第045話 無敵の女

お腹も満たされた俺達は次の場所へ向かった。

莉里りりが作ってくれているプランはかなり綿密に考えられている。

俺も少しは案を出した方が良いかとも思ったが、話を聞いていると意見を出せるところは無さそうだ。


次の目的地に到着する。

その場所は水族館だった。

規模としては大きめの水族館なので、長い時間楽しめそうだ。

それに今はゴールデンウィークキャンペーンで高校生以下は入場料100円。

こんなチャンスを逃す訳には行かないだろ。


だけど、考えている事はみんな同じみたいで高校生カップルが数えきれないくらい歩いている。

学校で見たことのある顔の生徒も時折見かけた。


「やっば、これは人多そうだね」

「それ程人気があるってことだから良いことなんじゃないかな」

「うわっ、そのポジティブ良いね!アタシも見習おう」


さっきのカフェもそうだったけど、休みの日はカップルがどうしても多くなるな。

前までは出不精だった俺にとっては少し堪えるものがある。


入場チケットを買う為に、受付へ行くとスタッフの人が話し掛けて来た。

あまりこういう場所で話し掛けられるのは好きでは無いので、戸惑ってしまう。


「こんにちはー。カップルさんですかー?お似合いですね」

「カップルだってよ!嬉しいね」

「なんて反応すれば良いのか困るからやめてくれ」

「照れちゃってー!」


やはり学生の男女2人で水族館へ行くとカップルに見えるらしい。

スタッフの人にそう見えますか?なんて返す勇気は俺には無いので、愛想笑いで返す。

この人とは何度も会うことはないだろうから、カップルだと勘違いしても問題無いだろう。


学生カップルが並ぶ入場口を抜け、中へ入るといきなり大きな水槽が・・・とはならない。

エスカレーターが目の前に設置されていて、それに乗ると水族館の目玉となる巨大水槽が現れる。

水槽からは小さい可愛らしい魚から大きなジンベエザメまで様々な種類が泳いでいる。


水槽の真ん中は小さな子供達が陣取っているので、邪魔にならない端を選ぶ。


「どれが1番可愛いと思う?」


なんとも抽象的な質問だ。

だけど、不思議なものでその質問の後に水槽を見ると、自然とどれが可愛いかなと選びながら見てしまう。


「あれかなー?」

「意外ー!シンプルにジンベエザメとか言うかと思った」


俺が選んだのは俺達の方にお腹を見せているエイ。

通常の姿はスリムに見えてかっこいいのに、敢えて丸っとしたお腹を見せてくるのが可愛い。


「アタシはあれだね!」


莉里が選んだのは、小魚の群れだった。

小さいものは確かに可愛いけど、これだけ目を引く生き物がいる中であれを選ぶのは面白い視点だ。

だからと言って他に何を言うのかは思い付かなかったけど。


この巨大水槽だけでも5分くらいは眺めていられた。

まだまだ見ていても良いのだけど、他にも見なければいけない所は沢山ある。

薄暗い通路からパステルの光が水槽から漏れる。

それが幻想的でまるで別の世界にでも来たようだ。


「あっ!あれって、先輩達じゃない?」


その言葉を聞いて目を凝らして見ると、通路の奥から大きな身長の後藤先輩が見えた。

別にやましい事をしているつもりは無かったけれど、

俺は莉里の腕を引いて角へと隠れる。


なんでこんな所に後藤先輩がいるんだ。

ここは魚食い放題のお店じゃないぞ。


「おおっ!すごいなー!りつつむぐ!ここの水槽も魚が一杯だぞ!」

「当たり前だろ、水族館なんだからよ」

(思くんも来れば良かったのに。こんなに綺麗なものをお得に見れるチャンスだったんだよ!)

「ほらみろ、律もお前がアホだって言ってるぜ」

(そんなこと言ってないから!)


なんであの3人がここにいるんだ。

氷道ひょうどう先輩は理解があるタイプだろうけど、残り2人は何を言うか分からない。

過ぎ去るまでここで耐える必要がある。

角とは言ってもスペースは少ない。

莉里には申し訳ないが少しだけ密着してしまう。

完全に姿が見えなくなる数分間、動く事のない時間が続いた。


「流石にもう行ったか」

「なんで隠れたの?見せつけてやればよかったのに」

「それはやばいよ。特に糸式いとしき先輩は」

「あぁー、確かに。糸式先輩は二郎じろうのお姉ちゃんが好きだからねー。アタシと二郎がイチャイチャしてたら何かしらは言って来るかも」


どうやら糸式先輩が姉の事を好きなのは周知の事実らしい。

女子の噂って広まるのが早いから恐ろしい。


「どうする?また会う可能性だってあるし、ここ出る?」


そうは言ってくれているけれど、チラッと聞いたプランではこの後イルカのショーを見る予定だったはず。

そこまで考えてくれているのに、わざわざ俺の為に水族館を出る提案をしてくれるとは。

俺にそんな事をしてもらえる魅力はない。


もしも、彼女の仲に恋愛の感情があるとしたら、一時の間違いだ。

あの事件の補正がまだ薄れずにいるだけ。

だから、俺も本気にするのが怖い。

向けられる好意に背を向けてしまう。


「そろそろイルカショー始まるよ。早く行かないと良い場所取れないぞ。ゴールデンウィークは人多いんだから」

「良いの?もしかしたら、先輩達もイルカショーへ向かってるかも」

「まぁ、その時はその時だ。付き合っていないことだけ説明すれば問題ないだろ。一応、今日はデートなのは事実だし」

「えぇ〜!まじで惚れ直した!デートだってちゃんと言ってくれるのまじ嬉しい!」


気を遣われたらこっちとしてもやりづらいけれど、これはこれで莉里のペースだな。

いつもこんな感じだから良いんだけど。


「今日ね、冗談じゃなくて生きてる中で1番楽しい日だよ。二郎が隣にいて、楽しく話しながら遊んで。まだ恋人になれるかなんて分からないけど、今この瞬間はきっと忘れない思い出になる」

「まぁ、それは俺も同じだよ」

「嘘だぁー!この後、青屋ちゃんともデート行くからアタシのデートなんて忘れちゃうよ。でもね、そうさせない為のたった1つおまじないがあるの」


スッと俺の方へと近付いて、背伸びをする莉里。

そして、唇が俺の頬へと当たった。


すぐに後ろへと下がる莉里。

彼女の頬は赤く染まっていた。

きっと俺も同じく赤く染まっているだろう。

これでも俺はまだ嘘や偽りという言葉で逃げるのか。

その先にあるものを見ようとはしないのか。


「俺は・・・」

「しぃーーー!」


俺の唇に人差し指を当てて言葉を遮る。

考える事なんてお見通しなのだろう。

彼女は逃げの言葉を聞きたくはない。

それを聞くぐらいならどれだけ時間を掛けたとしても、本物の答えが欲しいと思う。


「その言葉の続きはまだいらない。今は色々と大事な時期だと思うし、世の中アタシ以外にも素敵な人は沢山いるから。でもね、それでもね。アタシのことが頭から離れなくなったら、キスの答えを聞かせてね」


頭から離れなくなったら?

そんなの現在進行形で離れない。

やはり小城こじょう莉里りりという女は、最強で無敵の女だ。

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