第023話 レギュラーになるのは誰だ

俺は今6時間目の授業を受けている。

とは言っても、入学して3日目の今日は殆どの授業がレクリエーションで終わっていく。

教師の自己紹介を聞かされて、今年1年の授業スケジュールや、どんな授業をするかなど取るに足らない内容ばかり。

そもそも俺は学生時代に特別頭が悪かった訳でも無いので、この世界での授業を受けても赤点ぐらいなら避けられる自信がある。


「えぇー、今日はここまでとします。次回以降は授業を進めて行きますので忘れ物がないように。」


やっと授業が終わった。

ここからホームルームを行って解散となる。

後少しで部活へ行ける。

俺は元の世界で帰宅部だったので、わざわざ帰ってゆっくり休めるのに部活へ行く意味が分からないと思っていた。

だけど、今ならその理由がはっきりと分かる。

野球をしている時間は最高に楽しい。

何かにのめり込むという体験がここまで楽しいとは知らなかった。


担任の話も全く耳に入らず、部活へと急ぐ。

今日は監督が1年生から1軍を選ぶ日である。

ここで選ばれて、俺は1年生でエースになりたい。

その意志は最初から変わらない。


練習場へ着くとどうやら俺が1番乗りだったようだ。

その少し後に遅れて他の1年もやってくる。


「緊張するね大杉おおすぎくん。」

「大丈夫だよ。絶対に竜田たつたは選ばれてるから。」

「いやいや、そんな事ないよ。でも、そうだと嬉しいな。」


謙遜はしているが、レギュラーになりたい気持ちはあるのは伝わってくる。

他のメンバーだってそうだ。

前回の試合でアピール出来なかったとしても天に祈るくらいのことはしたくなる。

俺もその内の1人だ。


1年生は優秀な選手が多い。

俺が入れる余地があるかと聞かれたら、素直にはいとは言えないだろう。


上級生達がぞろぞろと集合し、最後に監督が登場する。

緊張感が増していく。

俺の鼓動も早くなっているのを感じる。


「みんなやる気満々だね。まずは君達に新マネージャーを紹介する。」

「い、1年生の青屋あおや舞葉まいはです。分からない事も多いですが、皆様のお役に立てる様に頑張りますのでよろしくお願いします。」

「「「よろしくお願いしますッ!!!」」」


どうやら、青屋は無事に野球部のマネージャーになれたみたいだ。

凄く緊張していたであろう自己紹介を終え、姉さん達に連れて行かれた。

今からマネージャーの仕事内容を教えられるんだろうな。


「それじゃあ、早速なんだけど、お楽しみやっちゃおうか。1年生は前に出て来てくれー。」


素早く前へ出る1年。

それ静かに見守る。

誰も私語をする事なく、監督が口を開くのを待った。

先輩達も誰が選ばれるのか気になっているはずだ。

この中にはレギュラーに選ばれなかった人もいる。

先輩達の思いを背負って選ばれる人物をその目でしっかりと確認したいのだろう。


「それじゃあ、名前を呼んだ者から返事をして前に出る様に。まず1人目、投手ピッチャー駒場こまば隼人はやと。」

「はい!」

「駒場を選出理由は、140キロ後半の力強いストレート。そして、そのストレートを輝かせる変化球のバランスの良さ。それによって生み出す三振は、今後このチームに大きく貢献するだろう。」


やはり、1番最初に選ばれたのは駒場だったか。

後半で連打される場面もあったが、それを差し引いても強い。

投手陣の層は厚くしておきたいので選出されるのは妥当だ。


「2人目、一塁手ファースト堀枝ほりえだりょう。」

「はい!」

「堀枝の選出理由はなんと言っても長打力だ。2打席2本塁打。ここまで勝負強いのは心強い。守備面に関しても難しい送球を捕球する場面が何度も見られたので、安心して守備を任せられるだろう。」


2人目は堀枝か。

彼のポテンシャルは誰よりもあると知っていた。

ここからは自ら練習に取り組むだろう。

そうなれば、際限なく成長していくと予想している。

彼が味方で本当に良かった。


「3人目、捕手キャッチャー竜田たつた空助くうすけ。」

「は、はい!」

「竜田の選出理由は、キャッチャーとしての素質が高いからだ。フレーミング、送球、チームの雰囲気作りなど、どれを取っても優秀だ。足の速さも今後注目していきたい。」


3人目は竜田。

捕手枠は監督としても欲しかっただろうから確実に選ばれると思っていた。

大丈夫、ここまでは想定の範囲内だ。


あと1人。

残されている枠に入れるのは残り1人しかいない。

頼むから名前を呼ばれてくれ。

俺は動きこそしなかったが、内心では両手を合わせて天に祈った。


「4人目・・・、中堅手センター橋渡はしわたりわたる。」

「はい!」


俺は選ばれなかった。

やはり、捕手から配球やコース決めなどを奪っておいて、2失点もしてしまったのは評価を下げたか。

今、この場で涙を流したくなるほど悔しかった。

だけど、他にも選ばれていない1年はいる。

それどころか上級生だって、ベンチに入らない人がいるんだ。

俺1人が悲しんでいる訳ではない。

だから、悔しさや悲しさは見せるな。


「橋渡の選出理由は、粘り強いバッティングと選球眼。そして、冷静に敵を分析する能力だ。守備では意外なガッツを見せてくれたので、試合でもその気合いでも見せてくれると信じて選んだ。」


橋渡か御手洗みたらいの可能性はあった。

選ばれていても不思議ではない。

友達としては喜ばしい事だ。

後で何か奢ってやろうかな。

そうやって無理矢理にでも気持ちを切り替えるしかなかった。


「最後5人目、投手ピッチャー大杉おおすぎ二郎じろう。」

「え?」

「返事!」

「はい!」


俺も選ばれた。

しかし、ここで選ばれるのは4人のはずでは無かったのか?

これもゲームでは無かったイレギュラーだろうか。

そうだとしてもこんなに嬉しい事は無い。

下げてから上がるなんて神は粋な計らいをしてくれるものだ。


「大杉の選出理由は、球速はそこそこなものの、それを補う変化球。そして、打たせて取る事で少ない球数でアウトを稼いでくれる。打撃もかなり貢献していたので、攻守共に期待したい選手だ。」

「この後は、キャプテンの指示に従って練習してもらう。投手と捕手だけは投球場に集まってくれ。俺はそっちの方を見るから。あぁー、それと今レギュラーは決まったけれど、提出期間までいつでも変更が出来る。だから、練習を本気でやる者にはチャンスがあるかもな。」


それだけ言い残して先に投球場へと向かった。

喜びを前面に出したい反面、選ばれなかった者がいるという事も考慮しないといけない。

特に仲の良いメンバーの中で御手洗だけ選出されていなかった。

俺も入れていないと思っていた身なので気持ちは痛い程分かる。


俺は黙って投球場へと向かおうとした。


「同じレギュラースタートだな。」

「駒場か。俺は偶々選ばれただけだよ。だけど、レギュラーになった以上はみんなの想いを背負ってる。そして、何より俺の為に誰にも負けるつもりはないから。」

「俺も常に勝ち続ける。」


2人で軽くグータッチを交わす。

敵でもあり、味方でもある駒場に敬意を払って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る