第30話 塔の魔法使い

 空間が停止する世界で火竜の目だけが動いていた。


 何が起こったか。


 カンナギの事象変換が間に合ったのだ。


「ギリギリだったな」


 カンナギの声の裏で、火竜は最後のあがきを見せる。


 凍り付いた火竜が正確にはその空間が歪な振動を始める。

 空間の氷結を無理に解こうとしているのだ。それも内側から。


『再誕よ、あれ!』


 火竜が言葉を紡ぐ。氷は氷解し水滴が地に落ちたとき、火竜は輝きに飲まれていた。

 卵型の光が火竜を包む。



「まさか、変成か…?!」


 カンナギの驚いたような声。カテラもセリもゼルもその場に釘付けになったままだ。


 パァンと光がはじけ、そこに居たのは。


 人型のナニカだった。

 見た目は赤灰色の長い髪の毛の、金色の瞳の少女。

 ソレは自分の掌をまじまじと見つめている。


「アァ…ワタシは、人ニ生まれ変わっタのだな。これはいい、いいものだ」


 片言だが徐々に流ちょうな言葉に変わっている。


「馬鹿な…魔獣が、人間になった?ありえない、師匠だって教えてくれなかったぞ…」


 カテラから驚愕の声が上がる。実際に今まで生きてきてこんな事態は遭遇したことがない。


「魔獣が、魔法ではなく事象変換を使ったというのか?カンナギ!どういう事だ!」


 ゼルの問いにカンナギは頭を抱えた。


「魔獣は魔法を使う、その代わり人間は魔法を模した事象変換を使える。それがこの再生塔の理だ、だが、これは…その域を超えている」

「カンナギ、ゼル!次の手を!」


 セリの声に二人がハッとする。アレは生まれたばかり、防御も薄いはずだ。


「ゼル!土くれで目隠しをッ!」

「分かった!事象変換…錬成!」


 ゼルが地面に拳を叩きつける。アレの周りの土が綻び、竜巻のように空を舞う。

 アレはまだうっとりと自分の掌を眺めている。

 土が巨大な棺桶のように形成されてアレを覆った。


土の棺桶オリジオ・カトラス


 巨大な土の棺桶、ゼルの事象変換で作ったものだが、硬度は鋼に匹敵する。


「この程度で、止まってくれるか…?」

「いいや、まだだろうな!どうする私は役立たずだぞ!」


 カテラの黒鉄は今も廃熱状態だ、使い物にならない。

 携帯式の拳銃では相手にもならないだろう。

 その間も徐々に棺桶が光り赤熱を発生させている。内側からの物だ。


 ドロリという感じで棺桶が蕩けた。

 中からこちらを見下した目のアレが現れた。


「この程度か?人間。私は退屈だもっと楽しませろ」

「お前はいったい何者なんだ?火竜、魔獣でもなく、人間でもない」


 少女は薄ら笑みを浮かべ、奇妙な笑顔を作った。


「お前たちで言うところの、私は、そうだな…御伽噺、フフッ…それに近い…か?」


『私は、使だ』


「それでいいか?」

「よく分かったよ…!ゼルッ!!」


 カンナギの叫び。

 瞬間移動に近い軌道をしたゼルが、少女に肉薄していた。

 拳を少女に叩き付ける。だが。

 防がれるまでもなく、少女と拳の間の無に阻まれ、攻撃は届かなかった。


「それは先ほどから見ている。次を見せろ」


 少女が指を弾いた。咄嗟に、ゼルは防御の態勢をとる。

 だが、遅かった。

 指が腕に触れた瞬間、防御の隙間を縫うように発生したインパクトが、ゼルの全身を襲った。弾き飛ぶように遺跡外に飛ばされ、ゼルは周りの木々に衝突し幾本かをへし折りながら止まった。


