第12話 賞金首
眠り眼のセリを起こして局地的災害事象が発生したエリアに向かうことにする。
この世界には軌道列車以外の乗り物はない。だから発生点までは徒歩で行くしかない。距離的に言えばそこそこ遠く、歩きどおしで丸一日かかる。
道すがら、セリに事の説明を行っていた。相手は低級の魔獣ではない、人間だ。
賞金首。
それが今回の討伐対象である。
再生塔の治安は比較的安定しているが、中には悪事を働く者もいるそれが成ってしまうと賞金首として指名手配扱いを受ける。
今回の賞金首は『白い十字架』と呼ばれている男だ。開拓旅団という非合法組織の一員であり、遺跡荒らしでもある。旧遺物である巨大な十字架状の武器を扱うことからこの名がついた。上級ランクに位置する賞金首だが、人殺しだけはしないという特異性がある。性格は人を痛めつけるのが好きなクソ野郎だ。
カテラは憎悪を込めてそう吐き捨てた。奴は仇でもある。と。
「一体だれの仇なの?」
「同業者だ」
セリの問いにカテラは静かに答えた。カテラの瞳は復讐の色に染まっていた。
セリは何かカテラに声を掛けようとしたが、雰囲気に圧倒され出来なかった。
思えばカテラの家で眠りから揺り起こされた時からカテラの雰囲気は少しおかしかった。自分を永い眠りから覚ましてくれた時のような、自分を助けてくれた時のような優しさは彼方に忘却しているように思える。
「セリ、お前は手を出さなくていい、私とフレアで…いや私一人で片をつける」
「分かった」
剣の柄を強く握りしめ、カテラの背を追って足を速めた。そうしないと、カテラに置いて行かれる気がしてたまらなかったから。
発生エリアにようやくたどり着いた。もう夜になってしまった。集落は恐ろしいほど静かで人の気配は何もない。フレアも反応しなかった。
黒雪があちらこちらに積もっているのが見える。肌寒い夜だ。
散開し人の姿を探したが、何処にもいない。生活した形跡すらも消え去っている。
一度集落の中央に集まる手筈になっていたが、フレアが何時まで経っても来なかった。カテラとセリはともにフレアを探すが、何処にもいない。そこまで大きい集落ではないが、姿が見ないのだ。
「何かに巻き込まれているのは間違いないね。私が探す。セリはここで待っていて」
「でも、一人でいて平気なの?」
「セリはもう一人で戦えるでしょ」
言葉にとげがある。確かにニライのモジュールがあれば戦うことは出来るが、今の自分はそこまで強くない。もし白い十字架に遭遇した場合勝てるわけがない。
「でも…」
言いかけて、衝動的に止まる。カテラから赤いオーラのような気迫が見えた気がしたからだ。何も言えなくなって集落の奥に消えていくカテラを眺めながらセリは一人その場に残った。
それから数十分時間が流れた。カテラもフレアも帰ってこず、一人立ち尽くすセリは、自分の無力さを呪っていた。何もできない自分が嫌で仕方なかった。
腐っても自分は特務型人殻のはずである。人間を超越している存在のはずなのだが、自分には何もない。武器も外付けとなるニライだよりだ。これではいつまでも弱いまま。
そんなネガティブな感情に支配されていると、ようやく向こうから人の気配がした。
よかった、帰ってきたか。そう思って駆け寄ろうとしたとき、網膜にニライが投影されセリを止めた。
「登録されていない人間です。不用意に近づくのは危険かと思います」
「村人か?」
「いえ、対象に武具反応を検知。少ない可能性で言えば魔獣処理屋かもしれません」
「んん…」
セリは剣の柄を掴み身構える。だんだんと見えてきた人物は、カテラでもフレアでも無かった。
白い修道服のような服装を着こみ、巨大な身の丈ほどもある白い十字架を背負っている。それは紛れもなく話で聞いていた賞金首、白い十字架だった。
それはゆっくりとこちらに歩いてきて、セリの目の前数百メートル付近で止まった。
「やあやあこんばんは小さな兵士くん」
話しかけられるとは思わなかったので少し動揺した。白い十字架は黒ひげを生やした男だった。剣を持つ手に力がこもり咄嗟に刃を抜いた。
「今日はいい夜だとは思わないかい?上等なごちそうが次々と来る」
「誰の事だ?!」
「有名な魔獣処理屋だよ。実によかったし厄介なのはようやく離れてくれた。そして今ここにメインディッシュがいる」
白い十字架は明らかに自分を見定めている。
カテラもフレアもやられたのは…絶望しかない。戦う選択肢は自分にはない。
だが、
今ここで戦わなければ、二人の仇は取れない。
負けるとわかっていても手を伸ばさなきゃいけない時なんだ。
「僕は負けない!」
「よく咆えた。男の子はそうじゃなきゃなぁ!俺の名を聞いて逝け!俺は白い十字架ロッハー!」
ロッハーと名乗った男は背に背負う白い十字架を掴むと勢いよく地面に叩き付けた。
ボゴォと地面が抉れる。
半分の恐怖と半分の勇気を持った表情でセリは剣の刃先をロッハーに向けていた。
今までろくに戦ったこともない人殻が、賞金首に勝てるわけはないのは目に見えている。それでも、それでもなのだ。
「来い!」
セリは恐怖を押し殺し、力強く叫んだ。
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