第039話 後藤力丸の苦悩

小鳥遊たかなしの成長を見届けた後、10分にも満たない会話をしてから教室の方へと向かった。

教室に到着すると扉の前に見覚えのある人が立っていた。

坊主頭に駒場よりもデカい身体、そして何と言っても吊り上がった目は印象に良く残る。


後藤ごとう先輩じゃないですか。誰か探しているなら呼びましょうか?」

「いや!大丈夫だッ!というよりも大丈夫になったってつーのが正解か!ガハハ!」


フルネームは後藤力丸りきまるであるこの先輩も、他の人に負けず劣らず個性的だ。

名前の通りに、豪快でガサツという性格。

そんな先輩が俺に用事がある様な発言をする。

これが面倒事以外に何があるだろうか。

だって、笑い方ガハハだぞ?


「もしかして、いやまさかそんな事は無いと思うんですけど、俺に用事だったりしますか?」

「そうに決まってるだろ、他に誰がいる?」


ですよね。

俺以外いないですよね。

頼む!楽な相談事であってくれ!


堀枝ほりえだは勿論知っているよな?」


ここで堀枝の名前が出て来るとは思わなかった。

知っているかどうかで聞かれたら勿論知っている。

何ならクラス外での数少ない友達の1人だ。


「アイツと最近話す機会が増えて来たんだが、昨日堀枝の異常な本塁打率の話になってな」


おっと、話が少しずつ見えて来た。


「彼が言うには全て大杉が練習を見てくれたお陰だというんだ」


俺は特に何もしていない。

元からのポテンシャルが知っている登場人物の中でトップクラスに高かっただけだ。

俺が主導権を握って育成が出来ないので、彼の本領を発揮出来ていないが、それでも理論値の7割くらいは実力がある。

他の選手だとこうも上手くは行かないだろう。


「良ければ少し俺の練習に付き合って欲しい。大杉の練習時間を削る事になるのは分かっている。だけど、俺は堀枝に4番の座を見す見す明け渡す訳には行かない。すまんッ!頼む!!!」


相手が年下であるなどお構い無しに頭を下げる後藤先輩。

きっと俺に頼るまでに色々な手法を試して来たはずだ。

それでも効果はいまいち出ず、藁にもすがる思いで俺の所まで来たのだろう。

ここまでされてしまったら、俺も断る訳にはいかない。


毎日付き合うって訳でも無いだろうし、部員の強化は単純に甲子園出場の確率を高める。

それに恩を打っておけば、糸式いとしき先輩の様に練習を見てくれて大きな効果を得られるという打算的な考えをあって、後藤先輩の相談を受けた。


「本当かッ!ガハハ!やっぱり大杉は良い奴だな!これいるか?」


ポケットの中をゴソゴソと探して渡して来たのは、饅頭だった。

要らないんだけど、あまりに後藤先輩が笑顔で渡してくるので断り切れずに貰っておく。


「んじゃ!早速今日から頼む!」


それだけ言い残すと去って行った。

後藤力丸育成計画か。

結構な難題を押し付けられたものだ。

なんと言っても彼のステータスは扱い難い。

特に打撃に関するステータスはな。


彼は器用、筋力、走力、守備、捕球の5つのステータスの中で筋力の成長率は異様に高い。

簡単に言えば、当たればホームランになる可能性が高い選手だ。

反面、器用と走力は人並み以下、捕球と守備はそれなりである。


これぐらい尖ったステータスを扱うより、堀枝の様に満遍なく高い成長率のある選手を使った方が育成は楽なのだ。

ただ、世の中には酔狂な人もいるもので、彼を最強に仕立て上げようとした人物が少なくとも1人はいる。

何を隠そう、この俺だ。


彼を最強にするに当たって、まず考えたのは器用をどうやって補うかだ。

走力は最悪ホームランバッターなら切り捨てても問題は無いが、器用はどうしても必要である。

ただ、普通に練習して上げようとしても微妙な仕上がりになるだけ。


そこで考えたのがスキルで補う作戦だ。

スキルの中には器用を補える物が複数存在していて、器用補正のスキルが2〜3個付けば最強へと近付く。


そうは言ってもスキルは一定の条件を満たした場合に確率で付くもので、確定で入手出来る物では無い。

ましてや、操作している主人公以外にスキルを付けるとなると至難の業である。

俺がプレイした中で満足出来るスキルを全部付けられたのは指で数えられる程度。

一発勝負のこの世界でそれが実現出来るかどうか。


色々と考えていると練習の時間がやって来る。

こちらはホームルームが終わって準備を始めている段階だったにも関わらず、後藤先輩が教室へやって来て俺を連行するのだった。


「ちょいちょい!後藤先輩!」

「ガハハッ!どうした!もう練習の時間だぞ!」


いや、それはそうなんだけど、いくら何でも早過ぎる。

ホームルームが終わって真っ先に1年教室へ向かって来たとしか思えない。

俺も制服のままだけど、後藤先輩も制服を着ている。

このまま真っ直ぐにグラウンドに向かっても練習をすぐには始められないだろう。


「先輩、着替えがまだですよ」

「そんなのはなぁー!こうすれば良い」


制服のボタンをガサツに取り始めバッと放り投げる。

するとあら不思議、練習着を来た後藤先輩の姿があった。


「先輩、練習着を中に着るのはちょっと」

「むっ、何故だ。こうすれば、手間が省けて良いだろ」

「それはそうなんですけどね。はぁー・・・とりあえず着替えてくるんで、それまでこれを頭に叩き込んでください。そうしないと話が始まらないので」


渡したのは3枚の紙。

それぞれに分かりやすくこれから行う事が書いてある。

最初は紙を渡されて読めと言われ困惑していた後藤先輩だったが、しばらくすると黙々と読み始めた。

後藤先輩は長文とか苦手なタイプなのに、真剣に読んでいるのはやはり譲れない物があるからか。


その姿を見て、俺は少しでも早く着替えて来ることにした。


「おっ、大杉じゃん。1番乗りか?」


着替えに行く途中、堀枝と出会う。

何も悪い事をした訳では無いけど、とりあえず両肩を持って体を大きく揺さぶっておく。


「なになになにっ!」

「堀枝、後藤先輩に春休みの練習の事言っただろ」

「えっ?い・・言ったな、確かに。そんなに本塁打率が良いのか聞かれたらから、春休みに大杉と練習してから急激に良くなりましたって答えたけど」


俺の深い溜息を聞いて、戸惑いながらも思い出してその時の事を話していた。


「なんでそんなに馬鹿正直に答えるんだよ。相手は4番を奪い合う相手だぞ」


俺が呆れた顔をして一言言うと、先程までの堀枝の戸惑いの表情は一変して、真剣な眼差しになる。


「俺は大杉に感謝してるんだぜ、これでも。お前がいなければ延々女のケツを追い掛けてたダメ人間だ。だから、力丸先輩にも自慢したくなったんだよ」


実際、プレイした内の殆どがそうなったままゲームが終わって行った。

だけど、これは俺の為にした事。

感謝される事では無い。


「それにさ、何においても相手が強い程燃えるのが、男の性ってもんだろ?馬鹿になって生きようぜ」


格好を付けて先に行く堀枝。

不覚にもカッコいいと思ってしまったのはここだけの話にしておこう。

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