第025話 お弁当のハンバーグは力量が出る

「おはようございます、大杉おおすぎくん。」


朝から俺に挨拶をしてくれるのは、昨日から野球部のマネージャーをしている青屋あおやだった。


「おはよう青屋。昨日の練習はどうだった?基本的には仕事内容を教えてもらってたと思うけど。」

「先輩達はすごいですね。なんか学年が1つ違うだけでこうも大人に見えるのかってくらいテキパキ動いていましたよ。」


気持ちは分からなくもないな。

学生の頃は誰もが経験したことのある感覚だ。

部活という枠組みに入っていれば尚更にそれを感じるのだろう。


「あのー、ちょっとご相談なんですけど、良いですか?」


改まって青屋が口を開く。

どうやら何か相談があるらしい。

俺に相談しても解決出来ることは少ないが、青屋が頼ってくれているのだからある程度の事は解決してあげたい。


「お、お昼ご飯一緒に食べませんか?」


なんだ、思っていたよりは簡単な事だった。

勿論、異性と昼食を取るというのがどういう事かは理解している。

だけど、この世界ではそれくらいは頻繁に行われているはずだ。

俺が青屋と一緒にご飯を食べたからと言って特別目立つ訳でも無いだろう。


「私、頑張ってお弁当を作って来たんです。」

「それは凄いな。俺は朝がどうも苦手で。もしも、自分で作るってなったらきっと冷凍食品ばかりになっちゃうよ。」


朝は自分で作れないので、毎日母さんが作ってくれている。

朝早くから起きて俺の為に弁当を作ってくれていると思うと有難いという気持ちでいっぱいだ。

お礼の1つくらいは今度言っておかないとな。


今日は母さんが体調を崩してしまった為、500円を渡された。

昼食の500円は工夫すれば意外としっかり食べれるが、気を抜くと質素な量になってしまう。

ここは購買部の激安弁当を狙って、早めに買っておくしかないか。


「えっと、今日はお弁当とかあるんですか?」

「いや、ないな。母さんが体調不良で。でも、大丈夫。ほら、500円があるから。」


そう言って俺は内ポケットに入れた500円玉を見せる。


「あ、あの!良ければ何ですけど、私のお弁当食べますか?ちょっとだけ作り過ぎてしまったので。」

「え、良いの?青屋の分が足りなくなるんじゃない?」

「お弁当2つあるので大丈夫ですよ。あ、これは私が食いしん坊とかではなく、カラオケで助けていただいたお礼にと思って。でも、作った後に大杉くんにお弁当作った事伝えてないから、お弁当持ってたらどうしようと思って。」


どうやら、俺の分の弁当も作ってくれたらしい。

この間のお礼だと青屋は言っているけれど、別にお礼されるような事はしていない。

誰だってする事を偶々あの場に居合わせたからやっただけ。

特別な事では無い。


でも、弁当を食べられるのは正直有難い。

ここの購買部は、かなり混むと噂だ。

昨日、購買部に憧れて昼食を買おうとした御手洗が、ボロボロな姿でパンを握りしめて戻って来た。

だから、今日は自分でご飯を買わないといけないと知った時、少しだけ心配だったんだ。


「青屋さえ良ければ、弁当貰っていいか?」

「はい!お昼、楽しみにしてます!」


そして、着々と授業が進んで行き、気付けば昼食の時間になった。

いつものように教室で食べても良かったのだけど、何となく2人で食べている所を見られたら邪魔されるような気がして場所を移すことにした。


定番は中庭だけど、あそこはカップルの巣窟なのでやめておこう。

変なイベントが発生してしまっても困る。

ここは無難に屋上で食べるか。

普段は鍵が掛かっているというあるあるの展開だが、過去の先輩が勝手に作った合鍵がその辺に隠されている。

本当に悪い先輩もいたものだ。

普通は屋上に入りたいから合鍵作るなんて発想にはならないだろ。


鍵を見つけて、いざ屋上へ入るとそこには絶景が広がっていた。

遠いけれど街が見える。

そして周りは自然ばかり。

心が落ち着く光景だ。

ここも前は普通に開放されていたのか、人が落ちないようにフェンスが設置されていた。


「適当に座れる場所、探そうか。」

「そうですね。」


基本的には掃除がされていないので汚いが、座れるぐらいには綺麗な場所を見つけて腰を下ろした。


「これ、あまり上手じゃないですけど。」


手渡された弁当は可愛いらしい布に包まれていた。

これを俺の為に作って来てくれたのかと思うと感動する。

俺が学生だった頃にはこんな体験1度もした事なかったからな。


「ありがとう。」


貰った弁当を食べる為に、普段よりも身長に布をめくる。

そして、その先にある弁当の蓋を開けた。


「すげぇー。これ、1人で作ったの?」

「はい!私料理のお手伝いとかするのとか好きだから、頑張ってみました。」


ミニハンバーグにジャーマンポテト、それとミニトマト、卵焼きも入っている。

ご飯とおかずの仕切りにはサニーレタスが引かれていて、それだけでもオシャレに見える。


「いただきます。」


まずは、メインのハンバーグを一口。


「うまっ!これ、めっちゃうまいよ!」


弁当に入っているハンバーグってパサパサしているイメージがあるけど、このハンバーグはふっくらとしている。

肉汁がジュワーとまではいかないけど、それでも美味しい。

それに味付けがケチャップではなく、デミグラスなのも手が込んでいる様に思える。


「本当ですか!?よ、良かったー。」


小さくガッツポーズをする青屋。

これを作るのにどれだけ頑張ったのが分かる。

彼女も俺の感想を聞けて安心したのか弁当を食べ出した。

勿論、彼女の弁当箱に入っているのも同じ物だ。


弁当の感想とか、野球部以外にも仲良くなったクラスメイトがいるとかそんな会話をしていた。

入学式の時と違って、今が楽しくて仕方ないという明るい目になっているのに気付く。

その目が2度と曇ることのないようにと強く願った。


「ご馳走様でした。わざわざありがとう。今度、俺から何かお礼するから。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。今回は私がお礼するつもりで使ってきたので。」

「でもな、それだと。」

「本当に良いんです。大杉くんからは沢山の物を貰ってますから。それにこのままだとお礼合戦になっちゃいますしね。」


ふふっと笑う青屋。

本人がそう言うなら今回は大人しく受け取っておくしかない。


しかし、あの場面で助けただけでここまでしてくれるとは思ってもいなかった。

モブの俺にも多少イベント効果があったのか?

そうなるとこのまま青屋ルートに入るなんて事も。

いやいや、まさかそんなはずはないだろ。

だって、俺は駒場こまばみたいな魅力は無いし。


きっと、雛鳥が最初に見た物を親と勘違いしてしまうように、俺が最初に出会ったから良くしてくれるだけ。

他にも魅力的な登場人物が多いこの世界では、すぐにその想いが勘違いと気付くだろう。


でも、たった少しの可能性で俺の事を想い続けるなら、その時はその感情と向き合う必要がある。


「行こうか。昼休み、終わっちゃうから。」

「はい!残りの授業も頑張りましょう!」

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