第11話 得たもの

 中山とハナが用意してくれたお茶を飲み、一旦休憩した。

 祓井はお茶請けにとヨウカンを一切れ食べたが、文乃は夕飯が食べられなくなりそうだったので、遠慮した。


「じゃ、保管したい方の紙を見せていただけますか」

「はい」

 まだ棚に仕舞ったままにしていた紙とついでに袱紗に包まれた筆も取り出す。

 昨夜綴った疑問の断片。

 改めて眺める。


 紫陽花はさておき、気付けば、おおよそ半日でほとんどの疑問が解決していた。ただまだ聞けていないこともある。

「……塵塚家に伝わる呪い」

 残っているひとつを、文乃はそっと読み上げた。

「どうかしました?」

 祓井がこちらを見て、紙を覗き込もうとしてきた。

「あ……」

 思わず紙の表面を胸元に抱き寄せる。

「あ、見られたくないですか、すいません」

「い、いえ、えっと……」

 自分の行動の意味を自分で考えこむ。何故、隠したのだろう。ただの疑問だ。わざわざ隠さなければいけないことなどあっただろうか。

 紙をもう一度チラリと見る。

 一つの文が目に飛び込んできた。

『宗十郎の元婚約者殿』

「……ああ」

 これか。宗十郎から『振られた』と聞いてもまだ文乃の頭から離れない存在。

 自分の前任にあたる人。

 この人が宗十郎を振らなければ、文乃はここにいなかった。

「……あ、あの、祓井さんは、文車家の方とよしみがあるのでしょうか」

「一応付き合いはありますが、深い付き合いはありません。得意分野が同じ浄化系だからこそ、仕事で鉢合わせすることがほとんどないんですよね」

 そう言って祓井は手帳の表紙を軽く叩いた。

「今回のこの情報も神倉さんを通じて、文車家に渡りをつけてもらい、聞き取ったものです。それがどうかしましたか?」

「……えっと、でしたら、宗十郎さんの元婚約者さんのことは……」

「ああ」

 祓井が笑った。眉を八の字にして、苦笑い、だ。でも、何に対する苦笑いだろう。

「知っています。現在、事実上の文車家頭目ですし、彼女」

「え、そうなんですか」

「最初にお二人……神倉と文車の婚約が決まったのは十年前より更に前なんです。だからその頃は頭目候補とかじゃなかったんですけど、呪詛で人がバタバタ死んだ結果、彼女が繰り上がったんです。文車家の跡目は実力重視ですので、年齢性別あんまり関係ないんですよね。年齢はともかく性別関係ないとこは珍しいんですけど。そもそも能力受け継げるのが、女性だけってとこならまあまあ、あるんですけど、文車はそうでもないし」

 全部初耳だ。

「じゃ、じゃあ、宗十郎さんが振られたのって、そのせいなのでしょうか。神倉家に嫁ぐのではなく、文車家を継ぎたいということ……?」

「んー、どうでしょう。そこまでおいえにこだわる人でもないと思いますよ。今、一番上ってだけで、候補者は他にもいますし、どうせ嫁いでも文車の呪詛は血による呪詛なので、逃れられませんし。かといって、神倉の呪いが増えて困る程度の実力でもないし。ていうか振られたんですか? 神倉さん」

