第4話 旧遺跡群ギシ領域

 フレアとともに、その日のうちに用意出来ることはして、急いで自宅を出た。


 中央区のギルドは港のちょうど反対方向に位置する。ギルドがある周辺地区は街になっており、それなりに栄えている。下層において貿易の拠点となっているのはこの中央区以外には中層に上がるための管町くらいしかない。そうだ忘れていた移動キャンプもあった。これらの貿易拠点は傭兵教会に守られており治安はバカみたいに安全だ。窃盗など起きるはずもなく下層に住むとしたら中央区一択だろう。

 下層の強みはギシ領域という旧遺跡群と塔外に出るための唯一の港がある点に尽きるだろう。それ以外は特に特筆すべき点は皆無だ。

 春季の魔獣の繁殖力は異常そのもので魔獣処理屋の仕事は一気に忙しくなる。

 だから、冬季が終わる前にギシ領域に潜航したかった。稼ぎ時をみすみす逃すわけにはいかないからである。


 中央区には夜の十一時ごろに着いた。夜中だというのに中央区は明るく、活気づいている。ギルドも年中無休であるため、休む間もなく、ギルドの門をたたいた。


 ギルドの建物は昔の中央管理室の支部の建物を利用しているため実に強固で無機質だ。内部は外面と打って変わって、遺跡の調査をする深都屋やフラグメントの調整を行う解析屋、それに春季に向けて用意をする魔獣処理屋で溢れかえっていた。

 カウンターに進みカテラが潜航申請を行っている間、フレアは処理対象のプレートを眺めていた。


「ポーンウルフ」「野良騎兵」「白い十字架」


 魔獣から賞金首まで、処理屋の仕事は多数ある。

 魔獣処理屋にも種類があり、魔獣を専門で狩るのはハンターと呼ばれ、人間を専門で狩るのはチェイサーと呼ばれることが多い。

 いうてもまだ冬季、そこまで処理対象の数は多くない。臨時で依頼が入る場合もあるがそれも決して多い話ではない。


「フレア、おまたせ」


 白い十字架と書かれたプレートをフレアが眺めていると、後ろからカテラに声をかけられた。様子を見るに特に問題はなかったようだ。


「今日は中央区で休んで明日朝一で軌道列車に乗ろう」

「分かりました。カテラさん、これ見てくれます?」


 フレアはプレートをカテラに渡した。

「白い十字架」賞金首である。開拓旅団と呼ばれる非正規組織の一人で、ギルドの約定を無視し遺跡に潜航し遺物を根こそぎ回収する、遺跡荒らしである。

 カテラの顔がゆがむ。この白い十字架とは浅からぬ縁があるからだ。こいつは主に中層を拠点としていたはずだが、いつの間に下層まで降りてきたというのか。


「こいつ、まだ生きてたんだね。もう死んだものと思ってたけど」

「もし、もしですがギシ領域で出会った場合にはどうされますか?」

「今度は見逃さない。必ず殺す」

「…そうですか」


 フレアは複雑そうな表情になった。フレアの心情としては、カテラとは戦ってほしくない想いが強い。単に相手が強いだけではない。それ以上の事情が二人にはあるのだ。


 二人はギルド直営の宿泊所に泊まり、朝を迎えた。朝の空気は辺りの喧騒に似合わず、清々しいものだった。朝食として安い黒パンとスープを平らげ、軌道列車乗り場に向かうことにした。


 中央区の南東側にある軌道列車乗り場は混雑している。超広大な土地であるこの再生塔を唯一格安で移動できるのが軌道列車の利点である。

 軌道列車は球状の連結式移動機械で、まったく揺れないのが特徴だ。元は再生塔建設の際に工事用として使われていたものを再利用しているという説が有力だが、学者の一部には異議を唱える声もあると聞く。まあ、ただ利用する分にはそんな細かいことは気にしなくていいんだが。


 フレアとともにギシ領域行きの軌道列車に乗り込み、席に座った。列車からは外はほぼ全景が見えるようになっている。マジックミラーのようになっていて、中側からは外の景色が見えるのだ。

 フレアは駅構内で買った携帯食料をかじっている。カテラは外の景色を黙って眺めていた。途中でフレアに携帯食料を差し出されたが、やんわりと断った。これの味はあまり好きではなかったからだ。


 そうしているうちにコールが流れ、列車は一瞬でギシ領域の移動キャンプに着いた。

 移動キャンプは名の通りのもので、主に深都屋が多くいる。武器から食料まで潜航に必要な物品は大体の物が揃う。


「リシュさんには会って行かれるんですか?」

「ああ、久しぶりに来たしね」


 リシュとは、なじみの武器屋兼深都屋である。彼も修行時代からの付き合いだ。

 移動キャンプの奥まった場所に店を構えていることが多い。


 やはり今回もこの場所にいた。

 鮮やかな緑色の髪に優男風の面をしている。二人が近づくと、リシュは手を振ってくれた。


「誰かと思えば、久しぶりだな二人とも。今日は依頼か?」

「いや、ちょっとした野暮用でね。その前にリシュに会っておきたかったんだ」

「おいおいずいぶん殊勝なことを言うじゃないか。明日は雨が降るかもな」

「明日は雨予報ではありませんよリシュさん」

「たとえってやつだよフレア。君も元気そうで何よりだ。駆動剣の調子はどうだ?」

「調子はとてもいいです、こんな貴重なものをありがとうございます」


 フレアの持つ駆動剣は元はリシュの得物だった。フレアの処理屋一人前記念にリシュから贈られたものだ。


「しかし今ギシ領域に来るなんてついてないな」

「何かあったの?」

「中央管理室の連中が来てて何かやってるんだ」

「うわっ、めんどくさいことになってるね。ほかに情報は?」

「中央管理室の連中の目的はある人殻だって噂だ」


 まさか。フラグメントの?ありえない話ではない。こうなっては、連中に姿を見られる前にギシ領域に潜航する必要がある。

 見付かったら昨日の今日だ何を言われるか分からない。

 カテラはリシュに礼を言いフレアの手を引っ張って入り口のポータル乗り場に急いだ。

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