第5話 旧遺跡群ギシ領域②

 ギシ領域のポータル乗り場は人で溢れていた。いつもより人の数が多い気がする。

 ギシ領域はコンソールに情報を入力しその場所に転送するシステムをとっている。これは領域内が広大すぎて移動に時間がかかるうえ、地上から移動すると騎兵どもが周りをうろついていて危険だからという意味もある。

 カテラは急いでフラグメントのデータを入力しフレアをポータルの中に引っ張り込んだ。


 転送が開始され、フラグメントに刻まれていた秘匿領域に飛ばされる。

 秘匿領域は今までカテラが見たことのないエリアにあった。配管が木の蔓のように遺跡に絡みつき、地面は鋼でできている。壁は一見して鏡のように見え、入り口は巧妙に隠されている。

 カテラの持つフラグメントが入り口の位置を示さなければ、一生潜航することは出来ないだろう。

 鏡の一面に近づくと、蕩ける様に壁が消え赤銅色の通路が現れた。カテラとフレアは注意しながら通路を進んでいく。フレアの鼻に反応はなく、感覚にも異常はないことから、敵性体はいないようだ。騎兵すらいない静寂を保つこの遺跡はどうやら棺桶のようにも思えるほどだった。

 結晶塔のように旧人類の構造体はおらず、ただ静かな通路だけが奥へと誘っている。

 徐々に照明が明るくなってきており、赤銅色の通路の壁に何やら文字が浮かんでいることに気が付いた。旧人類の言語で書かれているようで、二人には読めなかった。


 そのまま奥まで進んで行くと、蒼い棺桶のような箱と白いプレートが宙に浮いている部屋に辿り着いた。

 白いプレートには現代の言語で「とうをのぼるもの」とだけ書かれていた。


 フレアは警戒体制のまま部屋の入口に立っている。

 カテラだけが棺桶のような箱に近づき少し観察してから、これが旧人類のコールドスリープの一種だと気づいた。ギシ領域は確かに旧人類の遺跡群だが、こんな場所にコールドスリープを置く奴がいるとは思えなかった。普通は塔外の結晶塔に多いからだ。


 カテラは躊躇せず箱に触れた。空間がズレたような感覚がして、箱が左右に羽根を開くように開いた。

 中には、青い髪の少年が眠っていた。カテラが息をのむほどの美少年だ。一見すると女の子にも見える。中性的な外見をしている。


 フレアが鼻を鳴らした。何かに気が付いたのだ。


「カテラさん、その子人間じゃないですね。よくできていますが人殻です」

「だと思った。首筋にコードが入っている。彼は人間じゃない」


 少年の首には007という刺青のようなコードが書かれている。人殻特有のものだ。

 少年はすやすやと眠っている。こちらの気など知らないように、安らかな顔だ。

 カテラが手を伸ばし、少年の頬にふれる。少年は少しうめき声を上げて、ゆっくりと目を開いた。カテラを見て、次にフレアを見た。そして口を開く。


「あなたたちは、誰ですか?ここは…どこですか?」

「覚えてないのか?なら自分の名前は?」

「僕は、セリ。そうだ、セリだ…。特務型人殻…七草シリーズの一人…」

「聞いたことないな。それはまあいい、自己紹介だ。私はカテラ。そっちは…」

「フレアです。よろしくお願いします、セリ君」


 掌をひらひらと振りながらフレアは笑顔で答えた。

 意思疎通ができる人殻はなかなかいない。いることにはいるが、カテラやフレアといった一介の魔獣処理屋はまず会えない。


「ここは再生塔下層、旧遺跡群ギシ領域の秘匿領域遺跡だ。君はここで眠っていた」

「じゃあ、僕が下層、つまりはここにいるという事は世界再生は失敗したということですね?」

「待て待て、話が分からん。世界再生?どういう意味だ」

「僕たち七草シリーズは世界再生のために作られた特務型人殻です。再生塔の最上層にある星刻機関アクラの起動及び駆動にに必要なパスワードを持っています」

「星刻機関アクラだと?実在したのか…」


 カテラは少し考える。師匠に聞いたことがあったからだ。

 遥か昔、この世界が戦争によって赤い海と霧に沈んだ後、再生塔に逃げ延びた旧人類は世界再生のために、あるシステムをこの星に埋め込んだと。それが星刻機関アクラだった。

 しかしそれも度重なる塔内での争いで失われたと聞いた。


「僕は塔を上らなくちゃいけない。でも、今の僕だけじゃ上層に上がることは出来ない。なぜなら管理権限を失っているから」

「だから、私たちに手伝ってほしいとでもいうのか?」


 カテラとセリは沈黙したまま数秒見つめあった。

 先に言葉を発したのはカテラだった。


「普段の私なら、断ると言いたいが、今回はその依頼を受けよう。私も再生後の世界を見てみたいからな。フレアも別にかまわないだろう?」

「私はカテラさんに従いますよ」

「本当ですか!ありがとうございます!」


 セリは小さくお辞儀した。


「しかし問題はいくつもある。まずセリ、人権の獲得のためにお前を処理屋見習いという立場にもっていかなきゃならない」

「いきなりは無理なんですか?」

「中層に繋がる管町を通過するためには人権が必要なんだ。人殻でも同様に、人間に必要とされているという証が。だから悪いが職に就いてもらう」

「分かりました。従います。改めてよろしくお願いします」


 その時、フレアに肩を叩かれた。やはり表情が厳しい。


「どうした?」

「人間が遺跡に潜航してきました。数はおそらく4です。中央管理室の連中かと」

「来たか…。さてどう切り抜けるか…。セリは黙って私たちの説明に合わせてくれ」


 コクリと頷くセリをベッドから立たせて、カテラは通路を眺め見た。

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