第16話 誕生日の準備

 コン、コン、とエドアルドの執務室の扉が叩かれた。

 入室を許可すれば、マリクとミシェルが入ってくる。


「父上、話があるのですがよろしいですか?」

「構わない、どうした」

 二人でやってくるのは珍しい。エドアルドは手を止め二人の方に向く。


「もうすぐ母上の誕生日ですので、その、パーティーにケーキを作りたいのです」

「ほぉ……」

 マリクのお菓子作りの腕は上がっているがついにケーキを作るとは!


「これがケーキの材料と費用です」

 ミシェルが材料とそれにかかる費用の書かれた紙を渡してくれた。分かりやすくまとまっている。


「家にないものもあるので新たに買う必要があるのですが買ってもいいでしょうか」

 なるほど、苺は取り寄せないといけないな。今は九月だから値も張るだろう。


「生クリーム、苺……これは何のケーキだ?」


「しょーとけーき、らしいです」


「しょーとけーき?」

「お母様にそれとなく食べたいケーキを聞いたらそう言ってました。生クリームと苺だけのスポンジケーキだそうです」


 クリームと苺のケーキで似たのはあるが、ミシェルの言うようなケーキは聞いたことがなかった。


「初めて聞いたな」

「僕たちもです。レシピがわからないので再現できるかはわかりませんが作ってみようと思います。そうなると作る回数も増えまして……」

「いいだろう、予算を多めに出す。納得いくまでやってみなさい」

「「ありがとうございます!」」

 二人は嬉しそうにハイタッチをした。


「それと、当日はケーキを秘密にしたくて、父上に母上をひきつけて欲しいのです」

 パーティー自体は毎年行っているから今更驚かない。ケーキならメリッサを驚かせることが出来るだろう。


「わかった。引き受けよう」

 私もメリッサとゆっくりと話したいと思っていたところだ。



「スポンジが膨らまない!」

「泡立てが足りなかったようですね」


 マリクは料理長に教えてもらいながらスポンジ作りをしているが苦戦していた。

 しかも、

「飾りつけも難しい!」


 生クリームを回転台で綺麗に塗るのも難しく、絞り出し袋で形よく絞るのも難しい。生クリームの方さも気を付けなければならない。


「兄さん、これが近いんじゃないかな。生地がスポンジじゃないけど……」

 ミシェルは本を漁り、しょーとけーきの正体を探る。似たようなのはあるがメリッサの言うものとぴったりと一致する物は見つからない。


 やはり自分たちで作り上げるしかないのだ。

 


「父上、試作品を作ったので食べてもらえますか?」

「いいぞ」

 エドアルドにマリクがしょーとけーきの試作品を持ってきた。


 メリッサから隠すために箱に入れられていて、それを開けると八分の一サイズの苺の乗ったケーキが現れた。


 表面と側面に生クリームが薄く塗られていて、断面は三層になっている。一番上の層が半分に割られたスポンジで、二段目が生クリームに切られた苺が挟まっていて、一番下は再びスポンジケーキだ。


 ケーキの上には綺麗に絞られた生クリームと形の良い苺が乗っている。


 フォークで三角の先端を一口大に切り、口に入れる。

 クリームにスポンジ、苺。たったそれだけのシンプルな構成。


 だが生クリームは甘くまったりとし、スポンジはふわふわ、いちごは甘酸っぱい。


「美味い!」

「良かったー! 母上の言うものがこれで良いのか分からないのですが、これを出してもいいでしょうか?」


 サプライズなので本人に試食してもらうことが出来ないのでどうしようもない。


「誕生日のケーキとして立派に役目を果たすだろう。メリッサの言うケーキの正解は私にも分からないが、メリッサなら喜ぶと思う。よりメリッサに合わせるなら、もう少し甘さを抑えてもいいかもしれない」


 メリッサとお茶会で菓子を一緒に食べたとき、一度「お菓子がちょっと甘すぎる時があるのよね」と語っていたことがある。


「なるほど。ではこの感じで、あとは分量を微調整します」

「ああ、頑張れ。……次の試食の時は二切れ持ってきてくれ」


 ぱぁと明るい顔をするマリク。

 二つも要求されるのは、それだけ美味しかったということだ。マリクは顔を赤くし嬉しそうな顔をする。

「はい!」

 マリクは元気に部屋から出ていった。


 メリッサの誕生日まであとわずかだ。


 私の準備もできている。

 メリッサはどんな顔をするだろうか。

 今から楽しみだ。




 メリッサの誕生日当日。


 パーティーは普段の夕食よりやや早めの時間だ。

 朝は授業と仕事がある。動き出すのは午後からだ。


 三人は一日が始まる前に集まった。


「では父上、母上のことよろしくお願いします」

「準備が出来次第、僕が呼びに行きます」

「承知した」


 マリクはケーキ作り、ミシュルはそのサポートと会場のセッティング、エドアルドはメリッサの引きつけ役だ。


「パーティーに気を取られ、やるべきことを疎かにしないように。パーティーを成功させるぞ」

「「オー!」」

 三人は午後へ向けて動き出した。

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