第047話 闇の商人、現る

莉里りりとデートした日の夜。

余韻に浸りながらも急いで集合場所に向かっていた。

今いる場所から目的地までは3キロと程々に遠い。


残された時間は僅か。

これでは遅刻するのが確定だ。

よりにもよって夜飼さんからあの人を紹介してもらう日に遅刻してしまいそうになるなんて。


言い訳をしていても距離が短くなる訳ではないので急ぐ。

とりあえず、全力で走れば何か超常現象が起きて間に合うかも知れない。

そんな現実逃避をしながらも走り続けた。


「すみません!遅れました!」


扉を開くとそこには夜飼さんととある人物が待っていた。

夜飼さんはいつも通りにニコニコとした笑顔で俺を出迎えてくれたが、あの人はそうでは無かった。

テーブルに両肘を置き、両手を合わせて顎前に置いている。

そして、俺が入ったのを確認して少ししてから時計をチラッと確認した。


「3分と45秒遅刻だ。夜飼がわざわざ紹介したいと言ったから来たがこんな奴だったとはな。少しは期待していたが残念だな」

「いや、悪かったね。私からも謝罪しよう」

「俺の好きな言葉はタイムイズマネー。時間もお金の様に大事にしろということだ。誰であろうと俺に無駄な1秒を与える奴はいらない」

「貴方の考えるタイムイズマネーはもう1つ意味があるはずです。そうでしょ?闇商人の金狼きんろうさん」


金狼というのは彼が生きる闇の世界での通り名。

本名は誰も知らない。

それは夜飼さんであっても、闇の住人も、そしてプレイヤーである俺も。

知っているのは毎日変わらない黒のスーツと、目に出来た深い傷跡だけ。


何故、夜飼さんと金狼が知り合いであるかは後々分かるので今は省くことにする。

それよりはこの不利な現状を打破しなければ。


「時間すらも金があれば買えるというのが、貴方の信念のはずだ。」

「ほう、面白い奴だ。俺と交渉をしたいのか。でも、残念だったな。人の情報をペラペラと喋る奴は真っ先に死ぬって教科書では教えてくれなかった?」


太々しい態度で椅子の背もたれに倒れ込む金狼。

そして、スーツの中にあるホルスターから一丁の拳銃を取り出し、俺に狙いを定める。

1歩でも動けば俺は死ぬだろうな。

なんでよりにもよって拳銃なんか持っているんだよ。

表情には出さない様にしているが内心は鼓動の動きが早まっている。


彼は常に引き金に指を置いている。

いつ引き金が引かれてもおかしくない。

それでも俺は逃げなかった。

遅刻したのは俺が悪いけど、ここで彼との関わりを流す訳にはいかないという気持ちがあったからだ。


ついにその瞬間は来た。

金狼は何も躊躇うこと無く引き金を引く。

俺はただ目を瞑る事しか出来ない。


「イテッ!」


額に何かが当たる。

少し痛いが耐えられない程ではない。

状況を理解する為に目を開けると、地面に1つBB弾が落ちていた。


「ふっ、冗談だ冗談。俺は手を赤く染めない主義だからな」


そんな冗談が通じるかよと思いながら苦笑い。

とにかく生きていて良かった。


「それでどれだけ出せる」


この人が聞いているのは先程の時間の話だ。

俺を試しているのは分かっている。

学生なら出せて1時間1万円が限度。

時給換算ならかなり稼いでいるが、彼はそれでも納得しないだろう。


「1時間5万、これが限界です。ただ、貴方から買いたい物があるので利益で考えたら5万以上ですよ」

「なるほどな。お前の気持ちは5万か。ちょっと少ないが学生ってのも考慮すると及第点だな。付いて来い」

「待ってください。まだ俺お金払ってませんよ」


金狼は後払いを好まない。

全て先払いしなければならない。

だから、何故お金も払っていないのに、どこかへ移動しようとしているのか疑問だった。


「金は最初から貰ってる。夜飼からな」

「このお金は出世払いで良いからね。未来のスターくん」


本当に何から何まで。

こんなにサポートキャラとして優秀な人は他にいないだろう。

後は強育舎を使わせてくれたら完璧だ。


ガレージに場所を移すと黒いバンが止まっていた。

金狼は待っていた鍵でトランクを開ける。

まだ彼の背中で見えていないが、ようやく待ちに待った商品と出会えるのかと思うと興奮して来た。


しかし、中には何も入っていない。

どうして何も入っていないんだと焦る。

彼が商売の場に手ぶらで来るとは思えない。

まさか、俺のピックアップしたアイテムは取り扱っていないのか?

彼に出会うには序盤過ぎるとは思っていたが、まさか時期によって取り扱っている商品数が変わる使用だったとは。


「ふははは!その顔、実に見応えがあるな。安心しろ、大杉おおすぎ。商品はこの中だ。」


慣れた手つきでトランクをいじる。

数秒もしないで床板を外すと隠された収納スペースが現れ、しっかり商品も揃えられていた。


「コイツは別に違法ではないが、ポリに見られたら面倒だからな」

「漢方なんですけどね」

「コイツのどこが良いのか。お前がこれをチョイスした理由はなんだ?俺もクソジジイから高値で掴まされて在庫だけはあるから捌きたいとは思うが、何分、取り扱ってる俺ですら正体が分からない漢方だ。誰が欲しがるとも思えないし、コイツの存在を知ってるのも理解出来ないな」

「闇を生きる人が客の情報探るような真似するんですか?」

「子供が知った口聞くな。言え、言わないとこれは売れない」


これは困ったな。

あの漢方が欲しいけど、買う為には俺の素性を洗いざらい話さなければならない。

しかし、それは出来ない。

この世界はゲームの世界で、それを彼等に伝えてしまう事で何かしらの不具合が起きてしまう可能性もある。

それに夜飼さんは別としても金狼は金儲けに俺の知識を使おうとするだろう。

だから、安易には話せない。


上手い具合の言い訳を考えて見るが、突然考えろと言われると中々思い浮かばない物だ。


「今から嘘を言う様な顔をしてるな。表情に出やすいのは直した方が良い」

「やっぱり貴方には敵わないですね。嘘をつく前にバレるなんて。でも、何故俺がその商品を知っていて、どうして効果も分からない漢方を欲しがっているのかは言えません」

「なら、交渉は終わりだ。今日は無駄足を踏んだみたいだが、これも経験の1つだな。子供も相手するのは今日が最初で最後だ」


そう言ってそのまま帰ろうとする金狼。

トランクを片付け始めた。

しかし、そのスピードは明らかに遅い。

きっと時間を与えて俺の出方を伺っているのだろう。

一種の挑発にも近いその行動に俺は乗るしかなかった。


「その代わりになるものを上げます」

「金か?それとも時間か?もしくは真実か?」

「情報です」


彼は少しだけ反応する。

彼には俺の情報力を示したばかりだ。

その俺が情報を渡してやると言っているのだから、気になるのも仕方ない。

俺に少しだけど片寄った空気を逃さない様に畳み掛ける。


「情報は前払いだ。聞いてからその価値を決めてくれて良い。俺はそれくらい自信がある」

「面白い男だな!その交渉、受け入れてやろう」

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