中層・異聞世界編

第27話 亜人

 停止した転移ポータルポッドの扉が開き、中に清廉な風が吹き込んでくる。

 ポッドの発着港は草木に覆われていて、長年使われていなかったのが見て取れる。

 ゆっくりとポッドから出て辺りを見回すと、発着港以外は青々とした草原が広がっていた。

 遥か彼方に、黒い箱のような建造物が、無造作に乱立しているのが見える。アレが中央都市群だ。カテラも何度か行ったことがある。

 セリがなぜか呆けているのを見て少しおかしく思った。そのあと自分が言ったことを思い出して、唇をかんだ。


「セリ、さっきはごめんね。少し言い過ぎた」

「いや…気にしてない。こっちだって何もできないのは事実だし、ごめんなさいカテラさん」

「その、さ。さんづけ、やめない?なんかフレアみたいだし。呼び捨てでいいよ」

「じゃあ。そうする。ここはどこらへんなの?ずっと草原だけど。人住んでるところあるの?カテラ」


 これでぐんと親しみやすくなった。

 カテラはそう考えて、セリの質問に答える。


「中層は広いが人間の住んでいるところは少ない。まず中央都市群。その次に獣人の果て村が少し、あとは無人の宿泊局が点在しているだけだ」

「魔獣は…いる?」

「いないと言えばうそになるが、限りなく少ない。中央の守護が行き届いているのと魔獣の発生源であるギシ領域がないからだ。だから中層では下層に比べて魔獣による災害事象の発生は少ない。代わりに人間が起こす災害事象の方が多い印象が強いな」

「人間の方が厄介ってこと?」

「そうだ、結局身を亡ぼすのはいつだって人間なんだ」

「確かこれから、果て村に向かうんだったよね?」

「そうだったな。おいカンナギ黙ってないで出てこい」


 地面にカンナギが透写される。


「黙って待ってたんだろ、人使いが荒いな。そうだ。これからここから北東の果て村を目指す。そこに居る亜人に会ってもらう」

「亜人?」

「獣人のなりそこないだ。会えばわかる。」

「獣人は一目見たらわかるの?」

「分かるさ。狼や熊、犬も猫もいたな」


 少し心をときめかせたセリは、カテラの後に続いて、草原を歩き始めた。

 セリには記憶がない。獣人、亜人の知識も当然ない。物事全てが新鮮なのだ。



 △二時間後、草原の端にて


 だいぶ歩いたはずだ。草原が途切れて、地面が薄緑の透明な板のような材質の物体に変わった。これはカテラによると、エナジーフィルタと呼ばれる再生塔にエネルギーを回す装置らしい。中層は全ての大地がこのエナジーフィルタの上に形成されているそうだ。


