第015話 動き出す風

8番打者バッターは震えていた。

あまり打撃面では自信が無いらしく、ガチガチに緊張したまま打席につく。

本人には悪いが、これでは良くて内野ゴロが関の山。

期待はしないで次の守りに頭を切り替えておこう。


「落ちつけー!」

「声出していけー!」


これはまずいな。

励ましているつもりだろうけど、この場面での声掛けは余計にプレッシャーだ。

それは8番打者の顔を見れば分かる。

緊張で仲間を応援なんて耳に入っていない方がまだ良かっただろうな。


期待はしないが出来るだけの事はする。

幸い二塁が空いているので、リードを大袈裟にして相手の気を散らす。


だけど、効果はあまり無い様だ。

駒場こまばはキャッチャーミットだけを見つめている。


「頼むから落ち着いてくれよ。ヒットになれば点数が取れるんだから。」


思わず口から願いが溢れる。

それが伝わったのか、打席に立ってバット構えた顔付きが変わった。


初球が投げられる。

長身と腕の長さを生かした豪快なストレートが、悔しくも心地良くミットを鳴らす。

ど真ん中のストレートを見逃した様だ。

これは仕方ない。

あの球を初球から振って凡打に終わるよりは、目を慣らして次の球に備えた方が良い。


ただ、ここからが難しい。

駒場は速球派のお手本みたいな投手だ。

球威のあるストレートとそれを引き立てるキレのあるスライダーとフォーク。

まだ隠している変化球もあるかも知れないが、これだけでも十分に完成されている。

初期ステータスだけで見れば、バグの範囲だなこれは。


2球目は低めを左から右へと流れていくスライダー。

これは反応こそしたけど、空振りだった。


2球でノーボール2ストライク。

前の回での投球もそうだったが、3球で仕留める確率が高い。

まだ入学直後でデータが取れていない事も大きく影響しているだろうが、それでも強い。

プレイヤーが操作しない分、今後の成長が止まらないと俺は絶対追いつけないな。


「しゃーー!こーい!」


追い込まれた8番打者はヤケクソになって声を出した。

だけど、その勢いは必要だ。

諦めてしまうよりは幾分結果を残せる。


3球目は、先程と同じスライダー。

ボールゾーンからストライクゾーンへと変化する少し危険な球。

8番打者は動じなかった。

体に当たっても儲けだと言わんばかりの顔だ。

そして、振ったバットは意外にも球を前に飛ばす。


遊撃手ショート!取れるぞ!」


低めの打球を見て、誰かがそう言った。

俺には難しい当たりに見える。

少し下がりながらダイビングキャッチをする遊撃手。

球はワンバウンドしたので、地面に寝転がっている暇は1秒もなく、すぐさま立ち上がって一塁へ送球。


必死に走る8番打者。

お世辞にも足が速い方では無いけど、ここで絶対にセーフになりたいと走っている。

一塁直前、間に合うか怪しいと判断した8番打者はヘッドスライディングで滑り込む。


結果はどうだ。

誰も一塁塁審に注目を集める。


「セーフ!」


セーフ、俺の聞き間違いで無ければセーフと言っていた。


「よっしゃーー!!!」


打った8番打者は天高く握り拳を突き上げ、雄叫びを上げる。


「良いぞ!御手洗みたらい!」

「お前がヒーローだ!」

「すげーぞー!」


誰もが口を揃えて御手洗という名の8番打者を褒める。

ここで1点が取れたのは大きい。

後は俺次第で勝ちに持っていける。


粘りの橋渡はしわたり、勝負強い御手洗。

今回の1年は誰が選ばれてもおかしくないほどに優秀な人材が多いな。

俺も負けてはいられない。


御手洗のおかげで1対0と先攻チームがリード。

そして、まだ攻撃は終わっていない。

1・2塁とチャンスを広げたまま9番打者に回る。

欲を言えば、この回でもう1得点はしたい所だ。


9番打者はこの流れを崩さない様に急いで打席についた。

ここでヒットを打って勝利に貢献するという意思が伝わってくる。


しかし、駒場は意外にも落ち着いていた。

点を取られても、前と変わらず力強い投球を続ける。

その結果、3球立て続けに空振りでアウト。

結局、追加点は許されなかった。


俺はこの1点を死守する。

さっきの守りは危ない場面もあったけれど、今回は完璧な投球を見せたい。


「さっきはお預けだったけど、今回は正真正銘の真剣勝負だ。歩かせるなんてのは無しだぜ?」


前回は駒場の盗塁失敗で終わったので、ノーカウントで堀枝ほりえだから打順が始まる。

今回は歩かせる事も出来る。

だけど、ノーアウトで走者が出るのは投手として嫌な展開だ。


「大丈夫だ俺。駒場と違って堀枝には確実なデータがある。」


小声で自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。

低めにボールを集めず、徹底した高め勝負。

苦手なコースに投げ込めば、駒場から三振を奪うことだって夢では無い。

ただ、無策に高めを投げるのも勇気がいる。

高めは本来長打になりやすいコースだからな。


グラブを構える。

まずは外角高めを狙ったツーシーム 。

これで手堅くストライクカウントを稼ぐつもりだ。


制球力が低いけれど、精一杯狙いの場所を目掛けて投げた1球目。


堀枝がバットを振った。

天高く球が打ち上がる。

球の行方を見守る内野陣と、走って球を追う右翼手ライト


「冗談キツイぜ。」


俺はこの一打に絶望した。

右翼手もホームランを確信して追うのやめる。

ゆっくりと噛み締めて走る堀枝が、少ししてホームベースを踏んだ。

駆け寄る後攻チームのメンバー。

対して、項垂れる俺達。


あれだけ苦戦しながら掴み取った1点をたった1球で帳消しにされた。

今の俺の実力で戦うべきでは無かったのかと後悔しても、堀枝がホームベースを踏んだ事実は変えられない。


甲子園を優勝する為に必要な選手だと思い、練習をさせるように仕向けた事がこうも裏目に出るとは。

自らが生み出した最強に、自らが苦しめられると誰が予想出来る。

駒場という男でゲームプレイし過ぎた弊害で、必ず仲間になれると思っていたのが間違いだった。


キャッチャーマスクを取ってタイムを掛かる竜田。

そして、打席より少し前に出て大きく息を吸った。


「まだ負けてないだろー!」


竜田がこの試合1番の大声で喝を入れる。

今までの優しい声掛けとは違う雰囲気に、下を向いた選手達が前を向く。


「本当の試合でも同じ顔するの?そうじゃないでしょ?まだまだ勝てるんだから気合い入れて行くぞ!」


本当に同じチームで良かった。

沈んだ空気は一気に晴れる。

俺達は1度駒場から点数を取ったんだ。

この回の残りを無失点で次の回以降でまた点を取れば良い。

気持ちを切り替えろ。

駒場、堀枝という脅威は一旦過ぎた。

次に回ってくるまで時間がある。


「みんなごめん!でも、俺これ以上点やるつもりないから。」


俺も野手に声を掛ける。

敢えて声に出す事で自分の逃げ道を塞ぐ。

レギュラー決めの話も忘れろ。

勝つ事だけで良い。

その味を知る事だけに心血を注げ。


点を取られた事は大きなマイナスだったけれど、それを取り返すぐらいチームメンバー1人1人の魂が熱く燃えていた。

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