第044話 これを人はデートと呼ぶ

2日あるオフの内の1日。

俺は朝早くに身支度を済ませて外出していた。

いつも練習する為に外へ出る時と違って、それなり格好には気を遣った。

それには理由がある。

今日は莉里りりと遊びに行くのだ。

異性と遊ぶなんて経験の無い俺は少し緊張しているが、同時に楽しみでもあった。


きっと野球をしなくて良いのかと思う人もいるかも知れない。

だけど、許して欲しい。

最近は詰め込んで練習をしていた。

偶の休みくらい何をしたって良いだろ。


これは言い訳だと分かっている。

今頃、駒場こまばは自主練にでも励んでいるんだろう。

色々な葛藤があるけれど、夕方解散になるのでそこから夜中まで練習に取り組めば後れを取る事はないと思う。


「お待たせー!」


待ち合わせ場所にやって来た莉里の姿を見て、そんな考え事は吹き飛ぶ。

普段は制服かジャージ姿しか見れないけど、私服姿も可愛い。

デニムのショートパンツに、オフショルダーの白ブラウス。

思わず見惚れてしまう。

だけど、凝視してしまうのも気持ち悪いだろうから少ししてから目を逸らす。


「ちょっと〜感想くらい言うべきっしょ」

「まぁ、そのなんだ。か、可愛いと・・・思う」

「思うは余計だけど、合格かなー。って、ちょっと緊張し過ぎじゃない?」

「するに決まってるよ!こんな状況になったら!」

「あぁー、意識してんだぁー」


ニヤニヤとした笑顔でこちらを見てくる。

毎回、莉里にはペースを乱されるばかりだ。

でも、この状況を楽しんでいる自分もいる。

あの頃手に入らなかった青春に手を伸ばしている感じがして。

だけど、これが夢なら覚めないで欲しい。

サラリーマンをやっているより、こっちの方が何倍も楽しいのだから。


「まずどこから行くの?」

「まずは最近SNSで流行ってる和菓子を専門に取り扱ってるカフェに行く予定かな」

「莉里って、和菓子好きなんだ。意外だな」


勝手な偏見だけど、パフェとかクレープとかの洋風なデザートが好きそうだと思っていた。


「めっちゃ好き!日本人に生まれて良かったーって感じだよ!」


その勢いから嘘でないのは伝わってくる。

道中もデザートの話を熱く語りながら歩く。

これが意外にも盛り上がった。

食べ物の話って誰にでも使えるから便利だよな。


「すげー、めっちゃ人気じゃん」

「やっぱりSNSでバズっただけあるねー!それだけ期待出来るってことだよ!」


まだ実物を見た訳でもないのにテンションが上がりまくりだな。

でも、俺も楽しみだ。

行列の最後尾に並んで俺達の番が来るのを待った。

人によってはこの待ち時間が嫌いという人もいるけれど、俺はそうでもない。

どちらかというと好きまである。

待てば待つほど、その先にある物の価値が上がると思うからだ。


「何食べよう」

「黒胡麻団子も良いし、ずんだ餅とか苺大福系も外せないよねー!後、ここで1番人気なのは抹茶わらび餅なんだって。迷っちゃうねー」


携帯でメニュー表を調べながら、どれにするかを選ぶ。

どれも基本的には美味しそうで、何を選んだとしても外れないだろう。

敢えて選ぶとするなら、食べ比べ団子セットだな。

色々な味を楽しめてお得な感じがする。


そうしている内に俺達の番に。

中へ入ると8割くらいは女性客だった。

男性もいるみたいだけど、全員彼女と一緒に来ていた。

余りにも自分とは無縁の空間に帰ろうかとも思ったが、あれだけメニューを見ておいて今更帰るなんて事は出来ない。


「ねぇー、カップルめっちゃ多いね」

「なるべく意識しないようにしてたんだから言わないでくれよ」

「でもさ、でもさ!アタシ達もカップルに思われちゃったりしてー!きゃー!」


1人で妄想して1人でテンションが上がっている。

周りからそんな風に思われているとは思えない。

親族ぐらいにしか思われていないだろ。


注文は予め決めているので店員を呼んで待つ。

人気店なので、1回呼んでも中々店員は来ない。

それでも待つのが苦にならない。

内装とかも落ち着いたブラウンを基調としていたり、アンティークな置物があって見ていて飽きないからだ。

暫くすると申し訳無さそうに若い店員が来る。

気にしないでくださいと言ってから注文に入る。


「ありがとうね、今日は時間作ってくれて」

「えっ?」


いきなり感謝の言葉を述べられた俺は、思わずそんな声を出した。


「だってさ、今日って本当は自主練するつもりだったでしょ?それなのにアタシが無理言ったから来てくれたんでしょ?」

「そんな事はないって。息抜きも偶には必要だろ」

「良いこと言ってくれるじゃーん!あの練習バカの駒場だって今頃マリアとデートしてるんだし、偶には良いよね!」


そうか、駒場も今日は遊びに行っているのか。

流石はモテる男だ。

その話を聞いて、ちょっとだけ安心している自分がいた。


「お待たせいたしました」


運ばれて来たデザートを見て、テンションが上がる。

俺は言っていた通り食べ比べ団子セットで、莉里が1番人気の抹茶わらび餅。

妥当な選択って感じだ。


食べている間も意外と話は弾んだ。

同じクラスだけど、知らない話とかも意外と多い。

大体はクラスの恋愛事情を教えてくれる時間だったけど。


竜田たつたが女子からモテて始めているとか、御手洗みたらいを好きな女の子が1人だけいるとか。

しかも、このレベルはまだ小粒の話。

1番のビッグニュースは、橋渡はしわたりに彼女が出来た事だ。

橋渡は誰にも公表していないので、俺達が知らないのも当たり前か。


しかし、彼女の方は女子友達に伝えたらしい。

だから、莉里も知っていたようだ。

友達だから教えて欲しいとまでは言わないけど、少しくらいその素振りを見せてくれても良いだろ。

普段の学校生活ではその気配を一切出していなかったな。


いや、待てよ。

最近昼休みにどこかへ抜け出す事があったのは、それが理由か?

もしかして、もしかすると気付いていないのは俺だけ?


「ご馳走様でした!すごい美味しかった!」

「見栄えも綺麗だったよ。見ても良し、食べても良し。これは流行る訳だ」

「本当それ!そうだ!撮った写真、後でSNSにアップしとこー」


後ろもまだまだ並んでいるみたいなので、とりあえず会計を済ませて外に出る。

自分では入ろうと思わないお店だったけど、誰かに連れられて来るのは悪く無い。

またこういう機会があったら、立ち寄ってみたい所だ。


「あれ?大杉おおすぎ小城こじょうじゃん。2人でお出掛けか?」


店を出るとまさか駒場と遭遇してしまう。

駒場の後ろには莉里が話していた通り、西谷さんもいる。

悪い事をした訳でも無いんだけど、少しだけ気まずい。


「あっ!マリアじゃん!偶然だねー!」

「偶然だね。そっちはデート?」

「えへへ、そう見える?」


女子だけで楽しそうに会話が始まった。

俺も駒場と話そうと思ったが、何を話せば良いのやら。


「じゃあ、そっちもお楽しみみたいだし、邪魔しちゃ悪いから行こうか」

「そうだな。また明日」


駒場達にそれだけを言い残して、また2人の時間へと戻って行った。

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