第033話 アイドルエース星降

ついに俺にとって初めてとなる対外試合の日となった。

あれから本当に西谷にしたに小城こじょうがマネージャーとして入部して来たが、それ以外は特に変わった事はない。

それぞれが今日の為に万全の準備をして来た。


「そ、それにしても練習試合なのに人が多すぎませんか?」

「どうやら、この試合の後に合同練習を行うから、他校の生徒も来てんだと」


どこからか集めた情報を御手洗が答えた。


「どうせ、合同練習ってのも名目だけで敵情視察だろ。ここの学校と仲良い高校を集めて俺達の情報を抜き取ろうという作戦かもな」


橋渡はしわたりが歩いている生徒1人1人を睨む。

いや、ただ目付きが悪いだけか。

橋渡の予想は恐らく正しいだろう。

環成東たまなりひがしは甲子園常連校。

その強豪に勝つ為には戦略分析が大切だ。


「でもさ、かなり女子率が高い気がするのはアタシだけ?」

「あぁ、それはだな・・・」

「その理由は僕がお答えしてあげますよ。麗しきレディ」


敵チームのユニフォームを身に纏い、優雅に登場するのは天野宮の2年生であり、エース投手の星降ほしふりだ。

質問して来た小城の手をそっと包み込み、片膝を立てながら跪く。

どこのアニメに影響されたのか気になるくらい、キザな奴である。

しかし、後ろでキャーキャー言っている女の子達を見れば分かる様に顔だけはアイドルに負けず劣らずのイケメンだ。


「彼女達は、僕を見て、僕を応援し、僕に尽くす為にここへ来たんだ。でも、彼女達よりも大事なものを僕は見つけた。・・・それが君だ」


ロマンチストなのか、それともただの変人か。

・・・圧倒的に後者だろうな。

塩分補給したくなるくらい甘い言葉が好きらしい。

だけど、小城は顔色1つ変える事無く、星降の手を振り解く。


「アタシ、アンタに興味ないから。アタシには、二郎がいるからそういうの間に合ってんだよね」

「ちょ、ちょっと、人前で腕組むのはダメですよ!小城さん!」


小城が腕を組もうとするのを青屋が止める光景に、星降の眉がピクピクと動く。

言いたい事は重々承知している。

こんな状況は誰がどう見たって羨ましい。

俺もまさか美女2人に囲まれる日が来るとは思っていなかった。


「君、名前はなんて言うんだい?」

「俺ですか?大杉おおすぎ二郎じろうですけど」

「僕は君に恥をかかされた。その名前をきっと忘れる事はないだろう。それともう1人、駒場こまばくんも環成東なのだろ?彼にも今日の試合楽しみだと伝えておいてくれ」


それだけを言い残して、女子に囲まれながら颯爽と去っていく。

駒場との因縁も知ってはいるが語れば長くなりそうだ。


「やーい!恨まれてやんのー!」

「それを言うなよ。でも、恨まれたって関係ないさ。この試合で勝つのは俺達だから」

「そうだね。早く準備して、アップしないといけないから行こうか」


竜田たつたの一言で、急いで球場に向かう。

学校内に建てられた立派な球場。

天野宮てんのみやは、芸能人やスポーツ選手を育成する学校でスポンサーが付いている。

そこから莫大な資金を巻き上げて、この球場を作ったらしい。


その惜しみない投資によって、この学校での希望進路への就職率は98%。

かなり高い数値を叩き出している。

ただ、野球部に関しては最近力を入れ始めたのでそれなりの実力だ。

今はそれなりでも、数年後は強豪校として名を連ねるのは言うまでもない。




「これより、練習試合を始めます」


試合開始の合図だ。

互いに挨拶をして握手をする。

それからベンチに戻り、1回を始める準備を始めた。

俺達は後攻なので、守りからになる。

先発は駒場こまば隼人はやと

マウンドに立ち、いつもの様に深呼吸をした。

打席に1人目の打者バッターが立ったのと同時に審判の声が上がる。


「プレイボール!」


その宣言の後に、駒場は大きく腕を振った。

俺達は見慣れているかも知れないが、相手からしてみれば1年生があの球威の球を投げてくるのだから驚きだ。


いや、相手だけではない。

あれだけ歓声が聞こえて来た会場が静まり返った。

たった1球で会場にいる観客の注目を集める。

その才能が酷く羨ましい。


1人目は綺麗に3球で仕留める。

相手は手を出すことも出来ずに、ただ立ち尽くすしかなかった。

そこから、2人目、3人目も3球でアウトを取る。

3人を9球で仕留めるピッチングは、会場の空気を変えた。

彼がどこまで三振を取れるのかが気になって仕方ないのだろう。


「うわー、この状況で1番打者が僕かぁー」

「自信持っていけば、竜田なら余裕だろ。それとあの投手は───」


俺の持っている情報は共有しておく。

慢心は出来ないが少しは打率に繋がるだろう。


「ここで僕も駒場くんの様に華麗な投球を見せて、流れを取り戻させてもらうよ」


誰にも聞こえない声での独り言。

彼は取り乱していた。

いつもは独り占め出来る歓声も今日は心無しか少ない。

男性だけで無く、女性も駒場に心奪われている者が多い。

それが嫌で堪らないのだろう。


しかし、彼は竜田を侮っている。

駒場の事を考えすぎて、竜田という存在に向き合っていない。

その状況で投げた1球目は綺麗に曲がるカーブ。


「なっ!?」


竜田はこれを軽々と打ち返すのであった。

これが焦り呼び、次々と打たれて1点を許す。

彼はまだ知らない。

環成東の打撃は下位打線になっても止まらない事を。


この回だけで4点を取り、交代となる。

まだ1回が終わったばかりだと言うのに、星降は疲れ切った顔をしていた。


「すごいよ!大杉くんの言った通りだ!」


竜田は興奮しながら話し掛けて来た。

嬉しい気持ちは分かるけれど、まだ始まったばかり。

先輩達もまだ実力の半分も見せていない。


「竜田の一発がみんなの士気を上げたんだよ」

「いやいや、まさか大杉くんの言った通りとは思ってもいなかったよ。得意コースも多用する球種も完璧じゃないか」


星降は結構印象深い生徒だ。

今は顔でチヤホヤされるという理由で天野宮に在籍しているが、後にとある高校へ転校する。 

そこで再戦することになるが、今とは印象がガラッと変わる程強くなる。

だから、対策する為に穴が開くほど攻略サイトを読み漁ったのが懐かしい。


「それに駒場くんも調子が良いみたいだね。あ、そろそろ守備に行かないといけないみたい」


そう言って駆け足で守備につく竜田。

このまま駒場の調子が良ければ、監督の評価をぐっと上げることになるだろう。

そうなると恐らく5回で交代する俺も同じぐらいの活躍をしなければ、駒場の起用回数を増やすだけ。

でも、不思議と緊張はしていない。


成長は確実にしている、魔球も手に入れた。

後はどれだけ冷静でいられるか。

前回の様な慢心はもうしない。


駒場は2回表も調子良く、三者三振に抑えた。

まだ天野宮は誰も出塁していない状況。

敵チームの高校に足を運んでいるにも関わらず、声援はほとんど駒場に向けて送られていた。

2回の裏、星降には悪いがここもどんどん得点して欲しい所だ。

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