第19話 魔獣処理屋の憂鬱③

 上流は既に流動体で溢れていた。彼らはあくまで分体だ。刺激しなければ襲ってこない。隙間を縫うように進んで行く。ともかくしてピントスライムは増殖力が異常だ。

 急がないとどんどん増えてしまう。本体さえ叩けば、分裂した個体は霧になって消えるだろうが。

 急流を進み一番奥まで上がっていくとそこには巨大なピントスライムが鎮座していた。ゴボゴボと動いている。


「核を露出させないことには私ではどうしようもない、行けるか?セリ」

「やってみる…アレが使えれば…!」


 セリは深く意識の奥底に集中する。体に現れる高揚感、ロッハーの時と一緒だ。

 網膜にニライが現れる。あの時と同じように対象を指さし、頷いた。


『色付鬼、起動しますか?』

「色付鬼、起動!」


 セリの体に光が集まって、はじけるように散る。またあの時のように、ヒロイックな姿になったセリがそこに居た。カテラは少し驚いたようだ。


『色付鬼展開完了、周辺に注意して使用してください』


 99秒、時間が表示される。


 ピントスライムは弛むと、触手を一斉にこちらに伸ばしてきた。セリは剣を抜く。

 光速の斬撃を繰り出し、触手が伸びきる前に斬り落とした。次は周辺を薙ぐような攻撃が飛んでくる。セリは自身の後方にいるカテラの事を考えて触手を受け止めた。ギャリギャリと押されていくが、押されきる前に刃先を立てて斬った。

 ピントスライムは痛がるそぶりを見せない。痛覚はないのだろうか。


「セリッあまり時間をかけすぎるなッ!ピントスライムの脅威は分裂だけじゃない!」


 カテラの檄が飛ぶ。セリは一気に跳躍し空から剣を引き下ろした。剣はピントスライムの皮を切り裂き、その中の弱点、核を露出させた。

 行ける!そう思った時だった。セリの油断しきった肉体に、衝撃が走る。地面の下から触手が伸びてきたのだ。強めのインパクト。そのまま上空へと運ばれる。


「この程度でッ!!」


 あと37秒。まだ問題ない。視界にピントスライムを収めたとき違和感に気づく。

 形が変化している。変化していっている。


「しまった!変態する!」


 カテラの声が聞こえる。

 次の瞬間にはピントスライムは変色し赤く染まっていた。翼が生え、咢が形成され…。たった2秒後には竜の姿に変わっていた。


「三原種…赤位……赤甲竜…!!一気に討伐ランクが上がったぞ!だが…」


 あと30秒。


 セリはアドリブで空気を蹴って変態したピントスライムに肉薄する。剣を首筋に突き立てた。

 ガキィィン!剣は弾かれる、さきの軟体だったころの皮膚ではない。明らかに強度が増している!セリは焦っていた。このままでは敵を倒しきる前に色付鬼が解けてしまう。そうすれば役立たずに逆戻りだ。

 ピントスライム、いや赤甲竜は翼をはためかせ上空に飛翔しようとしていた。時間がない。


「セリ!右の翼を狙え!飛ばせるな!」


 カテラの声にハッとなったセリが動く。ありったけの力で右翼に剣を振るった。手応え。蒼い血を流しながら、翼が斬り落とされる。地面に落ちる赤甲竜をカテラの黒鉄が捉えていた。


「変態したのは好都合だ…!砲撃が効くようになったからなぁ!あとは私がやる!」


 カテラは弾丸をボンバーへと変更した。これはスコーピオンと違い、対生物用の散弾だ。細かく飛散した弾丸がさらに小さな爆発を起こす。

 赤甲竜が立ち会がある前に接敵して仕留める。

 カテラは既に駆け出していた。


「セリ!まだ体が動くなら、そいつを縫い留めろ!弾が当たらない位置でな!」

「…やってみる!」



 残り18秒。


 セリは渾身の力を振り絞り、尻尾を剣で大地ごと突き刺す。赤甲竜はうなり声をあげるが、飛べる翼も残っていない。ただ地を這いずり回るのがやっとだ。


「カテラさぁあん!今です!」

「終わりだ!!!」


 カテラが赤甲竜の眼前に立ち、引鉄を引いた。

 発射された弾丸は飛散し赤甲竜の頭蓋に食い込み爆散した。そのまま無残にも頭は青い血を流しながら吹き飛ぶ。すると、赤甲竜の肉体は蕩けるように氷塊していった。

 赤甲竜だったものは核を失い液体に戻った、ピントスライムに戻ったのだ。瞬間、セリの色付鬼も解除される。荒い息をするセリはカテラに肩を叩かれた。


「よくやった、見習い。お前の力しっかり見たよ」

「いやぁ、ははは、ありがとうございます」


 嬉しいような恥ずかしいような感覚でカテラに返す。


「これで下流の分裂体も消滅したはずだ。とりあえず一件落着だな」

「これで本当に終わりなんでしょうか?また敵が現れたりなんかしたり…?」

「まてセリ、それはフラグと言う…」


 カテラが言いかけたとき、下流側からフレアが走ってくるのが見えた。

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