第009話 俺の野球が始まった音がする

「あ、えっとですね。無理なら良いんです!無理なら!」


俺が驚きの余り返事を忘れていると、青屋は慌てて友達の話を撤回していた。


「いや、友達になりたく無いとかじゃなくて、ちょっとびっくりしただけ。」

「すみません、いきなり友達になって欲しいとか言ってしまって。」

「俺的にはクラスに知り合いがいないから、友達がいる方が嬉しいよ。」


これは嘘だ。

正直、クラスに友達がいなくてもどうにでもなる。

授業中とかは確かに苦しい時間になる可能性もあるけれど、世界は広い。

学校という枠組み、ましてやクラスという更に狭い枠組みの中で友達がいなくても人生で困る事では無い。


「良いんですか?こんな冴えなくて、暗くて、芋臭い女とお友達で。」

「真面目そうには見えるけど、意外と俺とも話せてるから暗いとかは思わないかな。」

「そ、それは大杉おおすぎくんが特別なんですよ。私なんかと普通にお話してくれますし。」


この自虐気味な思想の裏には、隠された過去がある。

それは見たり、聞いたりしなくたって分かる。

イジメもしくは、それ近い何かの被害に遭っていたと考えるのが妥当か。

普通に話している事が当たり前では無い環境にいたと考えると恐ろしい。


「敢えて何があったとかは聞かないけどさ、俺は青屋あおやさんと友達になりたいと思った。それ以外の理由はいらないでしょ。」

「・・・・うっ・・・うぅーー。」


彼女は静かに泣いた。

俺以外には誰にも見られていない。

だから、もっと泣いて良い。

大人へなるに連れて涙がいけない物だと錯覚してしまうが、感情を持って生きている証拠だから健康的だ。


「お見苦しい姿をお見せしました。」

「気にしなくて良いよ。それよりほら携帯出して。」

「携帯ですか?何をするんですか?」

「友達なんだから連絡先くらい交換するでしょ。」


クラスでの情報を気軽に交換する為に、一応連絡先は交換しておく。

誰かに言われる前に念を押すが、決して女の子の連絡先が欲しかったとかいう不純な理由ではない。


・・・本当だからな?


彼女が慣れない手付きで画面を操作する。

SNSで連絡先を追加する方法を3分間くらい掛けて教えて、ようやく交換が済む。

登録出来た事を確認した際にチラッと連絡先が見えた。

家族と1人2人くらいの友達の連絡先。

それも恐らく同性の友達だろう。


ちょっとだけその中に俺の連絡先が入るのが恐れ多い気をするけど、画面をしばらく眺めて頬を緩める彼女を見たら今更良かったのかなんて聞けない。


「あ、そうだ。青屋さんは部活の見学とかはするの?」

「今はその予定は無いです。きっと私が部活入っても馴染めないですから。」

「そっか。まぁ、それもありだよね。この後予定が無いなら、D組の担任の所へは行った方が良いと思うよ。初日のホームルームからいなかったとなると印象も悪くなるだろうから、ちゃんと説明はした方が良い。」


初回のイメージというのは今後に大きく影響する。

最初に悪い評価が付いてしまえば、その評価を覆すのは難しい。

でも、いくら入学式が終わってすぐに休んだからと言って、きちんとした理由があるなら教師も理解してくれるだろう。

それよりも黙って帰る方が印象は悪い。


「それならっ!それなら、一緒に職員室へ行きませんか?私の隣で待っていてくれたって事は大杉くんもきっとホームルームに行けてませんよね。」

「あぁー、それなんだけど。俺、今から部活の見学行かないと行けなくて。担任からはなんで職員室来なかったんだって言われると思うけど、それよりも大事なんだよ部活の方が。」


