第055話 雨に消えた決着

次の守備でも俺は好調だった。

1人目を低めのボール球で空振りさせてアウトを取った後、2人目はフォークを打ち損ねてアウト。

まだ1人も塁には出していない状況だ。

そして、ここで登場するのがこの草野球のレベルを上げた張本人の星降。

打撃までは成長していない事を祈るばかりである。


打席に立った星降は凄まじいオーラを放つ。

俺から必ずヒットを打つという熱い想いが伝わる。

その熱さでこっちが火傷してしまいそうだ。


「何故、あれを投げない?僕は君と本気の勝負がしたいんだ。手加減は無しにしてくれよ」


手加減をしていた訳ではないが、自ら縛りを設けてはいた。

彼等にメテオフォールを使えば簡単に三振を取れる。

これは自惚れではなく事実だ。

それぐらい自信のある球だからな。

しかし、今の凄まじいオーラを放った星降には使わないと負ける可能性がある。

あくまで選択肢に入れるだけで本当に投げるかは決めていないけど。


まずは高めを外したストレート。

これには全く反応を示さない。

無言で俺を見ていた。

良いから勝負しろと言いたそうだ。

だけど、ストライクに投げるだけが勝負ではない。

ボール球も上手く使うことで駆け引きが生まれる。


次はまた高め。

しかし、ストライクゾーンへと僅かに変化するフォーク。

これは反応をしていたが振りには来なかった。

狙いはメテオフォールだけか?

それともそう思わせてのストレート狙いか?


気分的にはメテオフォールを投げたい。

そして、お前には打てないぞと言ってやりたい。

いや、相手が待っている可能性が高い以上危険だろうか。

短い時間で悩みに悩んだ末に結論を出す。


3球目を投げる。

早いストレートに見える球。

だけど、打者の手元で急激に変化する。

星降は待っていたと言わんばかりに豪快なスイングを見せた。


バットには当たるが前には飛ばなかった。

捕手キャッチャーは当然後ろに逸らしてしまい球を拾いに行く。

ベンチにいる人達はこの戦いを驚きながらも黙って見届けるしかなかった。

たった一言でも声を発してしまえば、俺達の邪魔になりかねないから。


「メテオフォール。僕もこの魔球に苦しめられたよ。しかし、それは成長する機会でもあった。感謝している。だから、僕は君を超える事でこの感謝を伝える」

「嬉しくないですね。俺としては大人しく負けてくれた方が嬉しいんですけど」


彼は首を横に振った。

どうやらそれだけは出来ない相談らしい。

俺も言ってみただけだ。

最初からこんな提案を受けてくれるとも思っていない。


4球目、内角真ん中のチェンジアップ。

球1個分、外に出ている。

これは絶対にタイミングが合わないはずだ。

運良く振ってくれたら嬉しいが、またも星降は見送った。

少しも反応をしない嫌な見送り方。

まるで全てがわかっているみたいだ。


「僕はボール球には手を出さない。だから、そんな無意味な駆け引きをやめてストライクゾーンに投げ込んだ方が良い」

「前回と違って今回は勝っているからってお喋りですね」

「早くも君とまた会えるなんて複雑だよ。嬉しい気持ちもあるけど、まだまだ成長段階で会ってしまうとは」


バカ言うなよ。

これで成長段階なら完成したらどうなる。

神にでもなるつもりか?

しかし、この言葉は口先だけではない。

きっとまだまだ成長する見込みがある。


雷郷の孫も、星降も、まだ出会っていない敵キャラも。

知らない変化が起こっている。

目標である甲子園に出場するのも一苦労だな。


5球目、もう1度メテオフォールを投げる。

チェンジアップを見た後だと、先程よりも球速が上がっているように見える。

星降でさえも空振りで仕留めた。


悔しがるのかと思ったが、素直に打席から離れて守備の準備を始めている。

切り替えの早さには驚きだな。

これくらいは想定していたという事か?


「あっ・・・雨だ」


守備につこうとした1人が唐突に呟いた。

俺もベンチから出て、手を出してみるけど雨なんて降っているだろうか。

しばらくすると俺も手に雨が当たった。

そこから手に当たる間隔が短くなる。

これは本格的に降って来たな。

天気予報では雨が降るなんて言ってなかったのに。

普段はよく当たる天気予報も偶には外す事があるんだな。


「これは中止せざるを得ないかな。雨が止んでもグラウンドはびちょびちょで使い物にならんだろうし」


言葉は残念そうに聞こえるが、内心はガッツポーズだっただろうな。

あの最初の感じからして、負け込んでいるのは火を見るよりも明らかだ。

何事においても負けるのが嫌いな兼持のおっさんにとっては、負けよりも中止の方が都合が良いだろう。


「まぁ、しょうがないか。金が欲しかったのも事実だけど、試合形式で投げるのも経験になったしな」


鞄の中に入っている急な雨にも対応する為の折りたたみ傘を差して、この場を去ろうとする。

きっと他の選手も雨が止んだら帰る準備を始めるだろう。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」


俺の後ろを傘も差さずに走って追い掛けて来る兼望のおっさん。

いくら途中参加とはいえ、片付けも碌にせず帰ろうとしたのを怒りに来たのか?

置かれている荷物はそこまで無かったし、グラウンドは整備しようにも出来ないので帰っても問題無いかと思ったんだけどな。


「試合に参加したのに参加料渡してなかっただろ」


兼望のおっさんは、手に持っている財布からありったけの万札を取り出した。


「いやー、受け取れませんよ。2回しか投げてませんし。それに勝ち越しだってしてないですから」

「受け取ってくれ。いや、ください。そして、また試合参加してくれよ」


大人の必死な懇願を見せられると断るに断れない。

推定で10万くらいある万札を貰う。

このおっさんは設定上、有り余る資金を持っているが野球以外はブランドにも興味ない。

だから、金をばら撒いてでも勝てる試合がしたいのだろう。

だったら、強い人を雇えば良いのではと思うかも知れないが、それは言わないお約束だ。


「試合は偶に参加するつもりでしたから」

「ほ、本当か!?良かったー!大杉は強いからな。どうしてそこまで強いんだ」

「自分の武器は誰にも見せないのが戦いの基本ですので」


言えるはずがない。

他所の世界から来ましたなんて。

だから、適当な事を言って誤魔化しておく。


おっさんには悪いけど、これからバイト代わりに参加させてもらうことにしよう。

その代わりになるかは分からないけど、絶対に勝利を献上する。

それが俺の支払える対価だ。


さて、一稼ぎしたし帰るとするか。

雨が強くなる前に帰ろうとするとまた誰かがやって来る。

今度は誰だ。

雨の中、外にいるのは好きではないんだけどな。


「帰るのかい?」

「星降さんですか。どうかされましたか?」

「僕は少しずつ羽ばたいている。ゆっくりとだけど確実に」

「俺はポエムは得意じゃないんですけど」

「だけど、君を見ていると嫉妬してしまうよ」


会話に見えて、彼の独白を聞かされている。


「君のアドバイスを聞いて、僕は転校することにしたよ。水炎寺すいえんじ高校という所だ。必ず予選決勝で会おう」


水炎寺高校か。

あそこも確かに強いな。

てっきり、星降も波王山はおうざんに入学する流れかと思ったが、そうではないようだ。

草野球に参加していれば、また彼に会うこともあるだろう。

それまでにお互い成長したい。

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