第043話 ネガティブな僕の熱い想い
「普段から同じ部活だし、話し掛けようと思ってたんだけど、このタイミングになってごめんね」
「・・・僕が避けてたので」
振り絞った短い返事。
これでも
それはわかっているけれど、姉には伝わらない。
余りにも短い返事に怒りを覚えている頃だろう。
だけど、グッと堪える。
最近、気になり始めているであろう
まだまともに話せていないのに、すぐに怒る人という印象を与えたくはないだろう。
その様子が面白くて吹き出しそうになったけど、きっと笑ってしまえば家で文句を言われる。
普通の姉弟なら日常的に行われる喧嘩だが、俺にとってはゲームのヒロインである事には変わらない。
誰だってヒロインには嫌われたくないだろ?
だから、必死に堪えた。
会話はその後も続くが、盛り上がりは無い。
獅子頭先輩は投げられた言葉に対して答えるのみ。
これでは成功とは言えないな。
「ありがとう
「まぁまぁ、良いじゃねーかよ!カリカリすんな
姉の次に出て来たのは3年生マネージャーである
百地先輩は一言で表すと頼れる姉御。
少し大雑把な部分もあるけど、1人1人の気配りを忘れない優しい人なのだ。
ちなみに、百地先輩はキャプテンの
「よっ!獅子頭!相変わらず元気ねーなー。」
「あはは・・・すみません」
溜め息混じりの愛想笑いと共に、悲観的な謝罪を述べる。
百地先輩を否定する訳では無いけれど、2人は相性が悪い。
ネガティブな気持ちになる人の気持ちを、百地先輩は分からないだろう。
だから、獅子頭先輩の心には響かない。
それでも寄り添う姿勢を見せる百地先輩。
その格闘は意外にも長く続いた。
「よしっ!今日はここまでにするか!」
「えっ?」
「まぁ、1日で改善されるなんて事もないからな。それにウチから言わせれば、変わる事も時には必要だけど、変わらないままでいるってのも難しい事だと思う。だから、無理に変わらず、自分を受け入れる選択肢もあると思うぜ」
カッコいい。
言葉に重みがある。
俺も心はおっさんだけど、座右の銘にしたいくらいには響いた。
さて、先輩2人がダメだったとなると残されているのは1年生3人。
この中で、獅子頭先輩を変えられる者はいるのか。
・・・答えは言うまでも無い。
「も、もうやめようよ
「それもそうだな。うーん、俺は上手くいくと思ったんだけど」
「ごめんよ、僕が不甲斐ないばかりに」
「あーッ、もう!シャキッとしろシャキッと!」
何だが最初よりも状況が悪化している様な気がするのは気のせいか。
女子との会話は無理でも男子となら会話が出来る。
それなら、1つ良い手段があるではないか。
俺はこっそりと抜け出して、氷道先輩の下へ向かった。
「ちょっと良いですか
練習中で申し訳無いけど、事情を話すと協力してくれそうだった。
(良いけど、それって効果あるかな)
「大丈夫ですよ。これをきっかけにとまでは行かなくとも、女子には慣れるはずです」
準備をする為に移動した氷道先輩。
それを見て、俺が時間を稼ぐ。
多分、早ければ10分くらいで戻って来るだろう。
戻って時間を稼いでいる間に俺達が話していても、やはり男子とは普通に会話が出来ていた。
しかし、途中で姉や
(お待たせ!)
ジャージ姿になった氷道先輩がやって来る。
保健室に予備のジャージが置いてあって助かった。
練習着のままでも良かったけれど、こっちの方がより性別が不明になる。
本当は女子の制服があれば1番良かったのだけど、保健室に制服の予備は置いていないし、氷道先輩もわざわざ持って来てはいないので仕方ない。
「成程、考えたな。
「話せると言うか緊張しないようにですけどね」
氷道先輩は言葉を発さない。
だから、あのジェスチャーを完全に理解しないと会話は難しい。
2人にはメモ帳とペンを渡す。
それで筆談すれば、喋るよりは気が楽だろう。
意外にも筆談は弾む。
獅子頭先輩からも時折笑顔が見える。
これは成功したのでは無いか?
試しに姉が話し掛けてみると先程よりは話せている。
これは大きな成長と言えるだろう。
後は少しずつ慣れていくだけだ。
「でも、何でいきなり変わりたいと思ったんですか?」
俺も聞きたい話だな。
人は常に変わりたいと思っている生き物だが、それを実行に移すにはそれなりの覚悟と気合い必要である。
獅子頭先輩は、変わりたいと思い実行に移した。
それが単なる思い付きや中途半端な考えでないのは明白だ。
だから気になる。
胸の奥に秘めた熱い思いが。
「僕は・・・、みんなの為に強くなりたい。僕を必要としてくれるみんなの為に。だから、まずはこの緊張する悪い癖を治して、常に試合中みたいになれれば」
明かされた思いが俺達に響く。
俺達が抱くエゴイストな感情とは別の感情。
チームプレイだからこそ生まれる圧倒的献身。
中にはそれを否定する者もいる。
だけど、俺には真っ直ぐにそれを言える彼が眩しく思えた。
一旦、この集まりは解散となる。
みんなそれぞれの練習へと戻って行く。
俺も糸式先輩の指導を受けようと思ったら、姉に首根っこを掴まれそのまま連行。
脱走した猫が捕まった時ってこんな気分なのだろうか。
「
「何が聞きたいのかな、姉さん」
「駒場くんとは仲良いの?」
「仲は悪くないよ、普通に話すこともあるし」
「それは良かった」
少しだけ頬が緩んだのを見逃さない。
これは駒場と姉を繋ぐパイプ役として俺は使われる事になりそうだ。
妄想の世界に入り込んだのを見逃さず、音を殺して逃げ出した。
あの場に留まっていれば、次に言われる言葉は大体想像が出来る。
同じ家に住んでいるのだから、帰ったら何か言われる可能性もあるけれど、そこは母に仲裁してもらうしかない。
[称号: 忍者の逃げ足 を獲得しました。称号を変更しますか?はい/いいえ]
まさか、こんな事で称号獲得するとは。
俺は運が良いのか悪いのか。
あの幸運というステータスも早く閲覧出来るようになって欲しいものだ。
称号を変更するとそれに対応した力が得られる。
しかし、今付けている完全クリアを成し遂げた男という称号は何も効果が無い。
恐らくは他人に自慢する用の称号だと思うけど、この世界では全く役に立たない。
それだったら、忍者の逃げ足を付けた方が良さそうだ。
盗塁挑戦時、相手の自分に対する意識を薄める効果と単純に走力を5上げる効果がある。
これで攻撃面での強化に繋がるだろう。
迷わずにはいを選ぶと宙に浮かび上がった画面は消えていった。
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