「あ、あれ」

 祓井が知らなかったのなら、言わない方がよかったのか。

「いや、自分が破談の理由を知らなかったのはわざわざ質問しなかっただけなんで。興味ないし。言ってほしくなければちゃんと言うと思いますよ、神倉さん」

「たしかに」

 言い忘れただけという可能性もあるが、宗十郎はそういう気持ちを遠慮する人間でもない気がする。

 文乃が訊いたときもすぐに答えてくれた。どちらかというと異母兄の事情を話す時の方が、言い出しづらそうだった。

「祓井さんは、興味なかったんですね」

「ええ。まあ。神倉さん側に破談にする理由ないから、言い出しっぺは彼女の方かなとは思ってはいましたけど。彼女、気儘勝手な人なんで」

 そう言って祓井はまた苦笑いをした。どうやら先ほどの苦笑いは、宗十郎の元婚約者への苦笑いだったようだ。

「彼女のことが知りたいのなら、弥生先生の方が知ってると思いますよ」

「そうなんですか?」

「霊鬼神魔にまつわる家でも、女性の医師は珍しいので。重宝されるし、疎まれるんです」

「すみません。その二つは相反しているように思えるのですが……」

「重宝する人はとことん重宝するし、疎む人はとことん疎むってことですね。だから女性の頭目である文車さんは弥生先生を重宝してるんです」

「……もしかして今、典堂さんがこちらにいらっしゃるのって、私がここに来たからですか……?」

「ええ、というか文車さんからの紹介ですね。典堂家代々の診療所は近くにあるんですけど、今回のことがあるまでは、そこも空だったし」

「わざわざ、私のために……」

「まあ、ちょうどよかったんだと思いますよ。鬼神対策部隊には常駐のお医者さんがいませんから、助かると思います。……さて、脱線しすぎましたね」

「あ、はい。ごめんなさい……」

「いえいえ。どうしましょう、紙を見せたくないのでしたら……」

「いえ、もう大丈夫です」

 思い切って和紙を差し出した。表面を上に、勢いよく渡す。

「はい、どうも。ふむ」

 祓井はちらりと表面を眺めたが、何も言わなかった。

「なるほど、こっちには確かに残ってませんね、呪詛。この紙のことは神倉さんには?」

「い、言ってません……言っておいた方がよかったですよね……」

「まあ、大丈夫でしょう。でも、訊かれちゃったら、存在については答えますので、そこはあしからず。あ、中身については勝手に答えませんから、ご安心を」

「はい、ありがとうございます」

「こちらの紙には呪いは残っていませんので、そのまま取っておいてもらって大丈夫です。普通の文箱ふばこにでも入れておくといいでしょう」

「そ、それだけですか」

「それだけです。ただ、塵塚さんは呪いを感知できないのですよね」

「はい」

「つまりこれに本当に呪いが残っていないかどうか、わからない」

「……そうですね」

「枚数で判定しようにも、神倉家に嫁がれたあとは、身に降りかかる呪いが増えますから、また枚数を見極めるための経験を積む必要があります」

「そうでしたね……」

「というわけで、呪いを残さず、残したい文字を書く方法を、まずは教えます」

「はい」

「墨と硯を使ってください」

「はい?」

「墨と硯です。あるいは付けペンや万年筆、鉛筆とかでもいいです。要するに今は勝手に体内から出てくる墨で書いているから、呪いになるんです。墨と硯、あるいは他の筆記方法を使えば、呪いの影響は極めて薄くなります。文車の力に対して、門外漢の自分でも祓える程度の呪いしか残りません」

「そ、そんな簡単なことで……?」

「はい、そんな簡単なことでした」

「…………」

 絶句してしまった文乃をよそに、祓井は話を続ける。

「とはいえ、結局、日課の呪いを薄めるための筆記自体は続けていただく必要があるんですけれど……」

 祓井が少し申し訳なさそうな顔をする。

「いえ、大丈夫です」

 文乃は首を横に振る。

「それなら、ずっとやってきましたから」

「……文乃さんがそう言うのなら」

 祓井はうなずいた。

「で、問題は体内から出た墨を使って書いた、呪いの篭もった紙をそれでも保管しておきたい場合ですね」

「いえ、それはもう大丈夫です」

「え?」

「写せばいいんです、その時は。墨と硯をちゃんと使って、改めて」

「……うん、まあ、それもそうなんですけど、いいんですか?」

「いいです」

 文乃はうなずいた。

「呪いの篭もった紙をどうにかする方法って、多分、祓井さんか、誰かの力をお借りする方法ですよね?」

「あ、はい。簡単に言うと、結構な手間掛けて浄化の儀式をします」

「そこまで、ご迷惑をおかけしたくないです。焼却をお任せするのだって、本当は申し訳ないのに」

「まあ、それは本来の僕の仕事なんですけどね……」

 祓井は肩をすくめた。

「わかりました。でも、必要になったら言ってください」

「はい」

「よし、じゃあ、これを」

 祓井が白木造りの木箱を取り出した。五・七判の和紙より一回りほど大きく、蓋がかぶさっている。蓋の真ん中には鷹の羽紋が彫られている。木目がむきだしのおじゅうのような箱だった。

「これは……?」

「保管用の文箱です。一応簡単な術が掛かっているので、間違って呪いの紙を入れても数日くらいなら大丈夫です」

「あ、ありがとうございます……」

「お礼なら神倉さんに。箱自体を用意したのは神倉さんなんで」

「そう、なんですね……」

「さっそくですから、こちら保管されてはいかがでしょうか」

 祓井が文乃に紙を返してくれた。

 少し緊張しながら箱を開ける。新鮮な木の香りがする。紙を納め、蓋をそっと閉めた。

「……ふー」

「うん、大丈夫」

 祓井がニコニコと笑った。

「あ、あの、こちらの鷹の羽紋は、何かおまじないでしょうか」

 簡素な木箱にわざわざ描かれている紋が気になり、文乃は尋ねた。

「いえ、それは神倉さん家の家紋ですね」

「え?」

「気に入りませんか?」

「い、いえ……う、嬉しい、です……」

 顔が、少し熱い。

「ああ、それならよかった」

 本当に嬉しそうな声で祓井がそう言った。

 どうして、自分の喜びで、この人が嬉しそうな顔をしてくれるのだろう。

 文乃にはわからなかった。

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