第30話 火蓋

「兄さん!」

 ミシェルの声につられてみんながマリクの方を向く。


「マリク!」

「起きたのね!」


 マリクは人形のような動きでぎこちなく首を動かした。マリクと目が合う。その眼には光がなく暗い。


 マリクから光が出る。


 轟音が響き、次に目を開けた時にはマリクの部屋の壁が破壊され、空が見えていた。残留する魔力からマリクが魔法で吹き飛ばしたのだとわかる。


 ミシェルたちのことはエドアルドが防御方法で守ってくれたようだった。


「何だこの魔力は……!」

 マリクの魔力は普段よりも大幅に増えている。


「おそらく魔力の暴走状態に入っています」

 ティナが言う。


「暴走……? そんなに我慢していたの?」

 メリッサが悲しそうな顔をする。


 マリクは庭の訓練場に出ていた。再びミシェルと目が合う。マリクは詠唱なしで雷魔法を打った。

 それはミシェルに向かって真っすぐに打たれていた。


 ミシェルは咄嗟に防御魔法を展開する。ぎりぎり間にあった。が、威力が高く、後ずさりする。

「ミシェル! 大丈夫か!」

「何とか……!」


 雷魔法が止まり、防御魔法を解除する。

 マリクはずっとミシェルを見ている。


「どうしたら治まるんだ?」

 エドアルドがティナに聞く。


「魔力の暴走は感情の発散なので止めない方が良く、しばらくしたら落ち着くと言われていますが、ここまでの魔力の増幅は初めて見ました!」

「この魔力を放っておくのは厳しいぞ……」


 マリクの周りに風が吹き、マリクの髪が大きく揺れている。


 マリクはミシェルを見続けている。

 その目には負の感情がこもっていた。

 それは幼い頃向けられた、自分を見下す目線とは違うものだ。


「兄さん……?」

 どうして兄さんは僕にそんな目を向けるの?


 前へ一歩進む。


「兄さん、何があったの。どうしてそんな目をしてるの」

 マリクの眉が歪む。


「ミシェルが憎い。ミシェルは人脈も芸術の才能も持ってる! 羨ましい」

 腹の底からの、使い声で言う。


 シン……と場が静まりかえる。

 誰もがマリクの抱えている思いに気づけず、愕然とした。


 その中で、ミシェルは一人妙に落ちついていた。


 兄さんもそんなこと思うんだ。

 小さい頃の僕みたいだ。


 あの頃の妬みは、自分の得意なこと、自分が魔法の習得に時間のかかるタイプだと分かってから自然と薄れていった。


 けど、完全に消えたわけでもない。折り合いをつけて付き合ってるだけだ。


 兄さんが僕を憎いというのなら、今、僕のあの頃の気もちをぶつけてもいいじゃないか。


 ミシェルはさらに前へ、マリクの方へ進む。


「ミシュル⁈ 危険だ」


 エドアルドがミシェルを止める。


「僕が行きます。感情の発散なら、僕がいた方がいいでしょう。それに……」

 マリクとは方法の練習を何度もしてきた。マリクの動きはわかっている。


「僕だって、もう簡単にはやられません」


 カラッとした笑顔を向けられ、エドアルドは言い返せなかった。

 ミシェルも何かを秘めている。


 エドアルドにできることは一つだけだった。

「……。無茶はするなよ」

「はい」


 ミシェルの周りに魔力の動きを感じる。


 あ、お父様の魔力だ。


 エドアルドが防御方法をミシェルにかけたのだ。

 マリクを確認すると、彼にもエドアルドの防御魔法がかけられている。


 マリクの魔法をくらっても命を落とすことは避けられるし、ミシェルが思いっきり魔法をぶつけてもマリクを傷つけることはないということだ。


 腰に差している杖を抜き、マリクへと向けた。


「兄さんと本気でやるのは初めてだね」

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