第037話 涙を流す君は

「疲れたー」


外の景色は完全に暗くなっている。

この夜景を見ると、どれだけ練習を頑張って来たのかが良くわかる

昨日の練習試合で勝ったからといって、一切油断しない。

目指している所はただ1つ甲子園優勝だからだ。


帰る頃には泥だらけの練習着。

母さんが洗濯するの大変なんだと嘆いていたのを思い出す。

その度に努力の証なんだと言ってみるが、それなら洗わない方が良いかなと返されて、必死に頭を下げている。


汚れているのは服だけでは無い。

汗もかいている状態だ。

着替えようかとも思ったけど、汗をかいた状態で他の服を着るのもはばかられる。

さっと汗を拭き取りはしたけれど、それでも気持ち悪いので早く帰って風呂にでも入りたい。


片付けを済ませて、そのまま帰宅しようとする。

するとあまり人目のつかない校舎裏で、何やら音がした。

誰かが泣いている様な音。

人目を避けて泣いているのをわざわざ見ようとするのは、野暮だと思うがどうしても気になった。

嫌な予感がしたからだ。

体は疲れていたが、ゆっくりと覗いてみる。


「うぅ・・・、寒い」


校舎裏で小さく蹲って泣いている1人の少女。

誰にも見られない様にひっそりと。


その少女は服こそ濡れていなかったが、髪などはびしょびしょだ。

まさか自分から水を被ったとも思えない。

誰かにやられたのは明白だ。


少女の名前は小鳥遊たかなし涼花すずか

俺も良く知った顔だった。


中学時代にもあったいじめ。

それが高校でも始まってしまったようだ。

いつか始まるのは予測出来たが、まさかこのタイミングからだったとは。

ゲーム内で小鳥遊のいじめを知るのはもっと後の話になる。

つまり、それまでの長い期間彼女は耐えていたという事だ。

考えるだけでも恐ろしい。


確か駒場と仲が良いからというくだらない理由でイジメが始まるのだ。

そういえば練習試合が昨日行われた。

あの時の活躍が風の噂で広まったのかも知れない。

それで駒場を狙い出した奴らからいじめられたという訳だろう。


俺は掛ける言葉がなかった。

だから、バッグの中に入っていたまだ使っていないタオルをそっと掛けた。


タオルに気付いた小鳥遊は一瞬顔を上げたが、俺はその場を後にした。

きっと泣いている姿を見られたくはないと思う。

それに、彼女に寄り添って話を聞いてあげたとしても根本的な解決にはならない。

主犯をどうにかしないと永遠に苦痛を味わう事になる。


犯人は大体絞れている。

女子陸上部で同じ1年の誰かだ。

今は大体の部活が下校している。

きっと陸上部の生徒も帰ってしまっているだろう。


いじめの主犯格をいち早く突き止めたいのに、今は動けないジレンマ。

早くても明日からになるはずだ。

頼むからこれ以上いじめがエスカレートしないことを祈る。




次の日の朝、学校へ行くと小鳥遊と偶然会った。

昨日の事もあってなのか少し気まずそうにしている。

本人が気を遣うような事ではないのだけど、彼女の性格上仕方ない。


「お、おはよー!昨日は見苦しい所見せちゃったね」


引き攣った笑顔で明るく振る舞って見せる。

見苦しいも何も彼女は被害者だ。

加えて言えば、彼女は何も悪いことをしていない。


「誰がやったんだよアレ」

「えっ?あぁ・・・気にしなくて良いから。ちょっと友達と遊んでただけ」

「泣いてたんだ!許せる訳ない!」


友達と遊んでいただけなら、泣くはずがないだろ。

壁を思いっきり叩く。

誤魔化そうとしている小鳥遊への怒りでは勿論ない。

こんな状況でも頼ってもらえない不甲斐ない自分に苛立つ。


しかし、それでも口を割らない小鳥遊を見て、俺は諦めた。

言いたく無いのも頷けるからだ。

俺に情報を流したとバレたら余計にいじめられる可能性がある。

だから、葛藤しているのだろう。


「言わなくても良い。大体絞れているんだから」

「なんで、なんでそこまでするの?アタシは何もしてないのに」

「何も?俺は小鳥遊に色んな物を貰った。それに友達だったら助けるのが普通だろ」


彼女の笑顔が色々なプレイヤーに元気を与えた。

彼女の努力が希望を与えた。

だから、俺はあのゲームのプレイヤーを代表して彼女を守る。


「ねぇ、本当に大丈夫だから。ちょっとだけ時間をくれない?昼休みまでには絶対に決着が付けられるから」

「その言葉、信じて良いの?」


これは強がりから出た嘘か。

それとも本当に何かしらの算段があっての言葉か。

しかし、その言葉を信じるしかない。

彼女の顔は真剣だった。


「昼休みに屋上へ来てくれない?そこでさ、ちゃんと証明してみせるから。大丈夫だって」

「分かった。何かあったら俺は動くからね」

「うん、ありがとう」


この話は一旦終わる事にした。

その後は中身なんて無い、いつも変わらない会話をする。

彼女の表情はいつもの様に明るかった。


「あっ、そうだ。これありがとうね」


取り出したのは昨日渡したタオルだった。

柔軟剤の良い匂いがする。

それに貸した時より何倍もふかふかになって返ってきた。


「そんなに急いで返さなくても良いのに」

「ううん。これがあったから風邪引かなかったよ。ありがとう、二郎じろう


お礼を言われる様な事はしていない。

それどころか何も出来なかった。

悔しい思いがあるけれど、後は昼休みを待つことにした。


教室の扉を明けるといつもよりうるさい。

特に女子は噂話で盛り上がっている。

それもそのはず。

昨日、転校生が来ると聞いたからだ。

しかも、野球をやっていた生徒だということで、脳内で勝手に男を想像している。

まさか役で演じただけなんて誰も想像はしないだろう。


「なぁー、大杉おおすぎ。お前は転校生がどのクラスか知らないの?」


昨日とは違い、余裕を持って教室に入っていた御手洗みたらいが話し掛けてきた。

正直、俺は転校生の話題など頭には入って来ない。

そんな事よりも小鳥遊の方が気になって仕方ないからだ。

でも、無視するというも悪い。

適当に返事をする。


「どのクラスに入るかは知らないけど、もしかしたら御手洗は喜ぶ事になると思うよ」

「えっ?何その含みがある言い方。あっ!もしかして、転校生がどんな子なのか知ってんのか!?」

「お前、そんなに大きな声出したら」


俺が転校生を知っていると知り、一斉にクラスメイトが押し寄せてくる。

偶に話すくらいの人や全く話した事のない人まで。

大体は相手がイケメンな男を想像している女子生徒が取り囲んでいる。


「はいはい!アタシに許可無く二郎を取り囲まないでね!」


助けに入ってくれるのは嬉しいが、小城こじょうの許可は別に必要ないだろ。


「で?どんな人だったの?」


どんな人か。

そう言われると反応に困る。

知らぬが仏なんて言葉もある様に、世の中知って得する事ばかりでは無い。


「えっーと、クールな人?」


一斉に騒ぎ出す女子生徒。

クール系イケメンが好きな奴が多いらしい。

まぁ、性別は女の子なんですけどね、転校生は。


「また、お前ら騒いで。席付け、成績表の評価悪くするぞー」


教師が1番使ってはいけない脅しにより、全員大人しく席へと戻った。

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