第3話 はじまりの依頼③

 目の間に広がっている光景は異質なものだった。

 白い部屋に真ん中に白いベッド。周りを取り囲むように無機質な石棺が並んでいる。

 ベッドにはもはや人の姿はなく、代わりに情報記憶媒体フラグメントが残されていた。石棺に取り付けられた小さな小窓からは中が窺えるのだが、そこには人殻用の兵装が収められているようだった。


「さっきの人殻のものでしょうか?」

「いや、その可能性は低い。さっきの人殻の等級とここにある武器は合わないからね」

「とりあえず、フラグメントだけでも回収しましょう」

「そうだね…」


 まだ違和感があった。ならばここにいたであろう人殻はいったいどこに行ったのだろううか。外は赤い海に覆われているから、通常の方法では移動は不可能だ。

 カテラは掌をかざし、プレートにフラグメントを回収すると腕時計を見た。

 刻限まで残り三十分を切ろうとしている。

 潮時だ。

 これ以上、ここにとどまる理由はない。


「フレア、遺跡を脱出するよ。先導よろしく」

「了解!」


 来た道を戻っていく。道すがら、カテラはフラグメントを覗いてみた。

 所どころ破損しているが、読み取れる場所だけ読み込んで見れば、これはどうやら再生塔内のギシ領域の遺跡の位置データと扉を開くための鍵データのようだった。

 塔内のギシ領域は広大な遺跡群であり、現在の人間の技術では全てを解析することは不可能な地域なのだが、まさかその地図データとは…。

 中央管理室が欲していたのはこのデータだったんだろうか?それとも眠っていたはずの人殻だったのだろうか。まあなんにせよ依頼は果たした。あとは無事にこの遺跡から脱出するだけである。


 来た道を入り口のポータル付近まで戻ったとき、またもフレアが止まった。嫌な予感がした。フレアは駆動剣を構え、静かに口に指をやってシーとジェスチャーした。


「敵です。銅級騎兵数体が、ポータルの前を占拠しています」

「中央管理室の持ち物の可能性は?」

「刻限的にあり得ませんね。おそらく別の位置から跳んできたものか、防衛機能が正常に動作したかですね」

「刻限も近い、長居は無用だ。時間がないぞ」

「数は四、大した脅威ではありませんね。装備もお粗末ですガトリングモジュールに室内用ミサイルランチャー。よくいる防衛用騎兵です。遠距離戦は推奨しません」

「また任せることになるが、かまわないか?」


 フレアははにかんで見せて、駆動剣を構える。歯車が回り、熱波状態に移行する。


「こういう敵のために武器を調整してたんですから任せてください。決して人殻用にいじっていた訳ではありませんから」


 フレアはポーチから電磁パルスを発生させる円形の装置を取り出して、スイッチを入れフリスビーのように騎兵の一群へ投げ込んだ。バチバチィという激しい音とともに、騎兵たちはオフライン状態になる。システムがオンラインになる少しの間に、フレアは素早く、騎兵の弱点部位に駆動剣を突き刺していった。

 最後の一体に刃先を突き刺そうとしたとき、フレアの動きが止まる。が、すぐにとどめを刺した。


「これは…カテラさん。この騎兵はのものです。工房の刻印が入っています」

「じゃあ、やっぱり中央の誰かが、私たちをこの遺跡から出さないために後からこの騎兵を配置したってこと?」

「考えたくないですがありえますね、人殻と戦って疲弊した私たちを出さないために、塔外に置き去りにするためにというのが推理できる範囲でしょうか」

「このことは中央には確認も報告もしないほうがよさそうだ。面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いからね」

「では、フラグメントも見付からなかったということにするんですか?」

「そうだ。だいたい人殻がいるなんて聞いてないからね。このぐらいは許されるでしょ。もともと私たちは解析者でも深都屋でもないんだし」

「それもそうですね」


 そういう事にして、騎兵の残骸を残しポータルに入って塔内の港に転移した。

 港に着くがいなや、赤い鎧がすぐに駆け寄ってきた。


「どうだった?機密物資は存在したか?」

「残念ながら何もなかったよ」

「…そうか。協力感謝する報酬は口座に振り込んでおく」

「そりゃどーも」


 赤い鎧はどこか考えるそぶりを見せたものの追求せずにあっさりとカテラたちを解放した。港は相変わらず騒然としており、忙しなく中央管理室の人間たちが動いていた。


 カテラたちはウソがばれる前にこれ幸いと、旧灰の村の自宅に引き返してきた。

 自宅で、フレアに掻い摘んでフラグメントに書き込まれていた情報の説明をしてこれからのことを考えることにした。

 考えられる選択肢は少ない。

 一つはフラグメントの情報に従い、ギシ領域に向かい謎の人殻を追うことである。

 メリットは特にないが、何らかの秘密を知ることは出来るだろう。

 もう一つは通常業務に戻ることである。中央管轄の労働組合に依頼を受けに行ってそれをこなす生活に戻るのだ。デメリットがあるとすれば、せっかく塔外の遺跡に潜航して人殻まで相手にしたというのにそれが無駄になるということだ。ただ、余計なことに首を突っ込まなくて済むというのはある。


 フレアとの協議の結果、前者の案を採用することになった。どうせ冬季は魔獣の動きも活発にはならないため仕事も少ないからだ。それだったら、少し冒険してもいいのではないか、というのが結論だった。


 ギシ領域は旧灰の村からはかなり遠い場所にあるから、軌道列車を使う必要がある。

 しかも潜航には事前の申請が必要になっているのでどちらにせよ一度、ギルドに顔を出す必要がある。ギルドは魔獣処理屋や労働組合、傭兵教会などの様々な組織のトップが作った管理組織だ。比較的魔獣の数も質も下の下層でも一応支部という形で存在している。

 今回の旅プランはこうだ。まず、下層中央区ギルドに向かいギシ領域潜航の申請を行う。中央区で準備をし、軌道列車でギシ領域近辺の移動キャンプを目指す。そのあとはフラグメントの情報にあった場所に潜航するのだ。


 フレアはどこか楽しそうにしていたし、カテラもワクワクしていた。久しぶりの遠出だからというのもある。

 移動キャンプに行けば旧友と再会できるかもしれないし、楽しみだった。


 まさかこの選択がのちにとんでもない事態に繋がるとは誰が予想できただろうか。

 否。だれも出来なかったに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る