第041話 甘酸っぱい青春の味
ゴールデンウィークは野球部の練習から始まる。
12時から始まって18時まで休憩を挟みながらの練習だ。
そして、18時30分からは夜飼さんに人を紹介してもらう約束がある。
昨日連絡したら、まさかの今日でも良いらしく、それなら早い方が良いという話になり今日紹介してもらうことになった。
彼はゲームをしている中でも相当お世話になるお助けキャラなので、出会うのが楽しみだ。
それにしても、最近は温暖化の影響でゴールデンウィークの段階で外は暑い。
熱中症対策は必須と言えるだろう。
スポーツドリンクを飲みながらクールダウンする時間もこまめに設ける。
「
後藤先輩が俺を呼ぶ。
スキル習得についての話だと思うけど、あの紙では分からない部分があったのか?
いや、俺の持っている知識を総動員して作り上げたメニューに不足部分は無いはず。
「良い訳ねぇーだろ、脳筋アホ野郎」
何故か俺よりも先に答える
本人より先に断るのはやめて欲しい。
一応、どちらかと練習をする予定など入れていた訳ではない。
強いて言うなら先に声を掛けて来た糸式先輩を優先すべきなのは事実だけど。
「ガハハッ!減るもんでも無いし、ケチケチするな
「バカか、俺の時間が減るんだよ」
2人の間に入ってアワアワしている
可哀想にも思えるが、これが通常運転なので仕方ない。
それに2人は仲が悪い様に見えて、意外と良く話しているシーンが描かれている。
それぐらいには気を許している相手だと言う事なのだろう。
(見てないで助けてよ!)
ジェスチャーで助けを求める氷道先輩。
流石に可哀想なので、仲裁に入る事にした。
「はいはい、そこの2人。喧嘩しないでくださいよ」
「むむっ?これは喧嘩なのか紡?」
「当たり前だろーがッ!」
余計に状況は悪化する。
2人の喧嘩と言うより、糸式先輩が一方的に切れているだけなんだけど。
「分かりました。ここは公平な方法で決めましょうよ」
「腕相撲か?それとも手押し相撲か?あぁ!さてはシンプルに相撲だな!」
何で全部相撲なんですか、後藤先輩。
しかも、その決め方だと全く公平ではない。
圧倒的に筋肉モンスターの後藤先輩が有利だ。
「なら、しりとりとか数取とかか?」
糸式先輩も糸式先輩で頭使いそうなゲームばかり出して来る。
後藤先輩が勝てる要素を少しくらいは入れてあげたらどうだろうか。
(やっぱりこれだよね?)
氷道先輩がグーチョキパーを作ってジャンケンをアピールする。
それが1番無難だよな。
いつもこのメンバーをまとめ上げているのかと思うと、気苦労が伺えて同情する。
ジャンケンを始めようとすると何故か2本の手では無くて、3本分が前に出されていてた。
もう1本の手を出している人は誰なのか。
最初は氷道先輩かと思ったがどうやらそうでは無いらしい。
「テメェー、マネージャーの仕事はどうした?」
「いやー、それが一旦休憩タイムという事になったんですよー!だから、
どこからか駆け付けた
ただでさえ、俺を先輩2人が取り合うカオスな状況なのに、余計に話がこじれていく。
これには氷道先輩も頭を抱えていた。
「良いじゃないか紡、恋する乙女は強しって事だろ!青春じゃないか!ガハハッ!」
「さすがっ!分かってますね後藤先輩!」
「あぁ、分かった分かった。さっさと始めんぞ。後、大杉。俺が勝ったらビシバシ指導すっからな」
そんな酷い話があるだろうか。
ほぼ拷問になる気がしてならない。
自分の時間が大事なら、1人で練習して貰って構わないのに。
「じゃーんけーんっ!ぽんっ!」
グー、チョキ、チョキ
綺麗に1回目で決着が付いた。
