下層・不安定世界編

第1話 はじまりの依頼

 赤い海は人間の罪の証だ。その事実は逃れようもなく現在に至ってまで残り続けている。

 カテラという少女は遠くで聞こえる収集艦の着艦音で目覚めた。

 白髪で赤目、肉体は程よく鍛え上げられている。またの名を白兎と呼ばれていた。

 正確には悪夢を見て飛び起きたのだが。寝覚めはひどく悪い。

 枕もとの時計を確認すると、もう朝の四時半をまわっていた。だが、外はまだ暗く、EFエナジーフィルターが輝く時間でも無ければ、陽光機が世界を照らし出す時でもない。

 

 今の季節は冬。カテラが住む旧灰の村にも黒雪が積もり、吐く息は白い。カーテンを少しだけよせて窓を開いた。この時間帯に収集艦が港に着くのは珍しいことで、余程の遺物をサルベージしたと考えるのが妥当だろう。

 カテラは少しだけ気になって、港まで出向くことにした。

 腰までかかっていた毛布をはぎ取り、木製の二段ベッドを降りた。ちなみに二段ベッドの下は、机になっていて、そこで主に薬の調合を行う。

 カテラの家は二人暮らしだ。相棒であるフレアという少女とともに暮らしている。フレアの部屋は一階にあって工房の隣にベッドをこしらえただけの簡素なつくりだ。武器の調整はもっぱらフレアの仕事だ。階段を下りていくと丁度フレアが自分の武器の調整を行っているところだった。

 フレアは小麦色の髪の少し背が低い少女で、修行時代からの付き合いだ。


「おはようございます、カテラさん」

「おはようフレア。ちょっと港まで行ってくる」

「さっきの音ですか?珍しいですねこの時間帯なんて。刻限も近いのに」

「何か嫌な予感がするんだ。すぐ戻る」


 割と急ぎ気味に服を着て、いつものマフラーを羽織り、玄関に進む。扉の真横に立てかけてある自身の得物「対魔獣旧式六号大砲『黒鉄』」を背に担ぎ、扉を開けた。

 外はやはり寒い。下層の季節は二つしかなく、冬→春のループ構造だ。収集艦が外海に出られるのは冬しかなく、春になると外障壁が閉じてしまうから遺物のサルベージは行えなくなるというわけだ。

 白い息を吐きつつ、旧灰の村の右手に進む。港まで三キロといったところだ。そこまでの距離でもない。もともと旧灰の村が下層集落の中でも中規模の大きさを保てていたのも港が近いことがあげられる。

 港まで歩いていると徐々に陽光機が世界を照らし出した。徐々に明るくなっていく世界は何度見ても美しい。陽光に反応して黒雪が白く染まっていく。この黒雪は陽光を浴びることで白くなり、暗黒が訪れると黒く染まるのだ。これがなぜなのか理由は今も不明だし解明しようとするニンゲンもいない。

 港に着くころには完全に朝の景色に変わっていた。港は巨大な遺物サルベージ艦である通称「収集艦」がちょうど荷物と遺物を降ろしているところだった。

 収集艦は長方形の形で装飾はなく、一見するとただの箱にしか見えない。


 カテラが近づいて運び出された遺物を見ようとしたとき、後ろから声が聞こえた。


「そこの者止まれ!ここは現在、我々「中央管理室」管下の組織しか滞留できないことになっている!即刻立ち去れ!」


 振り返ると赤い鎧の男が二人、長槍を携えてこちらに走り寄ってきた。

 赤い鎧は塔を管理する中央管理室の証である。長槍は騎士級と呼ばれる上級職にしか与えられない武装の一つだ。

 何かは分からないが、面倒ごとが起きていると見ていいだろう。


「分かった。知らなかったんだ。今すぐ帰るから」


 カテラはそういってこの場をすぐに去ろうとした。が、赤い鎧の一人が、カテラの手を掴んで引き留めた。


「お前、処理屋の『白兎』だな?丁度いいところに来た。依頼がある。受けていけ」

「はあ?」

「時間が惜しい説明するぞ」


 カテラは苦虫を嚙み潰したような顔になって手を振り払った。中央管理室の依頼は処理屋にとって厄ダネでしかない。出来るだけ受けたくはない。


「勝手すぎる、横暴でしょ」

「黙れ、これは中央管理室の指令だぞ」


 これだから嫌なのだ。中央はいつもこうやって依頼を持ってくる。立場的に下に位置する処理屋は従わざるを得ない。仕方なくカテラは赤い鎧の方を向いた。


「今日、我々中央管理室がサルベージしたものは遺跡だ。その遺跡の調査を依頼したい」

「は?」

「もちろんお前ひとりで受けなくてもいい。お前の相棒の『剣戟』を連れて行ってもかまわん」

「遺跡?正気なの?普通だったら処理屋じゃなくて、傭兵教会を頼るでしょ」

「刻限が近い、なにしろ時間がないのだ」

「はぁー受けてあげたいけどフレアは今家に…」


 頭を掻いて溜息を吐く。


「お前の後ろをついてきた子供が剣戟だろう」

「えっ?あっ」


 港の入り口にフレアの姿が見えた。大方、武器の調整が終わったので試し斬りついででついてきたのだろう。フレアはカテラを見つけるとそばに駆け寄ってきた。


「なんでついてきちゃったのかなぁ…」

「ごめんなさいカテラさん、つい…」

「ではこの依頼は受けるということでいいな」


 赤い鎧は大声でまくし立てるように言うと収集艦の真下を指さした。そこには小さな球柱状のポータル、つまりは小型転送装置があった。明らかに遺物である。


「遺跡まではあれを使って行ってもらう」

「帰ってこれるんだろうね?」

「当たり前だ。だが遺跡は塔外にある。刻限が近づけばその限りではない」

「無茶言ってくれるよ、もう…。報酬は高くつくよ!」

「分かっている、いくらでも支払うことを約束しよう」


 カテラは一瞬で報酬額の計算を終え、掌を赤い鎧に向けた。掌から薄い透明なプレート状の物体が姿を現した。処理屋が依頼を受ける際に使う、契約書のようなものである。


「処理屋カテラ、フレア。現時刻をもって依頼を受理する」

「幸運を祈る」

「そりゃどーも」


 赤い鎧の心も何も籠ってない一言に一言返し、カテラとフレアはポータルの中へと入っていった。

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