身を置いて来た。だから、今日は勝つ」

「悪いけど、こっちも勝つつもりだ」


1球目を空振り、2球目を見逃しと最初の威勢とは裏腹に追い込まれる。

3球目は俺の粘り強さを見せつけて、ファールゾーンへと運ぶ。

なんとか三球三振は耐えたけれど、明らかに成長しているのが体感できる。

球速に磨きが掛かっていて打ち辛い。


「打ってくれよー!頼むぞー!」


ベンチから期待の声が聞こえる。

本当におっさんが1番元気だよな。

それだけ元気なら自分でも野球をすれば良いのに。


きっと俺が打つ以外で点を取るのは難しい。

ここでツーベースヒットは最悪でも打たないと無失点に抑えられてしまうだろう。


狙いを研ぎ澄ました4球目。

カーブが来るのではないかと予想はしているが、それ以外も反応したい。

しかし、俺の思いとは裏腹に三振を知らせるミットの音が聞こえる。

何も言い訳は出来ない。

彼の投球が俺の打力を上回っていただけの話だ。


「惜しかったな、大杉。しかし、あの小僧どうすれば」


悔しそうにしている兼望のおっさん。

だけど、彼には悪いが今回の試合で勝てる要素は少ない。

アウトになったメンバーは悔しがるどころか楽しく談笑。

それくらいの緩さが良いと言う人もいるけれど、それでは勝ちには繋がらないだろう。

兼望のおっさんが集めたチームが試合で勝てない理由はそこにある。

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