第051話 ハンカチと笑顔と肩車

「さて、始めましょうか」

(ほ、本当に肩が強くなるの?僕、色々と試してみたけどダメだったんだよ)


昨日、守備の事で相談をして来た氷道ひょうどう先輩は、心配そうに俺の事を見つめていた。


「結論から言うと今すぐには無理ですね」


そもそも肩を強くするスキルはあるが、取得条件と取得確率が厳しい。

それくらい外野手には必須スキルなので仕方がない。

きっと俺に相談して来たのも、次の波王山はおうざん戦で活躍する為。

それなら、そこに間に合うものを考える必要がある。


(やっぱり無茶を言ったよね。ごめんね)


残念そうな表情を浮かべる氷道先輩。

まだ話は終わっていないので最後まで聞いて欲しい。

問題は彼の肩が弱くて走者ランナーを刺せない事だ。


それを解決するにはステータスで補う。

肩はステータスにこそ出ていないが、特別な算出方法で割り出すことが出来るらしい。

俺も記憶があやふやだけど、筋力と器用のステータスを足して2で割った後、守備のステータスを0.1倍したものを足した値だったはず。

最高が110になるのはあくまでも参考の値だからだ。

それにもっと複雑な式だった気もする。

こんな計算は、氷道先輩のステータスを見れない俺からしたどうでも良くて、結果的に筋力ステータスを上げれば良い。


器用はそれなりにあるが、筋力が著しく低かったはずの氷道先輩。

きっとそれが影響して、肩も弱くなっているのだろう。

だけど、ステータスには人それぞれに上がりやすさがある。

分かりやすい例えで言うなら、後藤ごとう先輩は筋力のステータスが上がりやすい。

氷道先輩は走力なので、肩とは全く関係無い。


「いや、完全に無理という訳では無いんですよ。ただ、後藤先輩の様に一気に成長とはいかないだけです」

(ホント!?僕も試合で活躍出来るかな?)


これには曖昧に返事をした。

肯定も否定もしないでおく。

彼には悪いが、俺はそこまで保証は出来ない。


昨日の夜にピックアップしておいた筋力上げの練習方法とおすすめの装備品を書いたリストを渡しておいた。

これで多少はマシになるだろう。

それにしても、良く後藤先輩と一緒に練習している姿を見掛けるので、筋力の上昇値に補正が掛かっていると思うんだけどな。

何か根深い理由によって補正が乗らないのか、それとも元々NPCだった人同士では補正が乗らないのか。


(これをやれば良いんだね!ありがとう!試してみるよ!)

「いえいえ。あまり期待し過ぎないでくださいね。結果が出ない可能性もありますから」

(僕では何も思い付かなかったからあるだけ嬉しいよ!)