 草原の端は巨大で透明な壁に覆われている。外の景色が見えた。

 下の方に赤い海が見える。どうやら空の上にいるらしい。壁の外に雲が見えた。

 再生塔がいかに巨大な建造物か、分かる。

 壁と草原の端の空間に小さな集落が見えた。あれが果て村だろう。

 近くには森もあって、川もある。しかし上流がない。透明な壁から、水が湧き出ている。そして内陸側に流れているのだ。不思議な光景だ。

 村近くの川の傍に一人の人物がかがんでいる。

 短髪で筋肉質の青年だ。人間と違うところがあるとすれば、犬耳が生えているところとしっぽが生えているところだろう。あとは普通の人間と変わりがない。


「ゼル、久しぶりだな」


 カンナギが犬耳の青年、ゼルに声をかける。犬耳がピクリと動き、青年が振り返った。顔も普通の人間と変わりはない。


「誰かと思えばカンナギか。体、がわはどうした。そちらの二人はお前の友人か」

「ま、そんなところだ。ハイネルに会いたいんだが、連絡はとれるか?」

「ハイネルとはお前と最後に会ったきり連絡がない。仕事が忙しいんじゃないのか」

「上層に上がりたいんだ。中央にバレないようにな。ハイネルくらいしか頼れる相手がいない」

「今は無理だ。中層は封鎖状態にある。上層はおろか下層にも降りられんぞ」

「馬鹿な。俺たちはさっき下層から上がってきたんだぞ」


 ゼルは少し考えるそぶりを見せ一つ指を上げる。


「時間がズレているのかもしれんな。中層と下層では」

「ある意味大規模な災害事象だな。それで、何を手伝えばいい。まあ俺は見てるだけだが」

「村の近くに三原種がいる。そいつを一緒に討伐してくれればいい」


カテラがため息を吐く。


「簡単に言ってくれるよ、やるのは私達なんだが…」



 三原種がいるという森の奥に向かって三人で歩き出した時、ふと、ゼルが話しかけてきた。


「セリといったが、君は人間じゃないな。騎兵かと思ったが音は人間の物だ。精巧に作られているがまさか人殻か?」

「えっ、あっはい」

「やはりな目的は覚えているのか?」

「とうをのぼることです」

「塔をね。なるほど」


 会話が終わってしまった。気まずい。


「ゼルって言ったわよね。あなた、何者なの?カンナギと一緒で追々ってのは無しよ」

「俺は果て村の亜人だ。それ以上でもそれ以下でもない。趣味は薬づくり。得物は手甲と脚甲だ。格闘術を少々やる。カンナギとハイネルとは腐れ縁だ」

「そのハイネルってのが、灼眼の羅狼の本名なわけね」

「そうだ。あいつは俺と違って完全な獣人で、型は狼だ。騎士団の第一団長。かの有名な下層のあの魔獣処理屋と共にギシ領域から現れた二百体の魔獣を狩りつくしたことからあの異名がついた。まあ、教会も中央も半信半疑だがな」


 下層の魔獣処理屋…師匠の事だ。過去の大規模鎮圧戦での話だろう。

 アレには確かほかにも騎士団や魔獣処理屋がかかわっていたはずだが。

 まあ、ここで聞くこともないだろう。本人に聞いた方が早い。


「ゼルはどういう知り合いなわけ?なんで第一団長様と仲いいのさ」

「ふむ…説明すると長くなるが聞くか?たぶん俺よりカンナギに聞いた方が早いぞ」

「カンナギは何も教えてくれないからね」


「そうだな」とだけ言って少し黙ってしまったゼルをじっと見据えつつ、カテラは黒鉄をいじっている。セリは二人の会話に何とかついて行こうと必死だ。


「カンナギの仕事は聞いたか?」

「んーん、なにも」

「はぁ、あのめんどくさがりめ…。カンナギの本職はエンジニアではない。上層の管理者の一人だ。白き楽園の管理者。だからハイネルとも知り合いなんだ。中央とも教会にも口が効くし、一般の処理屋や深都屋では知らないことも知っている」

「うわ厄ネタじゃない」

「だろうな、君たちがどう騙されてカンナギを仲間にしたのかは分からないが俺なら無視しただろう。よほどお人よしなんだな君たちは」

「私はお人よしじゃない、セリがそっちよりなだけよ」

「えっ、僕のせいですか?」

「そういうわけじゃないけど」


 いきなり飛んできた変化球をもろに食らい、セリは狼狽える。

 そもそもあの時だってカテラがセリに判断を委ねたんじゃないか。

 セリは少しだけ唇を尖らせた。


「ゼルの職業ってなに?」

「元深都屋、現村の守り神ってところだな。全盛期はギシ領域やアトラ神域に潜っていた。なにせ亜人なんでね。一つの場所にはとどまりづらいんだ」

「亜人って迫害されてたりするの?」

「なりそこないだからな。獣人からは半端モノ扱い。人間からは気味の悪い人類種扱いだ。だからあまり町は好まない。ここのようにどんなものでも受け入れてくれる場所の方がいい」

「…そうなんだ」


 また気まずい。ゼルは気にしてないようだが、言った手前なんと反応していいか分からない。セリは自分の知識のなさ、正確には記憶のなさを悔やむ。


「まあ、気にするな、慣れてるからな」

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