第003話 高額アイテムはお早めに
やって来たのは古びたスポーツショップ。
長年の経営で看板は錆び、文字も薄れて辛うじて読める程度だ。
人通りも悪く、ドアの奥を覗いても人っ子一人いやしない。
この店の名前は、スポーツショップ・タカナシ。
序盤から解放されている店で、主人公はとある理由でお世話になる。
その理由は俺には関係の無い事だから、さっさと買う物買って帰ろう。
扉も整備されていないから重く感じる。
だけど、その現実でしかあり得ない感覚が楽しい。
ゲームとしてプレイしていた時は、ただのグラフィックとしてしか見れなかった。
だけど、今は五感全てを使って感じる事が出来る。
最新のVRゲームを体感しているみたいだ。
「客か、珍しい。」
ちょっとぶっきらぼうな接客をするお爺さん。
作中では一度も自己紹介をしないが、
口は悪いという情報以外は何も無い。
少しだけ登場頻度の多いモブキャラに過ぎないからな。
「欲しい物があるんですけど良いですか?」
「欲しい物があるなら勝手に探していけ。店に陳列してある分しか在庫はない。」
これは困った。
ゲームの様にリストがあれば探すのが楽なんだけど、この商品の中から目当ての商品2点を探し出すのは骨が折れそうだ。
とは言え、あれが無ければ始まらないレベルで必須アイテム。
半袖を腕を捲りタンクトップの様にして気合いを入れる。
「よっしゃー、探すか!」
「そんな張り切らなくてもあるだろ。どうせ、シューズとかだろ?」
「俺が探してるのは学びのミサンガと重圧リストバンドですね。」
分からない人の為に説明すると、学びのミサンガは練習の効率を上げたり、試合で貰える経験値を増やしたりするアイテムだ。値段は驚きの7万円。
だけど、これを序盤に買っているかどうかで成長の差が大きく変わる。
そして、重圧リストバンド。
これは練習の効率を下げる代わりに、練習で貰える経験値を増やす効果がある。
値段は2万円。
ここで賢い人なら思うはずだ。
学びのミサンガと重圧リストバンドで効果を打ち消し合っているのではないかと。
その発想は賢い。
だけど、俺はきちんと検証している。
学びのミサンガの上方補正値の方が重圧リストバンドの下方補正値を上回っている為、練習効率も一応見込める。
その上、貰える経験値は1.5倍するのだから、必須なのも頷けるだろう。
「学びのミサンガと重圧リストバンドだと!?お前にはやらーーん!!!」
急に怒鳴り出す善蔵。
このお爺さんはゲームの時も似たような事を言っていたのを思い出した。
次に言うセリフも当てられる。
(これは野球で世界を変える男にしか渡さん。)
「これは野球で世界を変える男にしか渡さん。」
あの時は主人公だったから売ってもらえたが、俺だと売ってもらえないなんて事があるのだろうか。
まさか、主人公にしか買えない専用アイテムとかじゃないよな。
「そこを何とかお願いします。俺、甲子園のマウンドに立ちたいんです。」
「甲子園だと?お前、見た所野球を今までにした事も無いって感じだろ。それが甲子園なんて寝ぼけた事を言うんじゃない。」
言っている事が正しい。
だから、反論する事すら出来ない。
でも、あれが無いといけないのも事実。
どうにかして、売ってもらわないと。
仕方ない、ここで日本人の奥の手を使うか。
膝を曲げてゆっくり地面に手を付けようとした時、勢い良くドアが開かれた。
荒々しく開けられたドアの音に、俺も善蔵も驚いた顔をしている。
立っていたのは、2人目になるダイヤモンドベースボールのヒロインだった。
ボーイッシュな髪に、外の日差しで焼かれた褐色肌が似合う少女。
普段は男っぽい性格だけど、意外と女子力も高い。
名前は小鳥遊
彼女もメインヒロインの内の1人で主人公と同級生である。
「どうしたんだ涼花!今日は高校入学に向けて制服を買いに行ったんじゃ!」
「どうしたもこうしたも無いでしょ!」
ドアからレジカウンターに向けて一直線で走る。
流石は陸上部のエースというだけあって足が速い。
完全に怒った表情から繰り広げられる迫力には、善蔵だけでなく俺まで萎縮してしまう。
「久しぶりに来たら、お客さんになんて態度取ってるの!物売らないとか考えられない!そもそもね、この店赤字だってお母さんも言ってたし、売れる物売らないでどうするの!」
「いや、えっと、それでもだな。」
「君、何が欲しいの?アタシに言ってくれれば持ってくるから。」
今度は俺の方に向かって近付く。
若干の怒りで我を忘れているのか距離が近い。
身長の差で上目遣いになっているのが破壊力抜群だ。
このままではまともに話せないので、目を逸らして答える。
「・・・学びのミサンガと重圧リストバンドだけど。」
「おじいちゃん、あんな商品まだ残してたの!?全然売れないから早く処分してって言ったのに!あっ、ちょっと待っててすぐ取ってくるから。」
「えっ、ちょっと。」
行ってしまった。
俺は売ってもらえれば何でも良いんだけど、お爺さんの立場はどうなる。
あれだけ芯を持って売らないって言ってたのに、孫来た時からタジタジだよ。
頑固親父から、哀愁漂う老人に変身している。
「良いんですか?お孫さん止めないで。多分、このままだと持って来ると思いますよ。」
「意地でも売りたくないんだけど、孫には勝てんよなー。嫌われたら明日を生きていけんよ。」
「安心してください。お爺さん、俺本気で甲子園で活躍して見せますから。」
「本当かー?
「
「最高球速は?」
「90キロだと思います。」
「話にならんな。孫が言うから仕方なく売るけど、期待はせんよ。」
失礼な物言いだけど、そう思うのが当然か。
だけど、俺はこの世界を誰よりも熟知している。
お爺さんが泥舟だと思った船は、意外にも丈夫で沈まない船だ。
「はい、これだよね!在庫処分セールで2つで8万にしといてあげる!」
「え?良いですかお爺さん?」
2つの商品を持って来た孫は勝手に値下げまで始めた。
普通なら店で好き放題している孫を咎める所だけど、何も言わずにうんうんと頷いている。
確かに容姿が良いから甘やかしたい気持ちも分かるけど、飴だけあげる教育は良くないぞ。
「そう言えば、話が聞こえて来たんだけど君も野球してるんだ!アタシの友達も野球してるんだ!
「知ってるよ。
「うわー!隼人って有名人なんだね!って、君も|投手なんだ。隼人とは良いライバルになるかもねー。」
「そうだな。同じ
丁度、話が途切れたタイミングで会計が終わる。
1万円も節約で来たのは良い買い物だ。
後は残った2万円で回復アイテムを大量購入すれば、準備は万端。
時間も惜しいので、さっさと買い物を終わらせて公園で練習しよう。
「ありがとうございました。」
俺は挨拶をしながら、この場を後にした。
「ねぇー、おじいちゃん。アタシ、あの子に隼人が環成東に入学するって言ったかな?」
「さて、どうだったかな?」
「まぁ、良いや!おじいちゃんの顔を見れたし、練習行こうっと!」
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