これで経過観察していけば、氷道先輩の件は解決だな。

でも、筋力上げ過ぎてムキムキになるとかはやめて欲しい。

氷道先輩はあの状態が完成されているのだから。


何度も感謝を伝えてくれる氷道先輩を背に俺は自分の練習に入った。

普段ならここで糸式いとしき先輩が話し掛けて来るのだけど、昨日の事があってなのか1人で黙々と練習している。

俺としては球速に補正が掛かるので一緒に練習したいが、昨日の今日で気まずいという気持ちもある。

仕方ないので大人しく1人で練習しよう。


そこから1時間以上続けて投げ込みをしていたが、流石に疲れも出始めたので一旦休憩を挟む。

今日は変化球を中心に練習してみたが、結局どれも上がる事はなかった。

しかし、まだ数時間は練習時間があるので根気強く練習しよう。


とりあえず、汗を拭くためにタオルを取りに行く。

まだ練習は続くのでまた汗をかくだろうけど、今拭かないと気持ち悪くて集中出来ない。

練習中は全く気にならなかったのにな。

不思議なものだ。


部室のロッカーまで行かないといけない。

今度からは2枚タオルを持って来て、1枚は練習中にいつでも使える様にしておこう。


「おかしいわね。確かこの辺に」


何やら校舎の花壇の近くにしゃがみ込む女子生徒の姿が見えた。

後ろ姿しか見えなくて最初は誰か分からなかったが、近付くと誰か良く分かる。

宇佐美凛子、冷酷な女だ。


必死に何かを探している様だな。

周りの人も助けようとする奴はいるが、一言二言何か言われ怒ってどこかへ行く人しかいない。

それも当然だよな。

助けようとして、嫌味言われるとか意味が分からない。


俺も助けるかどうかすごく迷うけれど、服が汚れるのも気にせず何かを探す人を放ってはおかないよな。

とりあえず近くへ行って、何も言わず探し始める。

落とした物は見れば何となく分かるだろ。


「何よ、貴方。私は助けてなんて言ってないけど」


無視だ、無視。

こう言うタイプは困っているのに助けてなんて言わない。

だから、俺も助けているつもりはない。

善意の押し付け。

これをやっているに過ぎない。


「何か言いなさいよ」

「何探してるの?こんな場所で」

「・・・ハンカチよ。いきなり強い風に飛ばされてしまったの」

「ふーん、そうなんだ」

「なっ!?聞いておいてその反応って何よ!」


やいやいと怒り出したけど、とりあえず無視。

さっさと見つけてこの場を去ろう。

そもそもそんなに大事なハンカチなら無くさないようにして欲しいものだ。


「あれじゃね?」


宇佐美がずっと花壇を探していたから気付かなかったけど、あの木の枝に引っ掛かっているのが探しているハンカチなのでは無いだろうか。


「・・・そうよ」


流石の宇佐美もこれには顔を赤くする。

上を探すのと下を探すのでは全く話が違うからな。


「それにしても絶妙に高い位置にあるな」

「2階から飛ばされたから」

「それなら無理ないか」


別に何でもないハンカチなら、その辺の石を当てて落とすのだけど、ここまで必死に探していた事を考えると相当大事な物なのだろう。

なるべく慎重に救出したいところ。


「あれどうやって取るつもり?1人じゃ無理だと思うけど」

「脚立を借りてくれば問題無いわ」

「時間は掛かるだろうけど、それが確実かな」

「なんで時間が掛かるのよ」

「用務員の人は休みだからね。一応、教員はいるけど、倉庫の鍵とか探すのに時間が掛かるだろうね」


とは言っても1時間は掛からない。

色々と手こずる事はあっても、30分くらいあれば持って来れると思う。


「もうすぐスタジオに向かわないといけないんだけど」

「まじか、それは急がないと。あ、俺が取っておいてまた今度渡そうか?」

「ダメよ。あれはお守りみたいな物だから、常に持って無いと」

「うーん。そうは言われてもな。肩車でもしないと届かないぞ」

「・・・するわよ、肩車」


まさか本当にするって言い出したのか?


「早くしてよ。時間が無いのよ」

「あ、あぁ、そうだよね」


俺が1度しゃがんで肩に宇佐美を乗せる。

色々と当たる感触があるけど、感情を殺す事で全ての感覚を遮断するしかないな。


「んっ、あと少し!もう少し手が伸びれば」


俺も限界まで背伸びをしているが、後少し距離が届かない。


「あっ!取れた!」


普段からは想像も出来ない無邪気な声で喜んでいた。

いつもはつまらなそうな表情ばかり見ていたので、このギャップは良いなと思ってしまう。


「予定があるなら急いだ方が良いんじゃない」

「そうね。貴方にお礼は言わないわ。だって、貴方が勝手にした事だもの」

「そうですか。しっしっ、さっさと頑張ってこい」

「冗談よ、ありがとう大杉くん」


彼女は歩き出した。

宇佐美から感謝される事があるなんて。

明日は大雪の可能性があるかも知れない。

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