第040話 氷道律の疑念

明日からゴールデンウィークが始まる。

練習に力を入れられるのも嬉しい要素の1つだが、オフの日の過ごし方も迷う所だ。

勿論、自主練の時間を設けるの必須だが、1日は長い。

自主練したとしても有り余る程の時間がある。


第1候補は金欠対策だな。

序盤はそこまで取り急ぎ必要な訳ではないのだが、後半からはあればあるだけ良い。

それにここは普通の生活もしなければならない。


第2候補は、最強化計画の進行だ。

具体的に言うと、このタイミングで会っておきたい人がいる。

俺が最強になる上では必須なキャラなので、是非とも今の内から会っておきたい。


「あのさ、あれって氷道ひょうどう先輩じゃない?二郎じろうの方をずっと見てるけど」


先程まで俺と話していた小城こじょうが、氷道先輩の存在に気付く。

扉の方から顔だけをぴょこっと出して、教室内の様子を伺っている。

これが他の野球部員だとあまり見れたものでないんだが、氷道先輩だと絵になる。


中性的な顔立ちに、俺より僅かに小柄な身長。

そして、髪を後ろにまとめたポニーテールがより一層性別を謎に包む。

一時期は、女の子なのでは無いかと考察がされる程だったけれど、公式のプロフィール欄でしっかりと男と記載されていた。

一部のファンからはあれが誤表記だった説を唱えた者もいたとかいないとか。


「あれ?今日はスカート履いてるんですね」


この人の性別をややこしくする理由、その1。

気分によって着る制服が変わる。

ズボンの日もあれば、スカートを履いている日もある。

ズボンを着れば女子からキャーキャー、スカートを履けば男がソワソワするらしい。

多様な時代に合わせた設定なのかも知れないが、刺さる人には刺さる。


(今日は可愛く決めたい気分だったから。似合ってるかな)


この人の性別をややこしくする理由、その2。

身振り手振りだけで会話する為、声を聞いた者がいない。

彼は身振り手振りのジェスチャーだけで会話をする。

何故、そうなっているのかはゲーム本編で語られないが、俺は勝手に制作者によるキャラ付けだと思っている。

もしも、そうでなかったとしたら、深い事情があるのかも知れない。

そうだったとしても、俺が触れて良い領域の話でない事は確かだ。


それにしても、ジェスチャーだけだと伝わるか不安だったけれど、謎のテキストによって氷道さんの気持ちがスッと理解出来る。

これはゲーム内のテキストみたいなものか。


「似合ってると思いますよ。みんな女子だと思ってるみたいですし」


後ろで俺の事を睨む男子生徒達。

何故か性別を知っているであろう御手洗みたらいまで俺を睨んでいる。


(ボ、ボクの伝えたい事分かるの!?)

「まぁ、分かりますね」

(すごいよ!力丸りきまるだって半分ぐらいしか理解してないのに)


テンションが上がってぴょこぴょこと動く様子は小動物にそっくりだ。


「俺に何か用でしたか?部活でも話せるのにわざわざ今来たって事は大事な話ですよね」

(あぁーー、そうだ!力丸に変な事教えたでしょ。力丸は素直な子だから鵜呑みにしてるんだよ。先輩を揶揄ったらダメじゃ無いか)


多分、氷道先輩の言っている変な事と言うのは、俺が渡した3つの紙に書いてある事をやっているのだろう。

側から見れば確かに奇妙な事をしている様にも見えるが、俺は至って真剣にあれを渡した。

あれでスキルを習得出来た場合、堀枝と並ぶのは難しいがそれに近い能力は発揮出来る。


でも、氷道先輩は同じ2年生として後藤先輩を心配している様だ。

後輩に騙されて変な事をしていたら黙っていられないのも当然か。


「あれはですね、本気であれをやれば強くなれると思って渡しているんですよ。別に揶揄った訳でも、同学年の堀枝を活躍させる為でもありませんよ」

(その言葉、信じても良いの?)


俺は静かに頷いた。

しかし、本音を言うと確証はない。

上手くいくかは本人のやる気に左右される。

それに獲得出来たとしても、甲子園までに間に合うかは分からない。

でも、後藤先輩なら出来ると思う。

そんな曖昧な自信が俺の中にはあった。


(今日の所はボクが折れるよ。あれがどんな効果があるのか分からないけど、きっと何か役に立つんだよね)

「そうです。あ、でも、程々にと後藤先輩には言っておいてください。あの人、1日中やってしまいそうだから」

(それは任せてよ!その辺はボクがしっかりと言っておくから。・・・信じてるからね。じゃあ、また!)


友達思いの良い先輩だ。

あれで男と明言されているのが勿体無い。

性別不明なら希望を持てる男性プレイヤーも多かっただろうに。


教室へ戻るとまだ男子生徒は睨んでいた。

他にやる事は無いのか。

視線を気にしていない振りをしながらも着席すると、青屋あおやが話し掛けてくる。


「今のって氷道先輩ですよね。何か用事があったんですか?」

「ちょっとした勘違いってやつだよ。誤解だって言っておいたけど、完全に疑いが晴れた訳では無さそうだね」

「そうなんですね。良かったです。てっきり怒られてるのかと思いました」

「ふーん、青屋は俺が怒られるような事するタイプだと思ったんだ」

「えっ、いえいえ!そういう訳では無くてですね!」

「冗談だよ、冗談」

「もーう、酷いですよ!」


こんな会話をしていると余計に視線が鋭くなる。

羨ましいなら彼等も話し掛ければ良いのに。


しかし、俺も最近自覚している事がある。

それは女性との出会いだ。

前の世界では、ほぼゼロと言っても良いぐらいに女性とは交流が無かった。

今ではそれなり知り合いがいる。

学校に通っているからという理由もあるかも知れないが、それでも恵まれているのは言うまでもない。

これもダイヤモンドベースボールの世界に入り込んでいるからなのだろうか。


「あ、あのですね。今度のゴールデンウィークのオフの日、何か用事ってあったりしますか?」

「うーん、特に用事という用事はないけど」

「あ、あのですね!良ければなんですけど!」

「何々!何の話してるの?アタシも混ぜてよ」


会話に割り込んで入って来る小城。

折角、青屋が何か言おうとしていたのに中断させてしまったので、言葉を引っ込めた。


「あっ、そうだ。ゴールデンウィーク、1日空けといてね?その日、アタシとデートしよ!」

「ちょっと待ってください。わ、私が最初に誘おうと思ってたんです」

「そうなの?青屋ちゃんも二郎とデートするつもりだったの?」

「いや、デートでは、無くも無いと言うか何と言うか」

「それならオフはどっちも女の子とデートだね、二郎。そうと決まれば、青屋ちゃん、いや、舞葉まいは。アタシ、ぜーったい負けないからね!」


何と言うか、こんな美味しい思いして良いんですか?


人に会う予定を立てようと思ったが、それはオフの夜に夜飼よるかいさんを通して紹介してもらおう。

きっとあの人なら伝手があるはず。

頼ってばかりで申し訳ないが、使えるものは全て使わないと損だ。

確か誕生日が近いし、その時に日頃のお礼も兼ねて何かしてあげよう。


金銭対策は今日から出来るものがあるので、コツコツも行うことにしよう。

それにオフの日は休めと師匠も言っていた。

その分、毎日の練習を厳しくしてあるのだから、偶には休んでも良いよな。

無理は禁物だし、体を使わなくても出来る事はある。

何度も頭の中にある罪悪感を誤魔化しながら、俺は2人との約束を取り付けた。

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