第11話 修行時代③
天陽暦197年。
当時の中央区は魔獣除けの外壁が建造途中だった。規模はそれほどの物ではないが、予算が足りず天陽暦193年から四年かかってもまだ完成していたなかった。
それだけではなく、現代と比べ中央区に暮らす人々の数も少ない。これはまだ、下層に点在する集落が、今よりも多いことが挙げられる。
中央管理室の保護の手もそこまで伸びきっておらず人々は普段の生活を自分たちの手で守らなくてはならなかった。
そこで魔獣処理屋の出番である。人々の生活を守るために日夜活動しているのだ。
魔獣は下層に特に多く湧く。だから必然的に魔獣処理屋の数も下層が圧倒的に多い。
しかし数はそこまで多くはない。なにせ危険な仕事だからなり手が育たない。消耗率もすさまじく、局地的災害事象に対応できる魔獣処理屋は数えるほどしかいないのが現状だ。
三人はその中でもメキメキと頭角を現していた。
「白兎」「剣戟」「滅壊」という二つ名を与えられ、三原種も討伐したことから一躍有名になっていた。
そのころだろうか、師匠が姿を消したのは。
最後に会ったのは、いつもは個別で行動する三人で久しぶりに師匠と一緒に食事をしようと言ったときだ。中央区の師匠の家でパーティーを開いていた。
和やかな時間だったが、師匠はその時妙なことを口にした。
「私は『楽園』に帰らなきゃいけない」
三人とも顔を見合わせた。楽園とはなにか。
師匠の勉強で度々出てきた言葉ではあった。この世界のどこかに赤い海でも霧もなく、魔獣もいない安寧の地があると。それは再生塔ではなくどこか遠く遠くにあると。
そこでは誰も追求しなかった。しても無駄だとわかっていたし、師匠がまた変なことを言ったと思っていたからだ。
そもそも再生塔外に出ることは出来ない。収集艦は存在するが移動できる範囲は内海の限られた範囲のみで、ポータルという転送装置もあるにはあるが、刻限という転移可能時間と塔外で人間が活動できる時間は精々三時間が限度というのが通説だ。
師匠は最後にこうも言った。
「お前たちは十分に育った。その命は好きに使え、例えば世界を再生させるとかな」
その時は意味が分からなかったが、今なら分かる。
師匠は現代のこの時、セリとの出会いのためにカテラたちを鍛えていたのだろう。
時間は現代に戻る。
眠るセリを眺めながらカテラは小さく伸びをして、想い出から帰還した。
ふとセリの横に人影が見える。ニライだ。ニライはセリの寝顔をじっと見ていた。
「ニライ、セリが気になるのか?」
「はい。大切なマスターですから」
「ニライは昔の事覚えているかい?」
「覚えているのは、私が生まれたときのことだけです」
珍しいパターンだ。人工意識体は基本的には記憶をリセットしていくモノのはずだから、少し驚く。
「私は天使との戦争末期に生まれました。私の正式名称はニライカナイシリーズです」
「天陽暦以前の生まれだったとは驚きだな」
「私は対天使兵装を扱う人殻をサポートするために生み出されました。ですがその効力が発揮される前に戦争は終戦しましたが…」
「それから再生塔が建造されたのか?」
「そこまでは覚えていません。ですが、戦時中も確かに再生塔は存在していたはずです」
「そうだったのか…」
思わぬところで思わぬ話を聞いた。再生塔はいったい何なのか。少なくとも中央管理室の発表している情報とはだいぶ離れている気がしてならなかった。
中央管理室は人類最後の希望の塔だというが、実際のところ本当にそうなのだろうか。本当に塔外には人が住める地はもう残されていないのだろうか。
師匠の言った楽園という言葉が胸の奥に引っかかっている。
その時、一階から階段を駆け上がる音が聞こえてきて、フレアが勢いよく扉を開いた。カテラはセリを指さし口に指をあてシーっとジェスチャーした。フレアは申し訳なさそうに頭を掻く。
「すみませんカテラさん。ですが緊急事態です」
「またか、次は何?」
「下層の集落に白い十字架が出ました」
「な!?」
「これを受け、ギルドは対象集落周辺を局地的災害事象発生地点に指定、魔獣処理屋は急いでこれの討伐に当たるべしとのことです」
「まだセリの訓練も終わってないってのに面倒なことになったね。心配だけど置いていくわけにもいかないからセリも連れて行こう。露払い程度には戦えるはずだしね」
「すでに準備は終わっています」
「よし、それじゃあ、行くよ!」
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