第010話 それが来るのを待っていた

春休み期間中はバッティングの練習をしていない。

それに野手として守備についていないので、野手ステータスも見れていない。

だけど、この打席勝負は自信があった。

特に、糸式いとしき先輩にだけは負けないと思っている。


「始めんぞ、1年。」


やる気に満ち溢れた糸式先輩が声を掛けて来た。

先程まではただ声を荒げるだけの先輩だったけれど、マウンドに立った瞬間に顔付きが変わる。

威圧感というのか、勝負師としての顔だ。

その気迫に負けそうになったが、なんとか立て直す。

この打席だけはヒットを打たないといけない理由があるからな。


「プレイボール!」


審判を務める1年生が合図を出す。

それと同時に構える糸式先輩。


「ビビって腰を抜かすなよ1年!!!」


豪快なオーバスローで腕を振って放たれる渾身の一球。

だけど、俺は冷静だった。

意外にもボールを目で追えている事に驚きながらもバットを振る。

金属バットから甲高い音がなった。


「何ッ!」


糸式先輩は驚いていた。

いや、この場にいた全員が。


糸式先輩は一見感情に左右されやすいタイプの投手ピッチャーに見える。

だけど、マウンドでは誰よりも冷静な男だ。

あれだけ声を荒げて投げた一球も派手に真ん中を狙ってはいない。

一球目は大体内角の低めを意識して投げ、相手がどこまで反応出来るかを試す。

俺から言わせれば、これが彼の致命的な欠点だ。

どこに何を投げるか分かっていればバットに当てるのは簡単。


「ファ、ファール!」


審判からはファールが宣言された。

バットに当たったとはいえ、初打席という事もあって少しタイミングがズレてしまったのが原因だろう。

けれど、ラインのギリギリだったので見る人によってはヒットという人もいる軌道だった。

多分だけど、この審判も多少は有利な判定をする様に圧を掛けられているだろうな。


気持ちが高揚する。

俺はこの世界を最高に楽しんでいる事に気付いた。

打者として糸式先輩と勝負する機会は、ゲームの中では無かった。

だから、ここに立って初めて気付ける事も多い。

何度もプレイして、もうやり残した事はないと思っていた世界でまだ楽しめる。

これ程嬉しい話は無い。


「チッ。まぐれで一発当てたくらいでそんなに嬉しそうな顔すんなよ。」


どうやら、俺がバットに当てた事を喜んでいると思ったらしい。

違うと訂正したいけど、勝負中に話をするのは失礼か。


ボールを渡された糸式先輩は2球目を投げた。

しかも、強気に1球目と同じコース。

こんなに舐められた配球をされたら、普通なら手を出してしまう。


だけど、俺は見送った。

系式先輩は自分の方が野球の実力が上だと思っているだろう。

実際に単純なステータスや野球経験で言えば、確かに上だ。

でも、俺にはそれを上回るデータがある。

クリアするまでに3年を費やした情報は無駄では無かったのだ。


2球目の結果はボール。

俺が手を出すと思って、詰まらせる為に高速シュートを投げて来た。

読めるんだよ、その思考が。

糸式先輩が同じコースに投げるのは100%あり得ない。

彼の持ち球から考えるに、外へ逃げる高速シュート「投げると予測出来る。


糸式先輩は臆病だ。

だから、絶対にボールカウントを先行させない。

断言出来る。

彼が次に投げるのは外角高めに向かって投げるストレート。

欠伸が出てしまうくらい、つまらない配球をする。

彼も相手が悪かった。

相手が俺である事と捕手がリード出来る人では無い事が原因だろう。


「これでも喰らっとけ!クソ1年!」


あぁ、やはり予想通りのコースだ。

残念だったね糸式先輩。


「それが来るのを待っていた。」


2回目の金属音。

しかも、今回はラインギリギリではない。

正真正銘、レフト前ヒット。

誰も守備がいない状態なので、打たれた球は寂しげに勢いを失っていった。


糸式先輩が見せる絶望した表情と、見学に来ていた1年生達から上がる歓声。

先輩には悪いけれど、初めて味わう底知れぬ快感だった。


[ポジションが投手か投手希望の時に、練習又は試合で初打席に立ち、初ヒットを打つという条件を達成しました]


ステータス画面の様に空中に画面が表示される。

俺はこの条件を満たす為に絶対ヒットを打ちたかった。

これは今後俺が有名な選手になる為に必要な事だから。


[スキル 二刀流 D を入手しました]


スキル二刀流は攻略に必須級の優秀なスキルだ。

打席に立つ時に打撃性能を上げる効果と、野手として守備につく時に守備性能を上げる効果がある。

1つのスキルで2つも効果があるお得なスキルだ。

仮に守備を任される事が無くても打力が上がるのはプラスに働く。

このスキルが優秀なのは、それだけではない。

他のスキルと違って条件を満たせば確定で入手出来るのも強みだ。


「俺が1年に負けた。しかも、こんなに冴えない男に。あり得ない、あり得ない。クソッ、クソッ、クソッ!」


マウンドで膝を突いて倒れ込んだ糸式先輩。

悔しい気持ちを抑えられず、何度も地面を殴っていた。


俺は掛かる言葉も無かった。

勝った者から掛けられる情けの言葉がどれ程屈辱的かは、想像するに容易い。


全員がどうすれば良いのかと狼狽える中、1人の男が果敢にも糸式先輩に近付いて行く。


「打たれたんだったら、マウンドから降りてもらって良いですか?」


鋭い目付きで駒場を睨む糸式先輩。

でも、今回は駒場の言い分が正しい。

これはあくまでも勝負だ。

1人も打ち取る事が出来なった彼がマウンドに立ち続ける資格は無い。


何も言葉を発する事無く、静かにマウンドから降りた。

その表情は明らかに暗い。

思い詰めて異常な行動をしなければ良いけど。


「良いバッティングだったな大杉おおすぎ!」

「俺の名前知ってるの?光栄だね。」

りょう涼花すずかから名前は聞いてたんだ。」

「名前だけなら、俺が大杉かどうか分からないよね?」

「いーや、ピンと来たね。コイツが俺のライバルになる男だって。」


主人公から認知されている事だけでも驚きなのに、まさかここでライバル認定されるとは思っていなかった。

甲子園のマウンドに立つエースとしての座を取り合うと決めた時点で、いずれかはライバルの様な関係になれたらと思っていた。

だけど、こんなに早いとは想像していなかった。

これは俺が知識をフル活用して得た力と偶然にも巡り会った2人の登場キャラによるものだろう。

ここまでの運命を運んだ神がいるとするなら、感謝したい。

今、最も生きがいを感じているのだから。


「始めようぜ。」


駒場は深呼吸をして精神を集中させる。

相手が本気で来るなら、俺も本気の勝負をしたい。


ここで勝ちに行くなら1球目は見逃す。

ストライクだろうとボールだろうと、様子を見る必要がある。

対糸式先輩は情報を掴んでいたからヒットを打てた。

しかし、駒場は特殊だ。

プレイして来た人の数だけ投球スタイルがあり、ステータスの違いも存在する。


一球だけで全てを判断するのは難しい。

だけど、ある程度の情報が読み取れたら俺がヒットを打てる可能性が上がる。


「負けないから。主人公が相手でも。」


誰にも聞こえない小さな声でそう呟いた。

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