第22話 色付鬼解放《青》

 なにかえもしれぬ暖かさが体を包む。光が体を薄く覆い、鎧を形成していく。


「そうだ、それが見たかった!来い!勇者くん!!」


 ロッハーは笑顔を浮かべ、フレアを放ってこちらを向く。

 その時、フレアが動いた。

 貫かれた剣をギリギリと無理に引き抜き、ロッハーの足を掴む。そのまま体を起こそうとしている。


「まだだ…!」

「死にたいが…まだ動くか」


 ロッハーは掴まれていないほうの足で、フレアの頭を蹴った。フレアはそれでも手を離さない。逆に力を強めていく。その隙に、セリの色付鬼の転化が終わろうとしていた。


「しまった、見逃したか…」

「セリくん…」


 ロッハーがセリの方へと顔を向けたときには転化がすでに終わっていた。

 光り青く輝く鎧。何時も出ていた秒数は、今のところ表示されていない。それどころか、セリの持つ剣すら、いつもと形状が違う。剣は透明な蒼き大剣へと変化している。どこか白波のような波紋が刻まれているそれを片手で掴み、セリは立っていた。


 セリの思考は加速していく。どうすれば、今、この強大な敵を打ち破れるか。ただ剣を振るっただけでは、勝てないだろう。それは分かっている。しかし幸いにも時間が無制限の状態のこの姿なら、勝てるかもしれないというヴィジョンが見えた。

 ロッハーが剣を握る。


「来いよ、勇者くん!」

「言われなくてもッ!!!」


 瞬間、地面を蹴る。地面がへしゃげ、空を舞う。一瞬でロッハーに肉薄し、右上から大剣を振るった。剣は空間を切り裂き、無を作る。ロッハーの剣は受け止める間すら与えられることなく、へし折れた。ロッハーは驚愕の表情を浮かべる。が、落ち着いて十字架を引き戻し防御した。大剣とかち合い、ゴォォンと衝撃音が鳴り衝撃波が空を打つ。ギシギシと鍔迫り合いをし、ロッハーは嬉しそうに笑った。


「前よりも強いな!素晴らしい!」

「黙れ…!」


 セリの一撃はロッハーの視線の外からの攻撃だったはずだが、意に介していないロッハーは一瞬で十字架に持ち替えている。凄まじい技量だ。今のセリでは色付鬼の力がなければ相手にもならないだろう。

 セリは力で押そうとしているが、大剣は動かない。まるで鋼の壁に木刀を押し付けているような感覚だ。それだけ差がありすぎる。


「つぅうう!!」

「この程度じゃないんだろう!本気で来い勇者ッくんッ!!」


 ロッハーが十字架を切り返し、大剣を瞬時に弾いた。隙が生まれる。その隙を見逃すほどロッハーは馬鹿ではない。一撃が、セリの体に叩きこまれる。よろめき倒れかける。一瞬意識が飛びかける。まだ、このままでは負けられない。

 諦めるわけにはいかない。この程度では。


「ぉおお!!!」


 大剣を地面に突き刺し、態勢を元に戻す。ダメージは少ない、今ならまだ反撃に転じられる。

 合わせるようにカンナギの声が頭に響く。


「お前の力はこの程度ではない、本気でやってみせろ。コードを使え」

「コード…?そうか!この力なら!」


 セリが空に手を伸ばし、頭に浮かんだ言葉をそのまま紡ぐ。


強化ブースト


 体に力がみなぎる。浮かんだ言葉はまだある。


天候操作アストラルルート雷撃ギーア


 奴に向かって手をかざす。パキパキと枝が折れるような音の後、巨大な雷撃が、降り注いだ。周囲を土煙が舞う。当たった感覚はあった。


 ロッハーは細い剣を避雷針代わりに使い、雷撃を逸らしていた。だが全てではなく、多少なり当たったようで、服と右腕が焦げている。


「ほう、まさか雷を降らせるとは。知らない攻撃だな。興味が湧いた。次はなんだ?」


 まったく効いていない。

 かすり傷。

 コードを使っても、この程度…。いや、諦めるな。


『天候操作・雷雨ギーアストラ!』


 ぽつぽつと雨が降り出し豪雨に変わる、あたりに黒雲が満ちたちこめ雷があちこちに落ちだす。

 またもカンナギの声が頭に響いた。


「お前の人殻に搭載されている色付鬼の名を冠するのは『青』。真明解放すれば今よりも出力は上がるだろう。使い方はお前次第だが」


 小さく呟くようにセリは言った。


色付鬼解放」


 鎧に光が通り、輝き始める。セリはもう一度手をかざし、今度は力強く言葉を放つ。


『天候操作・強化雷撃!!』

「またそれか、もう飽きて…ぬ?」


 今度は雷が一つの閃光の柱となってロッハーに直撃した。

 閃光は大きな光とともに天空から飛翔し、地面に向けて降り注ぐ。

 今度は防御する暇もない。それ以前にロッハーも舐め切って防御態勢を取らなかったが。


 閃光が降った痕は地面が大きくえぐれ陥没している。

 そこに十字架を辛うじて(少なくともセリにはそう見えた)掲げたロッハーの姿があった。


「素晴らしい一撃だ。拍手ものだな、だが…まだ児戯に等しい。それではトドメに至らない。師として言うなれば、次は格闘戦の最中に出すとかな。それだったら、もっと効くと思うが」


 ロッハーが十字架を地面に叩きつけ、展開する。細い剣ではなく、真っ黒の刀身の長剣が姿を現した。それを掴み、ロッハーは遠くから振りかぶる。


「敬意を表して本気でやろう…!『夕闇のヴェルヴェルグ』」


 スッと、何もない空間を斬った。

 キンッと音がして空間がズレた気がした。

 違和感を感じていた。どこか違和感。


 ボトリという感触。セリのかざしていた右腕が、地面に、落ちていた。

 何が起こったのか分からなかった。痛みもない。これはまあ色付鬼のせいかもしれないが。


「教えておいてやる。人殻以外にも過去の遺物は存在している。一つは禁忌兵装ギアもう一つは、お前がさっき使った事象変換コードだ。今、俺が使ったのは禁忌兵装。振ることで対象を斬ったことが確定する特級遺物。どうした?本気を出せと言ったろう、次は首を落とすぞ」

「くッ…グア…」


 今になってようやく血がこぼれる。傷口を左掌で覆い、痛みに耐える。

 まだ、まだだ。諦めるな。

 勝機はどこかにあるはずだ…!


 その時、号砲が轟き、ロッハーのいる一面に着弾した。爆炎が包む。


「セリッ!フレアッ!」

「来たな、本命!白兎ッ!!」


 さらに後方にカテラの姿が見えた。

 白髪、赤目、そして二房のマフラー。

 またの名を白兎。


「待たせた!」


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