第024話 消えたエース

投球場には3人の捕手キャッチャーと4人の投手とうしゅがいた。

だけど、その中には藤森ふじもり先輩の姿がない。

体調を崩して休みなのだろうかと色々勘繰ってしまう。


「よし、これで全員だな。」

「ちょっと待ってくださいよ監督。」


思わず口を開いたのは糸式いとしき先輩だった。

やはり、糸式先輩も藤森先輩がいない事に疑問を抱いたらしい。

待ったを掛けられた監督は、強引に話を続けられなかった。

渋い表情を見せて、黙って糸式先輩の言葉を聞く。


「藤森先輩、さっきまでいましたよね。それなのにここへ来ていないのはどうしてですか。」

「藤森は・・・肩を怪我している。」

「肩を怪我ですか。それはすぐ治るんですよね。」

「具体的な治療期間は分からない。」

「・・・そうなんですか。」


これ以上は何も言わなかった。

投手にとって肩を怪我するというのがどれ程の事を意味しているのかは言うまでも無い。

だから、深くは追求しなかったのだろう。

何故、本人の口から説明が無いのか。

きっと糸式先輩も藤森先輩の口から直接聞かせて欲しかっただろうな。


「今から投手陣には投げ込みを行って貰う。今の手の内を捕手達と共有する事で、試合での作戦の組み立てをしやすくするのが狙いだ。他にも色々と理由はあるが、とりあえず投げてくれたら良い。まずは、大杉おおすぎお前からだ。」

「げっ、いきなり俺からですか。」


1番手というのは少し緊張してしまうが、指名されたからには拒否する権利も無い。

120前半のストレート、ツーシームとチェンジアップまでは淡々と投げ込む。

最後はフォークだが、未完成の魔球を投げるか迷う。

だけど、味方相手に出し渋っても仕方ないのでとりあえず投げてみることに。

結果的には普通のフォークボールになった。


「この球速でも十分にアウトが取れるから頼りになる。次、駒場こまば。」

「はい。」


やっぱりアイツは迫力が違うな。

投手として球を握るとオーラが半端ではない。

140キロ後半のストレート、キレがあるフォークとスライダーを投げ込む。

どうやら他の球種は無いみたいだ。

でも、1年生でこのクオリティが出せるのは素晴らしい。

きっと監督も先発としてどんどん起用するだろう。


「これはもう少し練習したら150キロになるな。今後の成長が楽しみだ。次、糸式。」

「はい。」


140キロのストレート、前回の勝負で見せた高速シュート、そしてシンカー、最後に俺と同じツーシームを投げた。

俺はよくこの人からヒットを打てたなと後々になって思う。


「藤森の事は黙っていて悪かった。本人からは口止めされていたんだ。」

「俺も子供じゃ無いんで大丈夫です。」


口ではそう言ったが少し元気は無い。


「最後、獅子頭ししがしら。」

「うっ、は、はい。」


この自信が無さそうにしているのが、獅子頭おもい先輩だ。

糸式先輩と同じ2年生で普段は自己主張が得意では無い人である。

だけど、それはあくまでも普段の話。

この人は特徴的な特性が1つある。


捕手から球を渡されて、グラブで受け取った瞬間にそれは始まった。


「ヒャッハーー!これこれこれー!この感覚たまんねーよ!」


テンションが急激に上がる。

糸式先輩は見慣れているようだが、駒場を少し困惑していた。

誰だって初対面であの姿を見せられたらこうなるか。


143キロのストレートと、3種のカーブを操る。

そして、この絶妙なコントロール。

キャッチャーの構えた所に狂いなく球を通す。

俺としてはその制球力を見習いたい所だ。


これで一通りの投球が終わった。

どうせなら藤森先輩の投球も見てみたかったけれど、肩の怪我の治療に専念しているなら仕方ない。

彼はこの後でプロへ入団するだろう。

そうなれば、今マウンドに立つ事よりも怪我を治すのは必然だ。


「よし、この後は俺が考えた練習メニューをして行くぞ。結構キツイけど、音を上げるなよ。」




走り込みやフォーム改善など、色んなメニューを行う。

レギュラーになれた事が嬉しくて、今日の練習はいつも以上に張り切っていた。

それによって、練習が終わる頃には服が汚れるなどお構い無しに地面へ倒れ込んだ。


いつも自主練はしているけど、体力が低いのはやはり難点だな。


制球:28→29


今日の練習で上がったステータスだ。

一見すると、ステータスが1しか上がっていないようにも思えるが1日の限られた練習時間でこれだけ上がれば十分。

寧ろ、よく上がったと思うレベル。


内心では喜びながらも、今日の練習後は用事があるので急いで帰る。

多分、あの人は練習終わりに街全体が見渡せる学校裏の山に行っているはずだ。

そこから帰ってしまう前に辿り着かないといけない。

練習終わりで体力を尽きているというのに走らされているとは。

口呼吸が荒くなりながらもようやく目的地へ到着する。


「お前が夜飼よるかいさんの可愛がっている1番弟子か。ぱっと見では普通の男子高校生だな。」

「そんな言い方は酷いじゃないですか、藤森先輩。」

「なんでここにいると分かったか、なんて聞いてもまともに答えるかどうかは怪しいな。どうしてここへ来た?俺が治療に専念する為、高校生活では投げない事を誓ったことに文句の1つでも言いに来たか?1つも深い関わりも無いのに。」


最初に1度だけ俺の顔を見た後は、街を眺めたまま話しをしている。

夜飼さんの弟子と知っても、あまり俺に興味がないのだろう。


「俺というよりは糸式先輩がショックを受けたましたよ。」

「意外な奴の名前が上がったもんだな。アイツは入部したばかりの頃から俺によく噛み付いて来てた。だから、嫌われているのかと思っていた。」


それは尊敬の裏返しだ。

藤森先輩に勝ちたいという思いで、勝負を挑み続けた。

しかし、その目標が突如としていなくなるのは寂しいものがある。


「監督以外には伝えなかったんですか。」

「いや、万常まんじょうには伝えておいた。俺としては万常の口から全員に伝えて欲しかったが、自分の口で言えと怒られたよ。」


そのやり取りを思い出したのか、表情が明るくなる。


「怪我はしたが、夜飼さんの紹介で優秀なドクターの下で治療出来る事になった。これからは部活に顔を出す回数も減ってしまうが、卒業するまでには絶対に治るさ。それに沖縄スネークスのスカウトから声を掛けて貰っている。これも2年の時点から起用してくれた監督のおかげだな。」

「分かりました。でも、残念ですよ。俺は藤森先輩と一緒に野球したかったので。」

「フッ、お世辞が上手い奴だ。」

「では、失礼します。」


ゲームのストーリーでは、試合中に肩の怪我が悪化して、選手生命が絶たれる。

しかし、この世界の藤森先輩は良い未来を辿りそうで良かった。

それが知れただけでも会って話をした意味がある。


「そうだ。ついでに糸式に伝言を頼んで良いか?」

「えぇ、勿論ですよ。」

「俺は一足先にプロへ行く。文句があるなら、そこで語ろうぜってな。」

「しっかりと伝えておきます。」


きっとその言葉を聞いたら、糸式先輩怒るんだろうなー。

でも、藤森先輩への心配が無くなり、やる気が出るのは間違いないだろう。

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