「ゼルッ!!」


 カテラの叫び声が辺りにこだまする。


「次はおぬしか?先ほどの一撃は素晴らしかったな、まさか私の皮膚を喰い破るとは…だが、なぜ本気で撃たなかった?本気で撃てば私を殺せていたかもしれないのに」


 瞬間、カテラの背後に瞬間移動した少女が問う。

 速すぎる。歴戦の魔獣処理屋のカテラでも見切れなかったほどに。


「本気で撃ってたら黒鉄が壊れるし、塔の防護障壁を貫通しちゃうからね…撃てなかったってわけ。分かってくれた?」

「ふぅむ。なるほど、そういうわけがあったのだな。確かに私も塔の崩壊までは望まぬ。渇いているだけだからな…ところで…」


「来ないのか?」


「いや、これからだッ!!!」


 カテラの拳銃の連射が、少女を襲う。少女は直立不動、動かない。

 少女の周りには先にゼルの攻撃を吸った無の壁が存在する。それに阻まれてしまう。


「チィ…!せめてセリだけでも逃がさないと…」


 カテラは少女の目の前に丸い球体を投擲していた。

 それは光玉。潰すことで極限の発光をする目潰しである。


 辺りを光が白く包む。

 その隙にカテラはセリを森の外へと走らせていた。


 白い光が消えた後、空間には動けないゼルとカテラだけが残った。カンナギはニライと一緒にセリのリングの中だ。


「逃がしたのか?愚かだな、逃げ切れるつもりとは…」

「逃げ切れるさ、あの子は役立たずだけど、ただの役立たずじゃないからね。底力がある。あの子の目にはそれがある」

「そうか。お前は十分生きたか?」

「まだまだ食べ盛り、死ねないね!」

「そうか、だけども私はもう飽いた。お前には、お前の生き汚さにはな」

「そうかい、誉め言葉だ」

「なら死ね」


 少女が大きく口を開く。火砲を放つつもりなのだ、人の身でありながら。

 再度、周りの木々が燃え始める。王の鱗粉だ。

 カテラは少女の近くの鱗粉に照準を合わせ弾丸を放った。

 チリィと音がして一気に誘爆していく。爆発の連鎖現象が引き起きている。爆炎から手が伸び、カテラの首を掴んだ。


「ガハッ!!」

「貧弱すぎる、この程度で終いか?」

「まだだね…黒鉄!オーヴァーモード!!」

「なに?」


 カテラの遥か後方に地面に置かれた黒鉄が勝手に変形する。

 もう一度、こんどはその姿をすべて晒した「魔剣アラタ」がどういう理屈か、少女の頭を狙って切っ先を向けていた。


「黒鉄、遠隔操作!アラタ射出!!」


 バギンという音、空間を割り、アラタが飛び出した。そのまま恐ろしい速度で少女の頭目掛け飛翔する。

 何を思ったか少女は左手を差し出す。咄嗟の行動だったのか、少女の顔には汗が見えた。魔獣だったモノとしての本能だったのだろうか。


 アラタは無の壁をいとも簡単に貫通し、少女の左掌に突き刺さった。



「グアアアアアアア!!!」


 カテラを掴んでいる右手を離した。

 今だ。

 カテラは一気にアラタを掴み上にそのまま薙ぎ払った。

 少女は一気に後ろへと後退する。

 このまま決めたいところだが、そうもいかない。

 魔剣アラタは命を吸う。正式な契約なしでは命を吸われるのはカテラだ。


 カテラはアラタを地面に落とした。この数秒でいったいどれだけの命が吸われたのだろうか…。

 しかもゼルは動けず、黒鉄は魔剣アラタの射出で壊れ、拳銃は通用しない。

 詰みだ。


「お前、よくも私の腕をぉおお!!」

「攻撃、一応効くんだな。ちょっと安心したよ。今のお前は最強種でも無ければ原初でもない存在なんだな」

「黙れ…ただの人間風情が、この私に…殺すッ!!」

「やってみろよ!人間の底力見せてやる!」


 カテラが啖呵を切ったとき、空に黒煙が浮かんでいるのに気が付いた。

 セリの事象変換かと思ったが質が違う。


 赤雷の一閃が少女に降り注いだ。というより、超高速で飛来した槍のようなものが、少女の胸に突き刺さった。


「ガハッ?!!」


 道の先、視線の先に一人の赤い鎧を着こんだ獣人が立っていた。

 狼型の顔つき。灰色の尻尾。灼眼。


 折れた木々をかき分け、ゼルがカテラに合流した。


「ハイネル…?」


「遅くなってすまない、騎士団第一団長、灼眼の羅狼ハイネル、現着した」

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