第053話 穴場の喫茶店
映画というのは2時間の拘束を受ける。
だけど、その2時間は誰にも邪魔されない普段のしがらみから解放された自由な時間でもある。
今、
文豪が書いた作品の映像化されたもの観ているが、やはり当たりだった。
内容が完成されているという事もあるが、演技が臭くなくてスッと頭に入ってくる。
こういう作品は大体有名俳優達を抜擢して話題性で勝負するものが多いけれど、これは細部までこだわりを感じる。
上映中は私語禁止なので黙って見ているが、早く感想を共有したい。
舞葉はどんな感情になったのか気になる。
2時間という長い様で短い時間が終わった。
ずっと座りっぱなしで固まった体を伸ばしながら立つ。
もう一度観ても良いと思える作品だったので満足だ。
「面白かったですね」
「あれにして正解だったね」
「そうですよ!二郎くんが選んだけありますね」
俺にセンスがある訳では無いのに褒めてくれる。
でも、楽しんでもらえたなら満足だ。
面白くない作品だったら、少し気まずい空気が流れる所だった。
「映画も見れたのでどこかでお茶でもしませんか?」
「そうだね。軽く食べれそうな物があれば、そこにしようか」
「私、行ってみたいところがあるんです」
舞葉が先陣を切って歩く。
地図アプリも見ていないのに足が止まる事はなかった。
これは相当行き慣れているか、何度もシュミレーションしてくれているかのどちらかだ。
どちらにせよ、ここまで考えてくれているなんて嬉しい限りだな。
「着きました。ここですよ、ここ」
看板には大きく"
ここの店名がそうなのだろう。
古き良き喫茶店のようだ。
木製の扉を開けると扉に付いたベルがチリンチリンとなる。
それによって、店主が俺達の存在に気付く。
中はそれなりの広さがあるけれど、店主のお爺さんが1人で切り盛りしている。
とは言っても、客は恐らく常連だろう夫婦1組のみ。
きっと大量に人を集めて儲かる事を目的としている訳では無さそうだ。
「空いている席座りな」
無愛想ながらも案内をする店主。
空いている席ならどこでも良いらしいので、端のテーブル席を選んで座る。
「それにしてもよく見つけたな」
お世辞にもネットに載っているようなお店とは思えない。
どこを探しても中々情報が出て来ないはずだ。
「偶々読んでいた雑誌に載ってたんです。ネットで調べても詳しくは分からなかったんですけど、その記事では絶賛されていて気になったんですよね」
「俺は記事書いて良いなんて許可した覚えは無いんだけどな」
店主がやって来てそう答えた。
わざわざ会話に混ざりに来た訳ではなく、水とおしぼりを置きに来たようだ。
「あらあら、
常連客が店主を揶揄うとキッと睨んでまた定位置に戻った。
こんなに愛想が悪いのに、常連客がいるというのはやはり味が良い証拠なのだろうか。
最初は不安だったけど、少し楽しみになって来た。
メニュー表を取ってみると、多くのコーヒーの種類を取り扱っている。
ここは店主のこだわりを感じるな。
逆に食べ物はオムライスかサンドイッチ、それかカレーとシンプルだ。
それもそれでこだわりを感じる。
「俺はキリマンジャロとカレーにしようかな」
「私はコロンビアとサンドイッチかなー」
「すみません」
ベルが無いので、声を出して店主を呼ぶとすぐにやって来た。
予め決めていたメニューを伝えると、やはり無愛想にキッチンへと戻って行った。
1人でやっている店だし、時間も結構掛かるだろうなと思っていると3分もしない内に2人分の食事が運ばれて来た。
大体は予め作っておいたにしてもこの提供スピードは速いな。
「いただきます」
まずはコーヒーを一口。
酸味とコクが口に広がって美味しい。
ただ、大人だった頃と違って少しだけ苦さを強く感じる。
これは子供に戻った弊害だろうか。
それでも美味しく感じるので問題は無いけど。
「これすごく美味しいですね!ちょっとだけ大人になった気分です」
「料理もすごい美味しい」
「ここにして正解でしたね!」
本当に正解だった。
カレーもその辺の飲食店より美味しいものを作っている。
恐らく隠し味に何か入れているのは分かるけど、何入れたらここまで味わい深くなるのか。
気になるので何度か通って当てたみたいところだ。
「今日は映画に付き合ってもらってありがとうございました。すごく楽しかったです」
「俺も楽しかった。喋る機会が出来て良かったよ」
「学校とかでも話し掛けて良いですか?」
「なんで許可を取るんだよ。全然話し掛けて良いから」
「本当ですか?私、止まらなくなっちゃうかも知れないですよ」
「それはそれで見てみたいけどな」
いつもと違ってマシンガントークをする舞葉も見てみたい。
どんな話をするのだろうか。
やっぱり本の話とか?
意外と料理も上手だし、食べ物の話とか好きかも。
「・・・また私と遊んでくれますか?」
しばらく沈黙が続いた後に舞葉が不安そうな声で聞いて来た。
いきなりどうしたのだろうと思い、思わず聞き返す。
「どうしたんだよ改まって」
「今日の予定、私からではなくて莉里ちゃんが言ってくれたから。私から言ったら来てくれないんじゃ無いかと思って」
「そんな事ないよ。休みの度にとは言えないけど、また遊び行こうよ。なんなら、みんなで休みの日に計画立てるのも良いし」
きっと
それに
オフの日はみんな一緒だから、早めに言っておけば予定も合わせやすいだろう。
「私は2人でもまた行きたいです」
「そうだね。絶対また行こう」
俺はどう返すのが正解だったのだろうか。
2人で行きたいというのはつまりそういう事か。
だとするとここで行こうというのは。
いや、そこまで深く考えず、ただもう一度今日みたいな日があっても良い。
そう思ったのでまた2人で会うことを約束した。
俺には少しこの空間が甘すぎる。
店主も常連も聞き耳立てているのがバレバレだ。
それに気付いた舞葉が顔を赤くして俯いた。
少しだけ俺も照れ臭くてコーヒーを飲む。
味は何1つとして変わっていないはずなのに、どうしてなのか先程よりも美味しく感じる。
全部食べ終わったので会計してから店を出た。
無愛想だった店主が帰り際にまた来いよと言ってくれたのが暖かさを感じる。
「まだいっぱいお話をしたいですが、今日はここで。また、明日の練習で」
「また明日。今日は楽しかった」
俺は舞葉の姿が見えなくなるまで見届けた。
「そういえば今何時だ?」
携帯の時計を見ると時刻は14時30分を過ぎた辺り。
舞葉とのデートの余韻に浸りたい気持ちもあるが、今からおっさんの所へ行かないと試合が終わってしまう。
途中参加でも良いので、お金を稼ぎたいところだ。
楽しかった舞葉とのデートを思い出しながら、浮かれた足であのおっさんが使っているいつもの河川敷へと向かった。
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