第026話 重大なニュースがあります

それは俺達が入学して数日が立ったある日の事だった。

いつものように練習へと向かうと監督が誰よりも早く練習場で待っているのが見える。

珍しいこともあるのだなと呑気な事を考えて、元気に挨拶をすると軽く挨拶を返してくれる。

その様子を見る限り、不機嫌な訳では無さそうだ。


監督はその場を1歩も動く事無く待っていた。

怒っていないにしても、それは不気味過ぎる。


そして、全員が揃った時、ようやく口を開く。


「今日は重大なニュースがあります」


その言葉で俺は監督が何を言うのか気付いた。

そろそろあれが発生してもおかしくない時期だと思っていた所だったからな。


「なんと!練習試合が決まったぞー!」


誰1人として盛り上がってはいなかった。

寧ろ、張り詰めた空気が流れる。

4月段階での練習試合ということは、スタメンの調整をするつもりだろう。

何回か練習試合を組んで、色々な打順や選手を試す。


前回の試合が1年生にとってのターニングポイントだとすると、これからの練習試合は野球部全員のターニングポイントとなる。

レギュラーになれたから一安心という訳にはいかない。

誰だって出れるならスタメンが良い。


俺ももっと体力があれば先発を投げたい所だけど、目標としては抑えとして結果を残して、勝ち負け関わらず頻繁に起用してもらいたい。


「対戦相手を発表する。今回、練習試合を組んでくれるのは・・・」


さて、最初の試合はどこだ。

こればかりはランダムに高校が選ばれるので、俺も知らない。

場合によっては、いきなり甲子園常連校と当たる事もあるが大体は普通の高校だ。


天野宮てんのみや学院だ」


天野宮学院か。

相手には失礼かもしれないが、ちょうど良い学校が選ばれたな。

天野宮学院は、地区予選で好成績を収めているものの、甲子園出場経験は無い。

弱過ぎず、強過ぎずという学校だと勝手に評価している。


「練習試合は1週間後、相手の学校で試合を行う。各自、万全の体制で挑むように」


面白くなってきた。

きっと最初の試合は1年生を積極的に起用してくると思う。

駒場こまばが連打される未来はあまり想像出来ないが、体力が尽きれば俺にも登板機会があるはずだ。

そこで出来る限りの事をする。

相手も練習を重ねている選手ばかりだ。

気を抜かずに万全の準備をしよう。


監督の話が終わると練習に移る。

この野球部は監督が色々な練習メニューを用意してくれていて、生徒が自主的にその中から選んで練習するシステムになっている。

放任主義にも思えるが、生徒の自主性を育て上げる事でより強いチームを作り出すという狙いがあるらしい。


さて、俺は今日も制球力の向上に努めるとしますか。


「おい、こっちに来いや大杉おおすぎ


人をカツアゲする時みたいに呼んでいるのは、糸式いとしき先輩だ。

直接対決で負けた時にはすごい恨まれ方をしていたが、藤森先輩からの伝言の件以降何故か面倒を見てくれる。

本人に理由を聞いてみても教えてはくれない。


でも、糸式先輩の指導は的確だった。

その効果もあってか、1人で練習する何倍も効率良く成長出来ている。

ゲームでは先輩と練習なんてコマンドは存在しないので、裏技みたいな発見だ。


「てか、俺の練習を見てくれるのは良いんですけど、自分の練習しなくて良いんですか?」

「馬鹿か。俺はいつも夜に自主練してるから良いんだよ。それに後輩を育てるのも立派な役目だろうが。黙ってやらないと無駄口叩けないように喉引きちぎるぞ」


恐らく冗談だけど、この人が言うと冗談には聞こえない。

そういう事を平気でやりそうな狂気を感じる。


「まぁ、礼がしたいって言うなら・・・」


全然そんな事言ってませんけど。


「お前の姉ちゃんと遊びに行けるように動いてくれたら」

「なんで俺がそんなことを。てか、糸式先輩は姉さんと同学年なんだから、自分で言ったら良いじゃないですか」


わざわざ2人の仲を取り計らう必要はない。

それに大杉真奈まなは、今頃別の人にお熱だ。

糸式先輩がアタックした所でびくともしないだろう。

なんて、本人に直接伝えたら喉を引きちぎられるらしいので言わないけど。


「じゃあ、さりげなく俺をどう思ってるかぐらい聞いて来いよ」

「まぁ、それくらいなら」


先輩の恋愛事情を聞かされるのは、こんな気まずいのか。

仮に糸式先輩の恋愛が上手くいったら、この人が義兄になる。

身の危険しか感じない話だ。


「何でこんな事になったかな」

「お前、俺の事面倒な先輩って思ったか?思っただろ?」

「今更何言ってるんですか。最初から思ってましたよ」

「よーし、ケツだせクソガキ。俺がバットで叩いてやるよ」

「ちょいちょいちょい!それ金属バットですから!叩いたら2つに割れるどころか粉々になっちゃいますから!」


どうやったらこんな凶暴になれる。

余計姉に紹介する気が無くなった。

将来、モラハラとかしてそう。


そんな事より練習の続きをしたい。

だけど、ずっと追い掛けられているのでランニングしか出来ない。

持久が上がるのも悪くないけど、今は制球優先だ。


「あのー、糸式先輩。ちょっと大杉くん借りても良いですか?」


ベストタイミングでやって来たのは竜田だった。

神様、仏様、竜田様。

この乱暴者の怒りをどうか鎮めてください。


「んだよ、竜田。コイツを殴らないと気がすまねーんだ俺は」

「あはは、勘弁してあげてくださいよ。僕の方からキツく言っておきますから」

「チッ、しゃーねー。竜田がそこまで言うなら勘弁してやるよ」


おぉー!

あの糸式先輩も竜田を前にすると大人しくなるらしい。

まだ、俺達が練習して1週間にも満たないのに、もう投手陣の手綱を握っているようだ。

これには感心するばかり。


「んで?コイツに用ってなんだよ?」

「んー、別に隠してる事では無いから教えても良い、のかな?」


チラッと俺の方を見て確認をする竜田。

恐らく、俺に用があるというのは、最近一緒に調整しているアレについてだろう。

別に隠しているつもりは無いので、1度だけ小さく首を縦に振って頷く。


「実際に見てもらった方が早いと思うので、付いて来てください。絶対に後悔はさせませんから」

「何をやんのか知らないがよ、相当自信あるみてぇーだな。面白い、つまんなかったら練習メニュー倍な大杉」

「えぇー!なんで、俺なんですか!って、まぁ良いですよ。それくらい自信がありますから」

「生意気な口聞くなお前は」


俺達はいつもの投球場へと場所を移した。

別に外でも投げ込みは出来るのだけど、こっちに場所を移した方が気合いが入る。


竜田が座り込んでミットを構える。

構えている場所はかなり下だ。

でも、それで良い。


深呼吸をして、集中力を高める。

あの球を放つにはまだ意識する必要がある。

俺が勿体振っていると思って、イライラし始める糸式先輩。

分かりましたよ、そこまで見たいなら見せてあげますよ。


俺が投げた1球。

それは竜田が構えたミットの上に向かっていく。

糸式先輩は何を見せられているのだろうと内心思った事だろう。

だけど、この球はそれでは終わらなかった。

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