第034話 向かう所敵無し

2回の裏にも環成東たまなりひがしの打線は止まらない。

星降ほしふりも必死の抵抗を見せるが、この回だけで2得点。

スコアは2回が終了した時点で、6対0と圧倒している。


天野宮てんのみやの選手達も1人を除いて、戦意を喪失していた。

たった1人、星降だけがチームメイトを鼓舞している。


しかし、その励ましも虚しく俺が登板する事となった5回表までに8対1の差が開いていた。

駒場こまばがまさか失点するとは思わなかったが、この1失点は失投を4番にスタンドまで運ばれてしまった結果だ。

駒場が失投するというのはかなり珍しいけれど、彼も人間なのだからそういう日もある。

本人は全く持って(以て)納得出来てはいないようだけどな。


「交代してくれ、次は俺の番だ」

「・・・あぁ、分かった」

「言いたい事は分かる。だけど、これは練習試合だ。後は俺に任せてくれよ」


それ以上、駒場が口を開くことは無かった。

黙ってマウンドから降りると、急に疲れが来たのかタオルを顔に掛けて休み始める。

一瞬見えた彼の悔しそうな表情。

主人公に似つかわしくないその表情が印象に残る。


「どうなってんだよ。あれだけ調子の良かった駒場を下げんなよなー」

「もっと駒場が見たいのに」

「引っ込んでろって感じだよ」


他校の生徒はがっかりしていた。

いくら駒場に興味が湧いて来たからと言って、そこまで落胆する必要は無いだろ。

寧ろ、敵情視察出来るのだから有り難く思え。


俺は誰からも歓迎されていない状態でマウンドに立った。

心無しか相手の表情も良くなっている気がする。

それもそうか。

あのミスさえ無ければ、無失点もあり得た投手ピッチャーよりも、他の1年に代わってもらった方が勝機を見出せる。


「まぁ、俺も全力で行かせてもらうけど」


硬式球を握り込む。

いつもの感覚を思い出す。

今は他人の声に耳を傾けなくて良い。

集中しろ。

いくら俺達が勝っているとはいえ、相手も弱い訳ではない。

少しでも油断すれば一気に点数を持っていかれる。


やっぱりいつ投げても1球目というのは気合いが入る物だ。

竜田たつたがミットを構える。

予め決めていたサインを読み取り、俺も投げ込む準備を始めた。


初級は内角の高めを外したストレート。

コントロールが上がった今の俺なら、竜田の要求された場所にもある程度は投げれる。


「おいおい、なんだその普通のストレートは」

「やっぱり駒場に戻してくれ」


駒場とは大違い。

たった1球投げただけで悪い評価を受けた。

9回まで俺のメンタルが持つかどうかの戦いに変わりそうだ。


この雰囲気を変えるべく、2球目に竜田が要求して来たのはあの球だった。

本来であれば、こんなに大勢の高校が観ている前で投げるのは躊躇われるが、駒場の活躍もあって注目は分散されるだろう。


いつもより大袈裟に腕を振る。

これは如何にもストレートですよと言わんばかりの芝居。

相手は力を込めて構えた。

2球続けて、ストレートなら多少の悪球でも力で押せると思ったのかもな。


「消・・えた?なんだ今の球は」

「生憎、企業秘密なんでね。それは」


相手の視点からすれば、この1球について理解するのに時間が掛かる。

それでこそ魔球だ。


「今の球は・・・」

「今年の環成東は藤森を失って、戦力ダウンしたって聞いたぞ」

「その噂流したのはどこのどいつだよ。弱くなってる所か、化け物の巣窟じゃねーか」


3球目をチェンジアップで綺麗に抑えて、アウトカウントを稼ぐ。

観客の声は聞こえなくなった。

野次を飛ばす事よりも情報を集める事に必死なんだろう。


竜田のリードも相まって、3人をたったの6球で抑える。

相手には強烈な印象を与えた事だろう。

三振量産機の駒場と打たせてアウトを稼ぐ俺。

評価で言えばトントンぐらいか。


でも、安打が無かった駒場と違って、俺は打撃面でも活躍を見せた。

1打席目は、星降のシンカーを荒々しいライナーで返してみせる。


「投げるのも打つのも出来るのかよ!」

「駒場程の迫力は無いけど、きちんと仕事をするタイプだな」

「キシシシッ!楽しみやんかー!俺達もこの後、試合申し込めないの?」


7回が終わる頃には、スタンドにいた他校の生徒は大盛り上がり。

誰が強いのか議論したり、環成東の強さに興奮してうずうずし始めるたりしていた。


ここまでの俺の投手成績は無安打と好調だ。

体力的に完投するのは厳しいのが悔やまれる程に。


「おい、大杉」


8回の表、俺が守備に回ろうとした瞬間に、ベンチの糸式いとしき先輩に声を掛けられる。

今日は登板予定が無いので、暇すぎる余り当たられてしまうだろうか。

そう思いながらも恐る恐る返事をする。


「・・・、いや何でもない。この調子で頑張って来い」


含みのある言い方が引っ掛かるけれど、それよりも気になるのは今俺を応援したのか?

いやいや、まさか糸式先輩がそんな言葉を掛かてくれるはずがない。

はっ!?まさか、俺が練習付き合ったのに失点したらボコボコにするぞってことか。


それなら想像が出来る。


「任せてくださいよ。俺だってみんなに負けないくらい強くなってますから」


その言葉を証明するように、8回も無安打に抑える。

そして、調子が衰える事無く迎えた9回表。


1人目が打席に入る。

しかし、脱力し過ぎた体勢とどこか虚目は、ここから勝つ気が全く感じさせない。

練習試合だから負けても良いなんて考えになっているのではないだろうか。

だから、最終的に星降を失う事になる。


星降のいない天野宮学院は、唐揚げの入っていない唐揚げ弁当に等しい。

折角、力を入れ始めた野球部もいつまで持つか分からないな。

俺の予想では金を使ってどうにかするのだろうと思う。


メテオフォールとフォークを巧みに使い分けた竜田の采配によって、簡単に抑える。

2人目は、チェンジアップの緩急でタイミングが合わず内野ゴロになってアウト。


3人目になった。

ここが最後の打者にしたい。

竜田がサインを出してくる。

1球目からメテオフォールを要求して来た。

投げた球種の中で1番打たれていないのが魔球であるメテオフォールだ。


結果は空振り。

ストライクカウントが増える。


2球目はツーシーム 。

先程見せたメテオフォールと似てストレートに見える軌道で、僅かに変化する。

その変化が俺の魔球だと思ってしまい空振りに。


3球目は低め内角を少し外したストレートのボール球。

だけど、正常な判断力を失っている彼には、待ちに待ったストレートなので絶好球に見えたのだろう。

手を出してしまいアウト。

これでゲームセットだ。


蓋を開けてみれば10対1の圧勝である。

俺に至っては投手成績は5回無失点無安打、打撃成績は3打席2安打と好成績を収めている。

星降が覚醒前というのも、ここまでの勝ちに繋がった大きな理由の1つだ。

天野宮が原作より弱いのか、環成東が俺の想像より強いのか。

どちらにせよ、今日の試合結果は近隣の学校全てに広まるだろう。

それ程、俺達は輝いていた。

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