あの3人の中で、勝ったのはゴツゴツとした大きな拳だった。
「ガハハ!今日は運が良いみたいだな!」
「あーあ、残念。勝てば少しは二郎を独占出来たのに」
「それはプライベートでしてろ。・・・はぁ、しょうがねぇー。さっさと行って来い」
流石の糸式先輩も公平に決めた事には逆らえないらしく、大人しく身を引いた。
後藤先輩も後から来たのに俺を借りることに対して多少の罪悪感があるらしく、一言謝罪してから場所を移動する。
わざわざ移動する必要はあったのかと思ったけれど、スキル習得を手伝っているのが糸式先輩にバレたら怒られるだけではすまないので有難い。
「さて、用件が何かは分かっているよな」
「あの3枚の紙の件ですよね」
「あぁ、そうだ。言われた通りにやってみたがイマイチ効果が出なくてな。何か改善すべき点が無いか聞きに来たんだ」
俺が渡した紙を見せてくる。
そこには大量の書き込みがされていた。
試行錯誤を重ねて、何かしらの効果が出るように工夫している。
隣にいる氷道先輩が静かに俺を見ていた。
昨日、釈明はしたのだが、まだ完全には疑いが晴れていないらしい。
しかし、馬鹿正直に話す訳にもいかないので誤魔化しながらになってしまう。
後藤先輩に付けたいスキルは、動体視力、反射神経、打ち上げ花火の3つ。
どれも条件が難しい訳ではないが、普通にやれば習得確率はそれぞれ5%。
かなり運が良くなければ、3つ習得するのは厳しいだろう。
そこで重要なのが後藤先輩に渡した紙だ。
少しでも確率を上げるための方法があの紙に書かれている。
良くて7%ぐらいにはなるだろう。
後は根気が物を言う。
俺が作り上げた最強の後藤
その景色をこの世界でも見たいものだ。
「ふむふむ。これはこうすれば良いのか。なら、ここはどうだ」
後藤先輩はその後もいくつかの質問をしたり、実際にやってみて試行錯誤して改善を図った。
何回かのやり取りをして満足すると、その後は練習に戻って行った。
彼の積極的に学ぶ姿勢は俺も見習いたいと思う。
後藤先輩の用事は済んだので、また糸式先輩の指導を受けに戻る。
教え方は厳しいんだけど、球速がかなり上がるので逆らえない。
もしかすると、俺が球速に悩んでいることを見抜いて。
なんて、それは無いよな。
「おーい、二郎。ちょっとこっちに」
物陰から俺を手招きする小城。
小さくまとまっているのは、糸式先輩に見つかるとまた怒り出すからだろう。
「どうしたんだよ小城?」
「あー、また苗字で呼ぶんだー。折角、これ作って来たのに渡すかどうか迷っちゃうなー」
彼女が持っているタッパーの中に入っていたのは、レモンのハチミツ漬けだった。
差し入れの定番としてあげられる食べ物で、疲れに良く効く。
それに女の子の手作りっていうのが付加価値を付けている。
現実世界では、選ばれた者しか味わえない甘酸っぱい青春を体験出来る可能性が目の前にある。
俺はゆっくりと手を伸ばしたが、腕を掴まれて食べるのを阻止される。
な、何故だ!?
目の前にこんな美味しいな物があるのに、食べられないなんて可哀想な話があるか?
「名前、呼んでくれるよね?」
上目遣いのキラキラとした瞳で俺を見つめる小城。
そ、そんなのずるいだろ。
いや、俺はそんなのに屈したりなんかしない。
姉にでも作って貰えば良いんだから。
「莉里さん、ハチミツレモン食べたいです」
「うーん、棒読みな気をするけど、二郎には最初に食べて欲しいから、はい、どうぞ。次からちゃんと名前で呼んでよ?」
「善処するよ」
この世界のハチミツレモンは青春の味がした。
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