第035話 winner or loser

球速:126キロ→127キロ

制球:34+5→36+5

持久:33→34

スキル:NEW 注目A


試合後のステータス上昇はこんな感じだ。

全体的にステータスが上がっているのは有難い。

そして、何より目を惹くのは新しいスキルである。


この注目というスキルは二刀流と並ぶくらい特殊なスキルだ。

まず、スキルの効果が面白い。

試合中には直接的には関係ない効果だ。

主にプロチームのスカウトやヒロイン達の評価を大きく上げてくれる仕様となっている。

ただ、良い面だけでは無くて、敵チームからの警戒も上げてしまうので、対策を練られる可能性がある。


そして、いきなりAランクを入手しているのもこのスキルの特殊さだ。

スキルのランクは対外試合毎に変動する仕組みになっていて、一気にDランクになったりもする。

それでも、1度手に入れたら消える心配はない。


試合面だけを考えると対策を取られるデメリットが目立つが、スカウトの評価を上げるメリットというのは単純にプロ入りの確率を上げるだけではない。

前にスポーツショップ・タカナシへ行った時に見つけた伝説のレジェンドグラブ。

あれの入手条件にある球界のレジェンドと知り合う為には、スカウトの評価を上げないといけない。

そうして、巡り巡ってレジェンドを紹介して貰える。


今すぐに必須スキルかと言われたらそうでは無いが、10年後、20年後を見据えた場合に損はないスキルだ。


「少しだけ話せないかな」


俺に声を掛けてきたのは、天野宮てんのみや星降ほしふりだった。

特別2人で話す様な仲では無いので戸惑う。

しかし、彼の表情を見れば断れるはずも無かった。


「君から見て、僕は弱かっただろうか」


彼は思い詰めていた。

今回の試合は10失点。

誰がその立場にいたとしても思い詰めているだろう。

でも、それは監督の責任でもある。

これでは星降1人に責任を押し付けたような物だ。


「いや、弱くはないけど・・・」


言葉を濁した。

ストレートに言ってしまったら、彼を傷付けてしまうだろう。

弱った彼に追い討ちを掛けるような真似はしたく無い。


「まだ強くなれると思いますよ。それを叶えてくれるのがこの高校とは限らないですけど」

「強くなれる・・・か。そうだ、君に話し掛けたのはもう1つある。最初の君への非礼をここで詫びよう。すまなかった」

「まぁ、俺というよりは小城こじょうが怒ってただけなんですけどね」

「勿論、彼女にも詫びておくつもりだよ」


彼の顔はまだ曇っている。

だけど、最初の時よりは強い闘志が目の奥に宿っている。

俺も面倒な事をしてしまったな。

彼が強敵になるとわかっているなら、ここで精神をへし折ってやるのが効率的だ。

しかし、それをしなかった。

スポーツマンシップなんていう精神が働いたからではない。

単純に本気で戦いたいと思ったからだ。

ゲームで見た彼はもっと強かった。

それを肌で感じてみたいと思った。


俺に礼を述べた後、小城を探すべくこの場を後にした。

それにしても、今日は気分が良い。

自分の中で満足のいく結果を残すというのは、他の何にも代え難い経験だ。

この瞬間を味わう為に練習している。


「あぁー!いたいた!探したんだから!」


大声で俺を呼ぶ小城は、星降が向かった逆の方向から現れた。

もう少しタイミングが遅ければ、星降は小城に会えただろう。

運が悪い奴だ。


「こんな所で何してたの?」

「星降さんと話してたんだ。どうやら、小城に謝りたかったらしい」

莉里りりって呼んでよねー。って、アイツと会いたくないから、隠れとかないと。」


俺の背中に隠れる素振りを見せるが、それだとバレバレなのは言うまでも無い。

でも、楽しそうな表情なので深くツッコむのは野暮か。


「そうだ!思い出した。会ったら最初に言いたい事あったんだよ」

「俺に?何だろう」

「今日の試合、よく頑張りました!」


俺の頭の上に手を乗せて2回ほど撫でる。

これがご褒美というやつなのか。

照れくさいけれど、簡単には味わえない経験なので身を任せてしまう。


「恥ずかしいからみんなの所戻ろうよ」

「あぁ、照れちゃってー!でも、意識してくれてるってことだからオッケーかな?」


俺はこの積極的なギャルにいつまで耐えられるだろうか。

いや、耐える必要はあるのか?

練習と恋愛を両立すれば・・・。

そんな甘い話は無いか。

他の奴らは努力家が多い、俺が1日サボる事に100歩先へと進んでいく。

特に駒場はな。


恋愛を捨てて、野球の鬼になって始めて俺は最強の選手になれるのだ。

だから、この魅力的な誘惑に負けてはならない。


「おい、出発するぞ」


みんなの下へ向かうとちょうど帰りのバスが出発する所だった。

俺はバスの中に入り、適当な場所に座る。


「隣失礼するから」

「好きに座ってくれ」


偶々、空いていた席は駒場こまばの隣だった。

いつもなら別に構わないのだが、今日に限っては隣に座るのが躊躇われる。

この試合での1失点をかなり気にしているようだ。

試合で失点する事は珍しくない。

寧ろ、全試合完全試合などゲームの中だけの話。

現実で起こり得る訳がないのだ。


だから気にするなと言いたい所だけど、気持ちは痛い程分かる。

実際に俺は無失点で抑えた。

最初の対外試合を華々しく飾ったのだ。

だけど、俺からすれば駒場の方が羨ましい。

これだけの結果を納めたにも関わらず、評判は駒場の方が上だ。

あの球威は俺の活躍を遥かに上回る。


「不満そうだな」

「あぁ、勝っても悔しいのは始めてだ」


俺が掛けてやれる言葉なんて月並みな言葉しかない。

それが彼の心に刺さるとは思えない。

ただ、黙って外を眺める駒場。

他の部員は帰りのバスなのにうるさい。

ここだけが別の空間みたいだ。


「俺は勝ちたい。誰にも負けたくない。幼い子のワガママみたいな感情だけど、マウンドに立つとどうしてもそう思ってしまう」

「良いんじゃないの?それがスポーツマンでしょ」

「それは敵だけじゃない。俺は大杉おおすぎ、お前にも負けたくないんだ」


駒場からポロポロと言葉が紡がれる。

ゲームでは聞けなかった言葉。

それは決して主人公などでは無い、1人の野球少年としての心情。


「同じ学校で、同じ学年で、同じ部活で、同じ守備位置ポジションで。でも、大杉をライバル視するのはそれだけの理由じゃない気がして。あぁーー!!!もう分かんねーけどさ!確かなのはこの感情が俺を強くさせる。大杉はそんなつもり無いだろうけど、お前が俺を強くさせる。だから、今日だけは勝利を譲ってやるよ」


言いたい事だけ言ってまた外の景色を見始めた。

何回も言うが、駒場は女好きな不真面目だと思っていた。

だけど、この世界は彼は誰よりも真っ直ぐだ。

そうでなければ、今頃簡単に追い抜けているはずだった。

でも、それで良い。


俺が強くなれるのも駒場、お前がいるからだ。

喰われたら、負けじと喰らうぐらいの関係で行こうぜ。

環成東のエースを背負えるのはたった1人。

勝者か敗者。

どう足掻いても結果はその2つしかない。

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