第011話 主人公VS主人公

駒場こまばが投げるモーションに入った。

腕を一度上げて溜めを作り、その後横を向いて腕を振り抜く。

ここまでの動作に一切の無駄は無く、力みを感じられない。


「ストライク。」


審判はストライクを宣言したが、それは言わなくても分かる事だった。

何故なら彼が投げた1球はど真ん中のストレート。

初球だったとしても打ちごろなので、普通なら手が出しまう球。

見送ると決めた俺でも一瞬手を出してしまいそうになる。

しかし、それが出来なかった。


圧倒的な球威。

これが打てなかった理由だ。

捕手キャッチャーを務めている1年生も余りの球威にボールを弾いている。

当たり前だ。あんなのを初見で受け止めるのは無理がある。


困った事になったな。

駒場が放ったストレートは、体感だけでも140後半はスピードが出ていた。

これは異常事態だ。

今までプレイして来たゲームの中で1度も駒場が140〜150キロ代の球速で入学して来る事は無かった。

これが何を意味しているのか。

それは今後もあり得る現象だった。

俺の知識外の出来事が起こるという事。

そして、そうなると俺の強みである先読みが封じられるという事。


でも、分かった事がある。

初球にど真ん中のストレートを見せてくる辺り、かなりストレートに自信があるタイプのピッチャーだ。

つまり、2球続けてストレートの可能性が高い。


2球目を構える駒場。

今度は俺もストライクゾーンなら振るつもりで構える。

こっちは二刀流のスキルを獲得して、打撃能力にも補正が掛かったんだよ。

いくら球速が速くても打ち返す。


「打てるもんなら打ってみやがれ!」


2球目は内角で真ん中寄りの低め、ストレート。

俺もフルスイングで対抗するが、空振りに終わってしまう。

ある程度どこに来るか分かったはずなのに間に合わない。

しかも、球種はストレートだ。

打つならここしか無かった。


カウントはノーボール、2ストライク。

たった2球で簡単に追い込まれてしまった。

カウント的に、相手はボールゾーンに投げる選択肢もある。

だけど、俺はここを見送る必要は無いと思っている。

駒場はきっとストライクゾーンに投げるだろう。


「俺はど真ん中に投げる!だから、真っ向勝負と行こうぜ、大杉!」


馬鹿正直に自分がストライクゾーンに投げると宣言する。

これは自信の表れか。

俺が打てないと思っているのか。

舐められたもんだ。

真ん中に球が来るとわかっているのに打てないはずがない。


1球目よりも大きく振りかぶった。

お手本の様なオーバースローから放たれる球は、先程までの2球よりも遥かに勢いがある。

だけど、俺だって負けない。

真ん中って分かっているのだから、後はタイミングを合わせるだけ。


「どうなってんだよ、この球は!」


バットにこそ当たりはしたが、手が痺れるかと錯覚するくらい重い。

どれだけの球威があれば、こんなに重くなるのか疑問だ。


打ち損ねた球は内野ゴロになる。

守備はいないので走りこそしなかったが、誰がどう見てもアウトだ。

つまり、俺の負け。

本来の勝負は、糸式いとしき先輩と駒場の勝負だった。

だけど、俺としてはどちらにも負けたくなかった。

勝てると思っていた。

悔しい。

目の前にいる天才に負けた事が酷く悔しい。

糸式先輩が地面に倒れ込んだ気持ちが今になって良く分かる。


「今年の1年は元気が良いなー。」


悔しさを味わっていると、サングラスを掛けた金髪のオッサンがグラウンドに入って来た。

それと同時に練習していた先輩達が整列を始める。

他の1年生は分かっていないみたいだが、このオッサンこそが俺達の監督となる人だ。


自分の感情は後回しにして、先輩達の後に続いて整列する。

それを見た堀枝ほりえだ、駒場が後に続き並ぶ。

他の1年生も少し困惑しながら綺麗に列となる。


「よろしくお願いします!」

「「「「お願いします!!!」」」


野球部らしい元気な挨拶を監督に向けてする。

俺もそれに合わせて声を張って挨拶した。


「いやー、良いね今年の1年は。自ら考えて行動する力がある。高評価だ。」


どうやら、この行動は監督に刺さったらしく、高評価をいただいた。


「監督、今日の練習メニューは2・3年はいつも通りでよろしいですか。」


キャプテンの3年万常まんじょう先輩が練習メニューを確認する。


「あぁ、それで構わない。そっちはキャプテン、お前に一任する。俺が見てないからってサボるなよ。」

「もちろんです。俺達、本気で夏勝ちたいですから。」


先輩達は深く頭を下げて挨拶をした後、練習に戻って行く。


残された1年と監督の間で沈黙が生まれた。

今から何が始まるのか。

それは俺以外知らない。


「良し、それじゃあこっちも恒例のイベントに移ろうか。」

「恒例のイベントですか?」


見学者の内の1人が質問を投げ掛ける。

いきなりイベントと言われても、何がなんだかさっぱり分からないので当然の質問だ。


「毎年、見学に来た1年生同士で5回までの試合を行うんだ。それを今年もやろうって事。」


俺が春休みに必死で練習していた理由。

それはこの試合があるからだ。

普通に楽しむ為の試合ならそこまで気合いを入れなくても良い。

でも、これは普通の試合では無い。

監督はこれを見て1軍メンバーの残った4枠を決めるつもりだ。

18人いる中で空いてる席はたったの4つ。

それを争う事がどれだけ大変か。


「ちなみに1軍の席が空いている。ここで良い成績を収めれば、先輩を差し置いて1軍入り出来るかもな。」


敢えて言葉にして伝える事で、1年生のコンディションを上げるのが狙いだろう。

誰だって1年生から1軍に入れるなら入りたい。

だから、本気の試合が見れるはずだ。


「ポジションを被らない様に決めたい所だけど、10分で話し合って決められるか?」

「「「はい!」」」


先程の慣れていない挨拶の時とは違い、元気な返事をする1年。

やる気満々なのが伝わる。


チーム分けの際に、投手陣は俺と駒場の2人だったので必然的に別れる事になった。

なら、俺と同じチームに欲しい人材が2人いる。

1人は堀枝。

春休みの練習でぐんぐんとステータスが上がっており、得点力に繋がる即戦力として欲しい。

もう1人は、竜田たつた空助くうすけ

彼は謙虚な性格だが、他の人にも負けない隠された実力を持っている。


投手を除く16人の守備位置ポジションを聞いて行く。

勿論、3人同じ守備位置を希望する場所があったり、人が足りていない守備位置もあったが、そこは話し合いで穏便に済ませる。

結局、駒場がいる方へ堀枝は行ってしまったが、竜田は同じチームになることに成功した。

圧勝する予定だったけど、接戦を強いられそうだ。


「大杉は俺と同じ投手希望だったんだな。この試合も俺が勝つから覚悟しとけよ!」


女の子にうつつを抜かすだけの奴かと思っていたけど、この世界では意外にも野球に対して熱い男だ。

彼も俺と同じ目標へ向かっているのが分かる。


「俺がこの試合で意識するのは駒場じゃ無いだろ。1人でも多く抑える。大丈夫、大丈夫だ俺。俺なら出来る。」


練習とは違い試合形式となると手が震える。

ここではゲームと違ってやり直しがない。

この試合で1軍に選ばれるかどうかは天と地程の差がある。

失敗の出来ない序盤最重要イベントが幕を開けた。

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