第14話 覚醒

「…色、付、鬼いろつき?」


 セリがそう呟いた瞬間、体に一気に力が入った。小剣がひとりでに抜け落ち、ロッハーを体から発せられた光の風が弾き飛ばす。


「ぐおっ?!」


 ロッハーはそのまま百メートルほど後方に飛ばされた。

 セリの体からは透明な水色の光が漏れ出ている。セリは自分の意志とは関係なく立ち上がった。

 光の球体が体を包み込み、刺された場所が再生していく。それと同時に装甲服の形に細い線がセリの体に浮き出て、瞬時に鎧が形成される。

 それはどこかヒロイックな姿をした、青い鎧だった。背中から二本の細い尻尾のような器官が生えている。

 頭の中に合成音声が流れる。


「色付鬼、展開完了カタフラクトシフト。周辺に注意して使用してください」


 セリの網膜にはカウントが表示されていた。99秒。秒数が一気に減り始める。

 考えている時間は長くないが、セリの思考は加速されていた。ロッハーの動きがゆっくりに見える。思い切って地面を蹴りだす。超加速しそのままのスピードでロッハーに斬りかかった。ロッハーは咄嗟に十字架で防御したが、それでも左腕を少しだけ斬りつけることに成功した。ロッハーの顔にもはや笑みはなかった。

 こちらを完全に玩具から敵とみなしたようだ。


「いきなり変身とは。お前人間じゃなかったのか。まあ、それでもいいが」


 ロッハーは十字架を担ぎ、こちらに叩き付けてきた。先も放たれた地面が拉げるほどの重量だ。だがセリはあえてそれを受けようと思った。漠然と、この鎧なら耐えられると思ったからだ。セリは腕を十字にクロスさせ一撃を受け止めた。インパクトが地面に分散し大きく陥没した。痛みはないしどこにも影響はない。


「これを防ぐかっ!!」


 残り56秒。


 セリはお返しとばかりに思いっきり蹴り飛ばした。ロッハーは防御する間もなく、攻撃を受けふらつく。その隙を見逃すほど、今のセリは弱くない。何撃もの打撃を大きな隙を見せたロッハーに浴びせ続けた。視界はロッハー以外を写さない。


 残り28秒


「うぉおおああああ!!!」


 雄叫びともいえる叫び声とともに最後の一撃をロッハーの体に打ち込む。

 ロッハーははじけ飛ぶように吹き飛ばされ地面に転がった。

 もう動かない。ロッハーは地に伏したままピクリとも動かなくなった。


 残り10秒


 勝った。終わっ…た。そう思った瞬間だった。余韻も何もなく、耳元で声がした。


「やるじゃないか、油断したよ」


 目の前を見るとロッハーの姿がない。ロッハーはいつの間にかセリの直ぐ脇に立っていた。十字架を背負っている。


「ロッ…ハー…!」


 追撃をしようとした瞬間、網膜に映し出されたカウントが0になった。


『色付鬼、強制解除』


 頭に声が響き、バチンと鎧がはじけ飛ぶ。セリの拳はむなしく、空を切った。

 ロッハーは無防備になったセリに何もせず手をひらひらと振り、後ろを向いた。


「安心しろ。つまらなかったわけじゃない。ただ、楽しみを取っておきたいだけなんだ」

「なに?」

「今度は最初からお互い本気でやろう。そろそろ、ドッペルも起動限界だしな、めんどくさいのが戻ってきちまう。じゃあな勇者くん」


 ロッハーは言いたいことだけ言って、去っていった。

 セリはしばらく呆然としていたが、急に力が抜け地面に転がった。

 意識が暗転した。

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