第031話 強引な交渉

大杉おおすぎ、俺は知ってんだぞ!」

「大声で叫ぶなよ、みっともない。俺まで騒いでいると思われたら不愉快だ」

「だってよー橋渡はしわたり。俺は許せないんだよ!コイツの周りに女の子が寄ってくるのが。駒場こまばとかなら中学の時から噂なってし分かるけどよー!大杉はスタートラインは一緒なはずだぜ?」


昼食時間に大声で騒ぎ出す御手洗。

どうやら今日の朝に教室で小城こじょうと話していたのを知ったらしい。

言いたい事は分かるけど、本人の前でそんなにハッキリと言うなよ。

どんな反応を返せば良いのか困る。

小城は昼になると他のクラスへ昼食を食べに行くので良かった。

彼女までいたら余計に気まずい。


「でも、気になるよねー。1度で良いから僕も女の子にモテてみたいよ」

「えっ?まじか!竜田たつたもそういう願望あるのか!?」

「そりゃー、僕も男の子だからね。まぁ、最悪モテなくても良いから運命的な出会いってのは経験したいかも」


話題は竜田の話に逸れたようで胸を撫で下ろした。

あれ以上深く詮索されても、何も出せなかっただろう。


「あーあ、俺も青春感じる事したいぜー。恋愛、勉強、スポーツ。どれもダメダメだぜ俺は」

「ま、まぁ、友達との青春ってのもあるんじゃないかな。ね、橋渡くん!」

「そ、そうだな。俺も楽しく学校生活を送らせてもらっているしな。だよな、大杉」

「そうそう。恋愛だけが青春ではないさ」


さっきは俺に対してあそこまで怒っていたのに、今度は大人しくなった。

いつもの御手洗ではないと、こちらまで調子を崩してしまいそうだ。


とにかく御手洗を3人で励ましながら、ゴールデンウィークの話をした。

練習試合が終われば、ゴールデンウィークが始まる。

1週間ある休みの内、2日はオフになる予定だ。

その日は何をしようかとみんなで考えていた。

結局、何も決まりそうにないけど。


「ちょっと俺、飲み物買ってくる」

「いってらっしゃーい」


竜田だけが元気に見送ってくれた。

本当に喉が渇いたというのもあるけれど、会話のネタが無くなった瞬間に辿り着くのはまた今朝の話だろうと思い逃げたのだ。

俺としても不思議なものだと思っている。

女子とは縁が無いはずだったのだが、意外にも色々な女子と友達になれた。

前の世界にいたら考えられない現象に、自分でも少し戸惑っている。


自販機に着くと飲み物を買う。

癖でコーヒーを選びそうになったが、独特の匂いが気になるので無難にお茶を選んだ。

最近は早いもので肌寒い日よりも日中暖かい日が増えている。

そろそろ日差しが厳しい季節がやってくるのかと思うと憂鬱だ。

練習は基本外だから、暑さで倒れしまう可能性がある。


そんな事を思いながら教室へ戻る途中、空き教室から小城の叫びが聞こえた。

また何か厄介事に巻き込まれているのか。

覗き見なんてマナーが悪いのは知っているが、今朝の様な事になっていたら大変だ。

俺は恐る恐る扉を開いた。


「ふざけんなよビッチが!僕の言う事を聞け!」

「いや!やめて!離して!」

「おい、何してんだよ!」


強引に小城を押し倒していた今朝の男子生徒。

俺は慌てて飛び掛かり、引き剥がした。

彼と小城の体重差を考えれば、逃げ出すことなんて不可能だ。

トラウマになる前に助け出せて良かった。

小城は恐怖のあまり声すら出ていない。

ただ震えて逃げ出す事もままならず、その場に座り込んでいる。

少しだけ乱れた制服からも分かるように、ギリギリだったみたいだ。


「お前、何やったか分かってんのかよ」

「ふっ、そこの女は嫌がりやしないさ。誰にだってケツ振る女だぞ。知らないなら教えてやる」

「やめて!」


小城を声を出して阻止しようとするが、勘違い野朗は止まらずに言葉を吐いた。


「この女は昨日の夜に売りをする所を見たんだ。しかも、かなり歳上の男とだ。そういう奴なんだよ、この女は。だから、いくらでも金払うから僕にも」

「お花畑も良い所だな。父親とかだろ」

「うるせー!うるせー!うるせー!お前も、僕に刃向かうつもりか?」


急に怒りを露わにする男子生徒。

感情的になり過ぎて我を忘れている。

こういうタイプが何をするか分からない。

せめて俺だけは冷静でいなければ。


「ふざけんな!僕は莉里りりに用事があるんだ!僕の恋路を邪魔する奴は誰であろうと許さない!」


カッターをポケットから取り出した。

そして、刃を出す。


「お前、そうする事の意味が分かってんの?学校には居られなくなる」

「僕はな、学校とかそういうしがらみには興味ないんだよ。ただ、莉里が、莉里が僕のものになればそれで良い」

「余計にそれでは振り向かないと思うけど。そもそも、ギャルって悲しい顔させるより、明るい笑顔でイチャイチャする方が断然良いに決まってる」

「なっ、それはそうだけど・・・。黙れ黙れ黙れー!!!」


俺に怒りの矛先が向いた。

カッターを持って突進してくるのが見える。

だけど、そのスピードは投手ピッチャーが投げる球より遅い。

俺の動体視力からするとゆっくりに見える。


「悪いけど、これは正当防衛って事で!」


咄嗟に持っていたお茶を彼の弱点に目掛けて投げる。

まだ少しも飲んでいないペットボトルなので、かなりの重量があった。

それでもある程度の速さは出ているので当たれば痛い。


「グハッ!ぐあぁーー!」


狙い通りに直撃。

同じ男として想像したくない痛みだ。

だけど、同情する必要はない。

痛みで手放したカッターを素早く回収して、小城に教師を呼ばせに行った。

良くても停学、普通なら退学だろう。


教師が来て、男子生徒を連れて行った。

勿論、俺達も事情聴取を受ける羽目になる。

最初は1人1人受ける予定だったが、小城がどうしてもというので一緒に話する事に。

彼女も気が動転しているので仕方ないだろう。


それから話をする事30分後、ようやく解放された。

昼休みは潰れてしまったけれど、1人のギャルを救えたならそれで良い。

あのままだときっと心に深い傷を負っていただろう。


今になって思うとストーリー後半に、彼女が登場しなくなるのは悲しい運命を辿ったからなのかも知れない。


「ごめん、アタシのせいで巻き込んじゃって」


いつもの様な元気が無くなってしまっている。

あれだけの事があったんだ。

明るく振る舞う方が無理だろう。


「なんで謝るんだよ、怖い思いしたのに。大変だね、モテる女子ってのも」

「ねぇ、聞かないの?・・・アイツが言ってた昨日の夜の話」

「俺も偶々見てたし。あれが、もしも本当にそういう事してたなら止めた方が良いと思うけど。違うんだよね?」

「違う。あの人は、家を逃げ出した父親。ママと離婚したんだけど、1か月に1回娘のアタシの顔を見る為に食事に誘ってくるの」


深い事情があるみたいだ。

これ以上先は話さないし、俺も聞く勇気はない。


「ありがとう。アタシ、二郎じろうが助けてくれなかったらって思うと」


どうすれば良いか分からない。

慰める言葉も知らないし、そっと抱きしめてあげる勇気もない。

ただ、泣きそうになる彼女の隣で話を聞いてあげる。

情け無い限りだけど、それが精一杯だった。

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