第7話 小さな仲間
中央区に無事到着し、軌道列車を降りてギルドの門をくぐった。
カウンターに座る女性の事務員に話しかけて、セリの登録を済ませる。傍ら、カテラはある場所に連絡を取っていた。
その名は傭兵教会。無骨な人間と恐ろしく脳筋な連中の寄せ集めのような組織である。カテラ唯一の(リシュを除く)友人がいる組織でもある。
コネの一つで、あまり使いたくない奥の手でもあった。
彼らの事を考えるだけで頭が痛くなる。その程度には厄介な連中なのだ。
「連絡終わり、あとは待ってれば来るでしょあっちから」
「まさか傭兵教会に連絡を取ったんですか?カテラさん自ら?」
フレアは驚愕の表情を見せる。
「だって人工意識体をもってそうなのは教会くらいだし…」
ボヤいていると、ギルドの扉が力強く開かれた。ギルド内の全視線が入り口の方へ向けられる。そこには修道服を着た女性が二人立っていた。
向けられた視線は一気によそを向く。二人の修道女は視線も気にせずカテラの元へ一直線に歩いてくる。
赤毛の髪の毛の女性がずいっと体を向けてきた。カテラに接触しないかするかくらいの距離だ。体からは花のいい香りがする。
「カテラ様お久しぶりです。北の集落の防衛戦以来ですね?我々を呼びつけるとは何のことかと思えば、意識体が欲しいとほざくなどずいぶんなもの言いではありませんか?」
丁寧な口調かと思えば毒が混じっている。カテラは頭が痛くなった。
「シスター・クラエラ。そう言わないで欲しい。私は防衛戦での借りを返してほしいんだけなんだ」
「借り?あなたはいつから借金取りになったのですか?我々は貴女に借金などした覚えはありませんが」
「いいや、したね。防衛戦で私を置いて傭兵部隊が逃げただろう?あの後一人で、三原種を狩ることになったんだぞ。アレを借りと言わずしてなんという?」
「…たしかにそんなこともありましたね。私としたことがうっかり失念していました」
体をずずいっと後ろにのけぞらせてシスター・クラエラは答えた。
「で。意識体はあるの?」
「意識体は確かに現存していますが封入させる端末がありませんよ」
「それなら心配ない。ちょうどここにある」
カテラがポーチから出したのはリシュからもらった小型記憶域体だった。
リシュにはいつも助かっている。あいつの先見は素晴らしいものがある。
「記憶域とはまた珍しいものをお持ちですね…。いいでしょう。カイナッツ!」
シスター・クラエラにカイナッツと呼ばれた女性は懐から透明で小さな橙色の球体を取り出した。
それを記憶域体に近づけると、吸い込まれるように中に消えていった。
「お望みの意識体です。三年ほど前にギシ領域から発掘されたものです。役に立つ時が来てよかったと思います。ではこれ以上の長居は不要ですね。お互いを嫌いになる前に別れましょう。では、これで」
シスター・クラエラはいうが早いかカイナッツを連れてギルドを出ていった。
カテラはひとまず胸をなでおろした。
リング状の記憶域体は橙色の光を放っており、空に人型の映像が映し出された。
少女の影へと変わった映像は合成音声のような声で言葉を紡ぎ出した。
「初めまして。私は端末型人工意識体『ニライ』です。私のマスター、契約を結ばれる方はどなたですか?」
「こっちのちっこい少年だ」
カテラがセリの腕にリングを嵌めた。リングはセリの腕の形に縮まり、きれいに収まった。ニライはセリに小さくお辞儀した。
ニライのような簡易ターミナル種は旧人類の遺産の一つで、昔は人間の健康状態などを総合的に収集し送信することができたとされる遺物である。
今回はそのニライに、武器使用法を記憶させ、外付けのモジュールとしてセリに使用させる目的だ。
さて次は、ギルド直下の労働組合。すなわち、そこのカウンターで武器使用モジュールの調達が必要だが、それはすでにフレアが済ませていた。カテラはフレアに礼を言いニライに武器使用モジュールを記録させた。
これでセリは少なくとも多少の戦闘はこなせるようになったわけだ。
「ニライ、モジュールは機能するか?」
「はい。問題なく動作します。マスターとの身体機能のリンク済みです」
「よし、次は実戦経験を積む段階だな。依頼を受けて魔獣を討伐しよう。おい、オーダーを確認したいんだが」
カテラはカウンターの事務員に話しかけた。事務員は依頼オーダー書をテーブルに並べる。カテラはその中から旧灰の村付近の依頼を手に取った。
オオカミ型魔獣「ドーブウルフ」討伐と書かれた書類を事務員に提出し、自身のプレートに登録すると、ギルドを後にした。
そのあとは、中央区の小さな商店に足を運んだ。この商店の名はウルタ工房という老舗の武具店である。カテラ行きつけの店であり多少の色目はつけてくれるだろう。
「オヤジ入るよ!」
「誰かと思えばカテラじゃないか。久しぶりだなぁ」
くしゃっとした笑顔で迎えたのはウルタ工房の店主のオヤジだ。カテラやフレアが幼いころからの顔なじみだ。元は凄腕の魔獣処理屋だった時代もある。
「顔を見るに、後ろの坊やの武器か?」
「さすがオヤジ、分かってるね」
「何年武具を扱ってると思ってんだ!しかもそこの坊やは武器を握ったこともないときた…」
「武器はある?」
「あるさ、もちろんな。それこそ扱い方次第だがこれなんかどうだ?」
オヤジは後ろの棚から一本の小剣を取り出した。三人と一体の目線が小剣に集中する。見れば装飾もない他愛のない小剣だが、よく研がれており、刀身は鏡のように美しい。
「管町経由だが中層からの輸入品だ。三原種、緑位の甲殻から作られている。坊やどうだい、これにするかい?」
「はい、これが一番ぴったりだと思います」
セリは柄を握り小剣を持ち上げて見せた。不思議と自分の手によくなじむ感覚があった。ニライのモジュールのせいかもしれないが。
「よっし!決まりだ!代金は2300でいい」
「三原種製の小剣にしちゃあ安いね」
「バカいえ、お得意様のためにまけてやったんだ。商売が成り立つギリギリの値段だぞ」
「悪いねオヤジ。ありがと」
「なぁに別にいいさ。お前にはいつも大量に弾を買ってもらってるからな」
笑顔のオヤジに別れを告げて、三人と一体は、旧灰の村に向かって歩き出した。
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