時間もそろそろ良い頃合いだ。

野球部も見学が始まっていてもおかしくはない。

さっきも言ったが最初の印象は大事だ。

遅刻して先輩達に悪印象を持たれる訳にはいかない。

だから、荷物を軽くまとめて保健室を出ようとする。


「あ、あの!部活って何部に入る予定ですか?」

「そうか言ってなかったか。俺は野球部だよ。また何かあったらいつでも連絡して。それじゃあ、また明日。」


ちょっと焦っていて、申し訳無いが言いたい事を詰め込んで言ってその場を後にした。


「また明日・・・か。いつぶりだろ、こんなに明日が楽しみなの。そうか大杉くんは野球部かぁー。野球部・・・よしっ決めた!」


彼女は二郎の知らない所で決意する。

それは今までの彼女の事を考えると信じられない様な決意。

だけど、二郎との出会いはそれ程大きな影響を与えたのだ。


◇◆◇


野球部が練習に使っているグランドへ走った。

ここから俺の本当の戦いが始まるのか。

ワクワクすると同時に緊張する気持ちもある。

何せこの野球部見学には恐ろしいイベントが存在する。

春休みの期間の全てを掛けて練習をしていたのもそれが理由の1つだ。


野球部のグラウンドに集まった頃には大勢の見学者がいた。

やはり2チームは余裕で作れそうだな。


そんな事を思っていると見学者の大群の先から怒鳴り声が聞こえる。

何が起こっているのか気になった俺は人混みを掻き分けて前へと出た。

駒場こまばと2年生の部員である糸式いとしき先輩が喧嘩をしているみたいだ。

少しずつあのゲームの記憶が蘇って来る。

このシーンは飛ばしがちだから記憶に薄いけど、見学のタイミングだったか。


「おいテメェー!この俺様に向かってなんて言いやがった?」

「何度でも言ってやるよ!この学校のエースになるのはアンタじゃない!この俺だ!」



どっちがエースになるか論争。

これが不毛過ぎて誰も得が無い。

現在のエースは3年の藤森先輩が投手としてチームを引っ張っている。

それを差し置いて、2人でエース論争をするとは言語両断。

先輩に謝って欲しいぐらいだ。

まぁ、怪我しているから次期エースも必要だけど。


「分かった。どっちが次期エースに相応しいか勝負しようじゃねーか。」


この展開も見飽きた。

次は適当な見学者を指名していき、連続三振勝負をするつもりだ。

駒場の結果はプレイヤーに委ねられるが、糸式先輩の奪三振数は4人。

連続してこれだけの打者を三振させられたら、投手としては上出来だ。

だから、少し気になる。

プレイヤーが操作していない駒場は果たしてどこまで糸式先輩と差をつけられるか。


「そこの1年!まずは、お前から打席に立て。」


指を指された気もするけど、まさか俺では無いよな。

だって、俺は投手希望だよ?

野手ステータスすら分からないのに、そんな奴をいじめたりしないよな?


「お前だよ、お前。良いからさっさとこっち来い。」


やっぱり何度も見ても俺を指名している。

あまり乗り気では無いんだけど、これ以上怒りのボルテージを上げるのも他の見学者に悪い。

渋々、前に出て指示に従う。

念の為に動き易い服装で来て良かった。


「まずは俺から。その後に駒場、お前だ。良いか?俺の結果が良くても逃げ帰るんじゃないぞ?」

「ふっ、そんな事しないですよ。それより、先輩こそ恥を掻かない様に気を付けてくださいね。」


まだ勝負すら始まっていないのにバチバチな2人。

そんな2人の当て馬にされる俺が可哀想とは思わないのか。

・・・いや、思わないだろうな。

だから、こんなに多くの見学者を巻き添いにする。


黙って打席に立とうとすると、糸式先輩が俺の近くへ来て小声で話し掛ける。

面識を無いのに何を言われるのだろうかと身構えてしまう。


「良いか?お前は上手いこと空振れば良い。余計な事すんなよ。」


ゲームでは絶対に気付かない新事実。

糸式先輩の記録には不正の可能性がある。

そんな事してまで勝ちたいのかよ。

てか、そんな事して奪三振数4って少ないだろ。


ちなみに俺は不正に加担するつまりは無い。

こうなったからにはどうしても達成しないといけない事があるから。

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