第038話 北風と太陽
転校生というワードを聞くとみんなどんなシチュエーションを思い浮かべるだろうか。
例えば、ヒロインの転校初日。
偶然、登校中に彼女と遭遇してラッキースケベが発動。
そして、学校へ来るとさっき出会ったばかりのヒロインが実は転校生で、ヒロインの自己紹介中、あぁ!さっきの変態!とかの展開になる。
最終的にはお決まりの先生が隣の席に座る様促す。
ライトノベルでは定番の展開だ。
だけど、それは創作物の中の話であって現実の話ではない。
では、実際はどんな感じなのか。
それは今からの出来事を見ていただければ分かる事。
「どうせ噂でも知っていると思うけど、今日は転校生が来る」
「はいはい!それってどこのクラスに転校生してくるんですか! 」
いつもはうるさいと罵られている御手洗も今日ばかりは英雄の様に扱われる。
誰だって転校生の情報は気になる物だ。
担任は答えるのが面倒なのか、一度溜息を吐いてから少し間を空けてから答える。
「・・・このクラスだ」
それを聞いた途端にクラスは大盛り上がり。
窓ガラスが割れるのではないかと錯覚する程の声量だ。
多少の放任主義の担任も流石に度を越している騒ぎ方を注意する。
高校生にもなって本気の説教を受けるというのは恥ずかしい。
ましてや、俺の精神年齢はもっと上。
会社で怒られる時の様な気持ちになって落ち込む。
怒られた後も騒ぐ奴はいなかった。
黙って転校生が入ってくるのを待つ。
俺からしたらそっちの方がやりにくいのでは無いだろうかとも思ったが、彼女がそんな事を気にする様な人でも無いか。
「
静かなクラスに堂々と入って来る1人の宇佐美。
まさか男子生徒では無く、巷で話題の女優が転校してくるとは思っていなかったらしく一瞬全員が固まる。
そして、状況を理解したD組の生徒達は決壊したダムの様に再度騒ぎ出すのだった。
女の子はイケメンの転校生で無かった落ち込みと有名人が転校して来た嬉しさの狭間で揺れている表情。
男子は・・・何も考えずにただ喜んでいるな。
「馬鹿みたい・・・」
ボソッと溢した一言もこのうるさい中で掻き消されていく。
呆れてはいるが自己紹介はするらしく、チョークを持って黒板に名前を書き始めた。
もう何度目になる自己紹介なのかスラスラと書く様子は書き慣れている様に思えた。
「・・・宇佐美
必要最低限の挨拶だけして、担任の方を見る。
担任としてはもっと自己紹介を続けてクラスメイトと打ち解け欲しいのだろうが、その思いは宇佐美に伝わっていないだろう。
彼女にとってクラスメイトというのは、ただのモブに過ぎない。
覚えていてもいなくても人生というシナリオの進行には一切の悪影響を与えないと思っている。
「はぁー、先生。私の席はどこですか?」
少し怒りを含んだ口調で担任に問い掛ける。
担任もまさかそんな態度で来られるとは思ってもいなかったらしく、戸惑いながら席を指定する。
男子生徒が両手で自分の隣の席になるのを祈っているが、そもそもお前らの隣は埋まっているだろ。
「
空いているのは知っていたけど、念の為に振り返って空いているのを確認する。
「はい、空いてますよ」
「ならそこに座ってくれ」
「はい」
たったそれだけの言葉を発して、席へと向かった。
良かったな、宇佐美の隣になれる男子生徒くん。
席に向かう途中で俺と目が合ったが、大きな反応は見せない。
そもそも俺と昨日会った事も覚えていないのでは無いだろうか。
こんな感じで想像よりも淡々と転校生の紹介は終わって行く。
でも、これがリアルな感じだよな。
美少女転校生と実は出会っていてみたいな展開はラブコメの中だけだ。
・・・って、この世界は恋愛要素のある野球ゲームなんだから、それくらいあっても良いのでは?
俺では無いにしても、御手洗とかに春を与えてやってください、切実に。
その後も何か特別な事がある訳でもなく、授業が進んでいく。
教科書がまだ無くて隣の人に見せてもらうとか、休み時間になると質問攻めに会うとかも無い。
どうしてこうなったのかは本人の性格によるものだろう。
遠くから見ても分かるレベルで話し掛けるなオーラが出ている。
不必要に近付いたら殺されるのでは無いだろうか。
そうしている内に昼休みに。
一旦、転校生の事は忘れて屋上に向かう。
今1番大事なのは
彼女は解決出来ると言っていたが本当かどうか分からない。
本当であるならそれに越した事は無いが、本編との大きな
色々と事の
これ以上は考えるより見た方が早い。
辿り着いた屋上の扉から外の様子を伺う。
そこには小鳥遊と恐らく陸上部の女子生徒4名が並んでいた。
複数名でいじめをしていただろうとは思っていたが、まさか4人もいたとは。
どうやら今から話し合いが始まりそうな雰囲気がある。
俺はそっと聞き耳を立てた。
「何よ、そっちからわざわざ呼び出して」
「昨日の事謝ってもらおうと思って。それとアタシに金輪際関わらない事も約束してほしい」
「はぁ?何言ってんのか分からない。用がないなら私達帰るけど」
どういう神経をしていればこの期に及んでシラを切れるのだろうか。
コイツらに人の心が無いのかもな。
それでも、怯まない小鳥遊。
任せて欲しいというだけあって、何か策があるはずだ。
その策が何かはまだ分かっていないが、ここまで来たら徹底的に懲らしめて欲しい。
「アタシは別に良いんだけど、ちゃんと話くらい聞いた方が良いんじゃない?」
そう言って彼女はスカートのポケットから携帯を取り出した。
しかし、水を掛けてきた女達は動揺していない。
証拠が携帯の動画なら自分達は映っていないと思っているようだ。
『昨日のマジでヤバかったねー!』
『でもさ、ウチらがやったってバレたらさぁー』
『大丈夫だって!その為にトイレの個室入ったタイミングで水掛けたんだからさ』
あー、これは流石に言い逃れ出来ないな。
私達がやりましたとご丁寧に説明している。
まさか思わぬ形で犯人だとバレてしまった4人。
慌てて責任の擦りつけ合いを始める。
幼稚過ぎて見てられない。
「てか、ウチらがやったから何?脅すつもり?そんな事して良いと思ってんの?」
「うん、良いと思ってるよ」
「うわー、最低」
その言葉を聞いて少し黙る。
そして、ニッコリと屈託の無い笑顔を浮かべて話を続ける。
「アンタ達が始めた事には責任持てよ?黙ってやられる子だったら、またイジメるつもりだったんだよね?」
小鳥遊はいじめっ子達の耳元まで近付いて囁く。
「またイジメてるところ見たら地獄の底まで追い詰めるから」
普段の小鳥遊とら違う冷酷な声に、慌ててその場を逃げ出す4人組。
俺とすれ違ったのも気付かずに醜く階段を降りて行った。
「あーあ、ちょっとやり過ぎたかな?あっ!ちゃんと来てくれたんだ。ねっ?大丈夫だったでしょ?」
いつもの笑顔に戻る小鳥遊。
本来は、まだイジメは続けられる。
そして、駒場に助けられて依存していく。
序盤に見せた明るさとは別の儚さを持ち合わせたギャップのあるキャラだったけれど、俺はこっちの強くて明るい太陽みたいな小鳥遊も好きだ。
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