第29話 圧倒的力との戦い方

 短い、ごく短い作戦だった。

 セリが雨を降らせ、カンナギが凍らせる。凍らせている間の囮はカテラとゼルが引き受ける。

 ただそれだけだった。

 相手が強力すぎるから、複雑な作戦はかえって危険だという事だ。

 火竜をこの場に縛り付けるためだけの作戦。

 奥の手を呼び出す算段は付いているらしい。もうすでに中央からこちらへと向かっているそうだ。



 正直、作戦はどうでもいいが、セリには分からないことがある。

 時系列が合わない。時間経過が謎なのだ。

 カテラの話では数年前に絶滅したとされる火竜が、なぜか中層に居て、それを数日前に出会ったばかりのカンナギが、ゼルと灼眼の羅狼と共に討伐に向かっていることが。

 時間が合わない。確かにゼルは時間がズレているといったが、それにしてもそれにしてもだ。


 悩んでいても仕方ない。疑問はあとに置いておいて、今は言われたことを実行するだけだ。


 色付鬼を展開するためにニライを呼び出す。


「行きますか?セリ様」


 ニライの様子がいつもと違う気がする。どこか人間らしくなっているような。

 まあいい。


「色付鬼、青」

『色付鬼展開完了。周辺に気を付けて使用してください』

「事象変換稼働。天候操作アストラルルート雨撃ストレア


 両腕を天に掲げる。空に線が走り、ぽつぽつと雨音が聞こえ、空を黒煙が覆い一気に土砂降りの雨が降る。


 セリの前には透写されたカンナギの姿がある。


「事象変換駆動。再装填・停止リロードフラット


 チリチリと鈴の音のような音が聞こえ、世界が白く染まっていく。

 事象を停止させることの応用で疑似的に空間を凍らせる。

 雨は氷結を促すための起爆剤に過ぎない。

 雨を降らせ、カンナギが自身の事象変換を使って凍らせている間、セリはその場から動けない。

 火竜に感づかれれば終わりである。だからカテラとゼルが前に出る必要があるのだ。


「足引っ張らないでね」

「分かっている」


 黒鉄を構えたカテラ、手甲をいじっているゼルが前に出る。

 火竜が殺気に気づき目をゆっくりと開いた。

 威圧感で空間が弛む。口を開き、爆炎が這い出る。

 これでも火竜は傷を負っている。こちらを見定め、敵とも感じていない。そう、全力ではない。だがしかし、この威圧感。だてに原初と呼ばれはしない。


「火砲を撃たせれば、一撃でやられるぞ。飛ばせてもこちらの負けだ。分かっているな?」

「分かってる。釘付けにすればいいんでしょ?」


 火竜が大口を開き、火砲を放とうと力をためた瞬間、跳躍したゼルが思いっきり火竜の頭を蹴り飛ばした。インパクトが遺跡の壁を破壊する。

 火竜は少したじろぎ、右斜めに後退する。

 カテラが黒鉄を連射状態に切り替え、撃ち始めた。一撃の威力は低いが、火竜にとってはさぞ煩わしい攻撃だろう。

 ゼルの鉄拳の応酬が顔面に叩き付けられ、火竜は大きく咆えた。

 火竜が気づいているかは分からないが、徐々に下方から凍り付いている。

 火竜の目の色が変わった。こちらを、正確にはカテラとゼルを敵として認識した。


 急に空間に火の粉が舞い始めた。あたりに火の粉が蔓延する。

 草木が燃え始めた。

 雨は降り続いている。


「『王の鱗粉』か…!砲弾を選ばないとこっちもやられるな…!」


 砲弾や弾丸。火薬の系統は選択を誤れば誘爆してしまう。

 すぐあと、翼を広げて、火竜が大空へと飛翔しようとしている。


「まずい!飛ばせるな!!」

「分かってる!!」


 すぐさまカテラの放ったスコーピオンが翼に着弾した。

 爆発音。

 しかし火竜は意に返さない。そして。


『火よ、あれ』


 カテラの記憶にある、あの鋼鐵竜のように、魔獣がしゃべった。

 天空に陣が文字が浮かび、火球が地に向けて降り注ぐ。

 カテラは黒鉄を使ってセリの周辺に落ちる物だけを撃ち落とした。


『光よ、あれ』


 火竜がもう一度言葉を発する。周辺の王の鱗粉が輝きだす。


「まずい、伏せろ!だ!!!」


 ゼルの声、カテラはセリを思いっきり押し倒し地に伏せた。

 王の鱗粉が閃光となり、周囲を巻き込みながら衝撃波と共に爆発した。


 辺りに爆音が轟き、遺跡が崩壊する。セリたちは何とか無事だった。

 閃光の隙間を見定めて、カテラが位置を調整したからだ。

 火竜は翼をはためかせている。

 飛ぶ。

 飛ばれてしまう。


 空間の停止は追い付かない。氷結はし切れていない。遅い。

 だがそれでも、片翼は凍り付き始めている。

 あと少し。


 ゼルが火竜の頭上から踵落としを繰り出した。火竜が地面に沈む。


「カテラッ動けッ!あと少しだッ!!」

「分かってるって言ってるでしょ!!魔獣処理屋を、白兎を舐めないで!!」


 カテラが黒鉄を構えなおし、地面に置いた。


「黒鉄、オーヴァーモード!!」


 砲口が四つに分かれ、中から包帯でぐるぐる巻きにされた一本の剣が姿を現した。

 師匠の忘れ形見。禁忌兵装「魔剣アラタ」。

 一撃なら、黒鉄の砲身も耐えられるという判断の元、使用に踏み切った。

 超電磁砲のように黒鉄を魔剣の砲身にする。飛ばすのは影。本体ではない。


「いけぇえええ!!!」


 漆黒に染まった魔剣の影が、装填される。引鉄を引いた。


 カァオンという独特の音。

 影が空を疾走し、火竜の右肩付近から尻尾にかけて、消し飛ばしつつ貫通した。

 上空まで飛んで行った影は雲を丸く弾き飛ばす。


 火竜の憎悪にまみれた咆哮。滴り落ちる血。


 無理に駆動させたせいで廃熱状態になった黒鉄をカテラが通常形態に戻す。


『再生よ、あれ』


 火竜が小さく口を開き、言葉を紡ぐ。空間が歪み、一瞬で傷は再生していた。

 何事もなかったかのように、元に戻っていた。


 火竜はニィイという笑みを浮かべ、口を開き火砲を放とうとし止まる。

 バキリという音、火竜の動きが停止する。


「少し、遅かったな。俺たちの勝ちだ」


 カンナギの声。


 空間が停止していた。

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