第030話 オタクに優しくなるかは本人次第

重い目を擦りながら歩く通学路。

この感覚は2度と味わう事はないはずだった。

学生だった頃はあれ程嫌だった登校時間も、大人を経験した後だと少しだけ贅沢な時間に思える。


でも、眠いのはいつの頃も変わらないな。

朝練が無い日なのに早く学校に来てしまった。

まぁ、そういう日もあるよな。

遅刻するよりは良いだろ。


「ちょっと良い加減にしてくれない?アンタには関係ないっしょ?」


どこかで聞き覚えのある声だ。

階段の踊り場で誰かが話しているらしい。

こんな所で話をしている方が悪いと思い、階段を上がっていく。

それに、わざわざ他の階段を使うのも面倒だ。


「良いじゃないか!減るものじゃないし!僕だって!」


ぽっちゃりというには少し肥えた男子生徒が、声を荒げながら話していた。

いくら朝だからと言っても、人が通る可能性のある踊り場で大声を出さないで欲しいものだ。

ここを通りたい俺としては気まずい限りである。


そもそも、相手は誰なのかが少し気になるので、チラッと顔を確認する。

どうやら小城こじょうだった様だ。

ギャルがオタクそうな奴と交流を持つのも珍しくない時代なのかもな。

人の交友関係ってのは分からないものだ。


「あっ!あはようイチロー!」

「それだとすごい守備上手そうだね、ララさん。」

「アタシ、国民的マスコットキャラクターじゃないから。それより、めっちゃ良いタイミングで来たー!」


良いタイミング?

どこが?

今から面倒事に巻き込みますよって顔しているよね?


ふくよか少年を押し退けて、俺に接近する小城。

そして、腕を組んでくる。

ここで俺の脳がパンクした。

朝からどんな状況なんだよ。

何がとは言わないが当たっているし、男子生徒は怒り狂った表情で俺を睨みつけている。


「な、な、なんでそんな奴と腕を組むんだよ。まさか、そいつに股でも開いたのか!?それで僕にはダメなのか?」

「なぁ、小城。彼は頭がハッピーくんなのか?それともギャルが全部そういう生き物って勘違いしてる痛い子?」

「ぷっ、多分両方だよね」


ますます顔が真っ赤になっていく。

梅干しとかのパッケージになりそうなくらいには赤い。

このままだと酸欠とかで倒れるのではないだろうか。


「良いから大人しく僕の言う事聞けよ!」


彼は無理矢理小城の腕を掴んで引っ張ろうとする。

流石にそれは良くないだろうと小城を後ろに隠す。


「邪魔するなよ。大体、何なんだよお前は。部外者だろ。ここは僕と莉里の問題なんだよ!」

「まぁ、俺は「彼氏!そう二郎じろうはアタシの彼氏だから!だから、君とそう言う事するのは無理かな!じゃあね!」


俺の手を掴んで足早にこの場を逃げる。

状況はより一層カオスだ。

最後に見た男子生徒の怒りっぷりは恐ろしかったね。

壁を何度も殴ってた。

アイツに殴られてたら俺死んでたかも。


教室に着くと誰もまだいなかった。

それもそうだよな。

逆になんで2人がいたのかと思うくらいだ。

走り過ぎて息が切れる。


俺の手を掴んでいる小城は震えていた。

恐怖か怒りか悲しみか。

どれに当て嵌まるのだろうか。


「それで俺はどこまでは話してくれるのかな」

「うぅー、話さないと、ダメ?」


うるうるとした大きめな目で上目遣いをする小城。

これは自分の魅力を分かっている奴が使ってくる技だ。

数々のギャルゲをこなし来た俺にはそんなの通用しない。

俺を巻き込んだからにはハッキリと言ってやるからな。


「言いたくない事は言わなくて良いけどさ」

「ちょろっ」

「おい!聞こえてるぞ!」

「あはは!良かった二郎が通り掛かってくれて。色んな意味でね」

「彼とは知り合い?そうは見えないけど」

「違う違う!全然違うから!まっーーーたく関係ない子」


この否定の速さは、本当の事を言っているだろうな。

でも、それならどうしてあんな奴と話していたのか気になる。

男子生徒が変な勘違いをしてそうな雰囲気はしたけど。


「うーん、説明したくない部分もあるから難しいんだけど。アタシってこんな見た目してるじゃん?だから、勘違いしてそっち系の頼みされたんだよねー。それで嫌って断ったら怒り出して」

「それで逃げる為にって感じか。それはとんだ災難だったね。同じ学校ならまた来る可能性はある。なるべく1人で行動しない方が良いかも」

「そうする。ありがとうね二郎。それと色々ごめんね」

「ごめんって、謝られるような事した?」


軽く思い返してみるが何も思い当たる節はない。


「巻き込んだのもそうだけど、ほら、アレだよ。勢い余って二郎の事、彼氏って言ったっしょ?アイツが言い触らす様なことしたら広まっちゃうかもーって感じだから」

「あぁ、その事ね。別に気にする様な事じゃないって。誰かに聞かれる様なことがあれば、ただの噂だって言えば良いし。それに悪評とかではないから問題ないよ」

「ふーん、アタシと付き合ってるって噂が流れても良いんだー!あ、そうだ!一層の事、本気で付き合っちゃう?」


ニヤニヤしながら、冗談を言っている。

あんな事があったばかりなのに、勘違いする様な事を言ったらダメだろ。

本気にしちゃう子だっているのに。

お、俺は本気に、な、なんかしてないよ?


「ぷっ、あはは!そんな本気な顔しないでよー」

「さっきの事、もう忘れたの?本気にする奴がまた出てくるよ」

「こんな事言うの、二郎にだけだよ?」


破壊力が段違いだ。

このまま莉里ルートを開拓していくのが正解か?

いや、早まるな俺。

これはあくまでも打ち解けた男子の友達ポジションだ。

勘違いをしてこっちがそわそわしてしまえば、一気にあっちは冷める可能性が高い。


それに俺は野球に集中しないといけない。

ここまで成長したのに野球を手放すなんて事は出来ないからな。


「そうだ!聞いてよ!昨日の続きなんだけどさー。今度、野球部が練習試合するみたいじゃん。駒場が投げるかもーとかマリアが言って、観に行く事なったんだよねー」


どうやら、西谷にしたには積極的に駒場と関わりを作りに行っているらしい。

現状のヒロインレースは、西谷と小鳥遊たかなしが頭ひとつ飛び抜けているようだな。


天野宮てんのみや戦の事かな?まぁ、多分、駒場は投げるだろうね。しかも、先発で」

「先発?なにそれ?」

「最初に投げる人の事」

「そうなんだー。でさでさ、二郎も野球部っしょ?どこ守るの?」

「俺は駒場と同じ投手ピッチャーだけど。」

「えぇーー!それなら、二郎は出る可能性無いってこと!?なんかざんねーん」

「そうでもないよ。今回は1年を積極的に試合で使いたいと思うから、少しくらいは出番はあると思う」

「まじ!やったーー!!!めっちゃ応援するわー!」


その後も俺達以外に誰もいない教室で、天野宮戦に向けて野球の勉強をした。

野球が11人でするスポーツだと思うくらいには、野球について知らないらしい。

それでも友達の為に野球観戦しようと思ったのだから、友達思いの奴だな。


少しずつ教室に人が入り出した頃には、守備位置ポジションの名前を覚えさせる事には成功した。

これで野球に興味を持ってくれたら嬉しい話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る