第029話 夜の街は明るくて

夜になると街は一気に姿を変える。

暗い夜の道に人工的な光が灯されて、大人しか許されない特別な時間へと。

俺はそんな中で車に乗って、夜飼よるかいさんの所有している練習場へと向かっている最中だった。


移動中は大体学校の話をする。

特に多いのは、部活での練習についてだ。

野球の事について親身になって相談に乗ってくれるので、練習方法やより効果的なメニューを教えてもらっている。

今日も練習試合が始まる事を伝えて、残りの日数で変化球と制球力、どちらに専念すれば良いのか相談している所だった。


ちなみに現在のステータスはこれだ。


球速:126キロ

制球:34 +5

持久:33

変化球:ツーシーム2、チェンジアップ1、フォーク3、メテオフォール3

スキル:適応C、気合いD、二刀流D


初期ステータスと比べるとこの短期間で急激に成長していると言える。

特に球速と変化球は、ゲーム内では絶対に再現出来ない成長だ。

球速は糸式先輩、変化球は夜飼師匠のおかげである。

自分で手を加えている制球と持久に関して言えば、順調ではあるけどって感じだな。


恐らくステータスが化け物な駒場に勝つには、順調なだけではダメなのだ。

もっとその先を行かなければ。


「折角のオフだし、今日はそこまでメニューをこなさない方がいいだろうね」

「やっぱりそうなんですかね?」

「体を壊してしまえば、どれだけ一流でも戦えないさ」


回復アイテムがあるのだけど、あれはあくまでも体力を回復するアイテムでケガをする可能性を減らす為の物ではない。

一応、怪我を一瞬で治せる魔法の様なアイテムもあるが非売品なので入手が困難だ。

それに手に入ったとしてもその貴重さ故に、使用するのを躊躇う。

この現象、エリクサー症候群って名前があるらしいぜ。


車が止まった。

目的地に付いたからではない。

赤く光る信号に行手を阻まれている。

その少しの間に、俺は外の景色を眺めていた。

スーツを着た中年男性ややんちゃしてそうな若者達が、街を歩いているのを観察する。


そんな中で1人の少女が目に入った。

夜の街には似つかわしくない制服姿で携帯を触っている少女。

俺の知っている顔だ。

小城こじょう莉里りり、昨日知り合った女子生徒である。


「どうかしたんだい?ずっと外を眺めているけど」

「いや、ちょっと知り合いがいたので」

「おぉー、それなら窓でも開けて話し掛ける?」

「そこまでの仲ではないので大丈夫ですよ」


信号が赤から青に変わる時、1人の中年男性が合流しているのに気付く。

父親なのかとも思ったが、なんとなく態度が素っ気ない気もする。

でも、反抗期ならそれくらいの態度でもおかしくは無いか。

余計な詮索をするのはデリカシーが無いので、これ以上は考えないことにしよう。


「はい、到着」


練習場に着くと、俺はいつもの様にストレッチから始めた。

これをしないと怪我をすると夜飼さんに注意されたので、今では欠かさず行っている。

すると、奥の方から藤森ふじもり先輩がやって来た。


「藤森先輩!?」

「サプラーイズ!これは私からのサプライズだよ、少年」

「偶々だ。この人は冗談ばかり言うから真に受けるな」


藤森先輩の登場には驚いた。

偶々ということは何か用事があったのだろう。

きっと肩の治療の事で話をしていたのかもな。


「そうだ、藤森くん。君も彼の練習に付き合ってあげてよ。変化球のことなら誰よりも詳しい君なら、きっと彼の成長にも大きな影響を与えると思うからさ」


これは有難い提案だ。

多彩な変化球で打者を圧倒するスタイルの藤森先輩は、今の俺が目指すべき人物である。

もしも、藤森先輩から指導を受けられるなら変化球のレベルが全体的に上がるだろうな。

欲を言えば新球種を覚えたい所だけど、魔球を作ったばかりだし他の球も中途半端なので、それは諦めることにしよう。


大杉おおすぎには悪いが、俺からはアドバイスを上げられないな。他の野球部員にもしていないのに、お前だけを贔屓することは出来ないからな。それに俺の手を借りなくてもお前ならプロになれるさ」

「え?それはどうして?俺の投球見たことあります?」

「俺の勘がそう言っている。たったそれだけだ」

「いやー、藤森くんの勘は当たる方だからね。彼のお墨付きまで貰えるとは君も中々やるねー!」


そこまで言って貰えるのであれば、俺も期待に応える必要がある。

そうして、数時間ではあるけれど夜の練習が始まったのだった。



「ふっー、良い汗流せましたよ」

「じゃあ、今日はここまでにして帰ろうか」


変化球:チェンジアップ1→2


結果的には、チェンジアップのレベルが上がっただけで終わった。

しかし、目には見えていないだけで、他の変化球も経験値が溜まっているはずだ。

また1歩成長したのを見て満足しながら、夜飼さんの車で家まで送り届けてもらう。


「それにしても、君の成長は異次元だね。本当に人間かどうかも怪しいよ」

「ちょっと!それは酷いですよー」

「酷いなんてことあるか。これは歴とした褒め言葉さ。このままの成長速度なんてことはないだろうけど、それでも君が野球を続ければ人類史上最強の投手になれると思うよ」


少し心が痛むな。

本来であるなら、この成長は全て駒場の為にあるもの。

それを俺が勝手に利用させてもらっている。

だけど、駒場も駒場だ。

これだけ成長しているのにも関わらず、良い勝負止まりなのは彼が主人公たる所以か。


そうしている内に行きと同様、信号に捕まる。

しかも、前と同じ信号機だ。

何もこの信号は悪く無いのだけど、同じ信号機の前で止まると少し腹が立つな。

わざと俺を狙って止めているのではないかと錯覚してしまう。


この止まっている時間に、また外を眺める。

さっきはそこに小城がいた。

あれは結局なんだったのだろうかと少し気になっている自分がいたからだ。


もういないんだろう。

そう思ったが、俺の予想は外れた。

外には同じ様に小城の姿がある。

さっきと同じ男の人と歩いていた。

男が手にしているのは大量のブランド品。

有名な化粧品からバッグ、時計まで。

お金を持っていますよと誇示しながら歩いているみたいだ。


「ふむふむ、あれが君の知り合いかな?」


俺があまりにも真剣に眺めていたので、夜飼さんにも気付かれてしまった。


「まぁ、そうですね。クラスメイトってだけですけど」

「あんなに可愛い子がクラスメイトなんて羨ましいねー。でも、こんな夜に制服姿で中年男性と2人きりで歩くなんて、穏やかじゃないね」

「いやいや、多分お父さんとかじゃないですか?」

「どうだろうか。思っているよりも真実というのは複雑なものさ」


青信号になり、発進する車。

夜飼さんの言いたい事も分かる。

見た目が見た目なだけに、誤解されてしまう可能性が高いのだろう。

でも、俺が話した感じでは彼女の恋愛観はそんなに軽く無い気がする。

そうでなければ、友達の恋をあそこまで真剣に応援出来るだろうか。


本人に話を聞いてみたい気持ちもあるけれど、いきなり男の人と歩いてたよね?とか言ったら気持ち悪いだろうからやめておく。

それよりも今は練習試合に集中しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る