第二部 メリッサとエドアルド

第15話 エドアルド

「エドアルド様、取り寄せた品が届いたようです」

「わかった。ありがとう」

 使用人から小さな箱を渡され、エドアルドは礼を言った。


 同時に休憩時間になったのでエドアルドは小さな箱と共に執務室から出る。


 メリッサが目を覚ましてから数カ月が経った。

 廊下を歩きながら、エドアルドは今までの出来事に思いを巡らせた。




 メリッサが倒れた時、血の気が引いたことをよく覚えている。


 エドアルドは仕事で空いた時間ができれば、メリッサの部屋へ様子を見に行った。

 眠るメリッサの手を取って、溢れたのは、後悔と失う恐怖。

 

 もっと話せばよかった。

 結婚して、子どもが産まれ、領主として背負うものが増えて仕事が忙しくなり、メリッサと話す機会が減った。そうしたら、何を話せばいいか分からなくなっていた。気づいた時には会話が無くなっていた。


 部屋へ行くたびに

 どうしてメリッサがこんな目に、自分は何もできない、息子への接し方もわからず、メリッサに何もしてやれない。

 と無力感に襲われた。


 ある日、エドアルドがいつも通り、メリッサの見舞いに行った時のこと。

 医者にもう絶望的だと言われた。

 魔法は万能ではない。病気を治すことはできなかった。エドアルドにできるのはただ祈るだけ。


「メリッサ……すまない……」


 手を取り、目を覚ますことを祈る。


 すると、メリッサの細い指が少し動いた。

 エドアルドはメリッサの顔を見る。

 長いまつ毛が揺れ、ゆっくりと、メリッサが目を開けた。


 エドアルドの絶望で熱を失った体に、一気に熱が戻った。


「目を覚ましたのか! 医者を呼べ、早く!」

 使用人たちもメリッサが息を吹き返したことに驚き、大慌てで医者を呼びに行った。


 目を覚ましたばかりのメリッサが心配だったが、次の日は出張だ。準備をしなければならない。

 どうしてこんな大事な時に!


 出発の直前に医者から、目覚めたメリッサは特に異常もなく健康だと告げられた。その言葉を聞き安堵し、とりあえず安心だ、と屋敷を出発した。


 メリッサは、嘘のように健康になり、別人のようになっていた。

 倒れる前は大人しかったが、人が変わったように明るくなった。

 あんなに明るいのは幼少の頃以来ではないか?


 人格が変わったのは、病気を乗り超え、奇跡の回復をした影響ではないかと医者は言っていた。

 性格が変わっても、メリッサが生きていることを嬉しく思う。




 メリッサは元気を取り戻し、周りを変え始めた。


 ミシェルが魔法も剣も才能がなく伸び悩んでいることはエドアルドも聞いていた。


 しかし自分には強く、立派な貴族に育てるということでしか、それ以外の方法でミシェルと会話することができなかった。

 エドアルド自身が、父との会話がそれ以外で無かったから。


 ミシェルに何をしてやればいいかわからなかった。


 せめて父のように、怒鳴ることだけはしないようにした。それでも、父に言われるような、キツイ言い方になってしまった。


 魔法と剣の才能が無ければどうすれば良い?


 父は何も教えてくれはしなかった。

 母も早くに亡くしてしまっているから、家族というものを教わることなく育ってしまった。


 メリッサがミシェルと習い事をしたいと言った時は驚いた。

 しかも、魔法と剣の授業を休むかもしれないと言った。


 休んでいいのか?

 休むという選択肢があることにエドアルドは驚愕した。


 彼自身は、辛くても休ませてもらえなかったから。

「休め」、「休む」なんて言葉、自分の中になかった。


 ミシェルのことはメリッサに任せることにした。


 それからだ。ミシェルが明るくなったのは。

 メリッサによると、芸術系の才能があるらしい。


 本人も楽しそうにしているようで、エドアルドは、ミシェルのことを何も見ていなかったと反省した。ミシェルの得意なことを、見つけ出してやることもできない。


 自分は父にされたことをくり返していただけだ。

 自分の辛かったことを子どもにもさせている。


 メリッサはミシェルを救ってくれた。

 そのことにお礼を言いたかった。




「話がある」と、メリッサに話しかけたはいいが、言葉が上手く出てこない。泣き方も弱音の吐き方も忘れていた。

 それでもメリッサはエドアルドが口を開くのを待ってくれた。

 

 自分の懺悔とも言える言葉に、彼女は「これから晩回すれば良い」と、「これから変わればいい」と言った。

 その言葉に勇気づけられ、もう一度、やり直すことにした。


 コンサートの日、ミシェルの演奏は素晴らしいものだった。少し緊張しているのか、登場した時の動きは硬かったが、ピアノを弾き始めた瞬間、柔らかく指が動き始めた。


 ここまでの才能があるとは……エドアルドは驚いた。

 弾き終わったミシェルに真っ先に拍手を送った。


 上手く褒められるかと不安だったが、その言葉は自然と出た。

「素晴らしい演奏だった」


 ミシェルは戸惑いつつも、ふにゃりと笑った。

 ミシェルのこんな笑顔を見たのは、いつぶりだろうか……


 ミシェルの笑顔を見てないのは、自分がミシェルにしてきたことの結果だ。

「今まできつく当たってしまって、すまなかった」

 ミシェルやマリクが笑っていられるようにしようと決意を新たにした。


 それ以降、ミシェルともマリクとも前より仲が良くなった。




 メリッサには以前よりも深い思いを抱くようになった。


 コンサートでのメリッサの演奏は、少し抜けていて、上手いとは言い難いものだった。ただ、自信に満ちていて、上手い、下手、など気にせず楽しそうに弾いていた。音が踊るように、跳ねるように鳴り、見ているこちらにも楽しいという気持ちが伝わる。


 その姿が愛らしいと、エドアルドの胸が高鳴った。


 メリッサに勇気をもらったあの日から、メリッサに再び惹かれている。すでに結婚しているのにおかしな話だが、メリッサにもう一度恋をしたのだ。


 ミシェルの魔法の授業を見に行った時、メリッサはキラキラとした目で魔法を見ていた。魔法に興味があるらしい。


 丁度いい。会う回数を増やす口実が欲しかった。


 魔法のレッスンもメリッサは楽しそうだった。

 魔法を学んだ後は、紅茶を飲んで菓子をつまみ、たわいのない話をする。その時間が、たまらなく愛おしい。


 通知表なるものを作ろうと言われたときは、面白いものを考えるな、とエドアルドは感心した。


 メリッサはエドアルドに星四つをくれた。


 メリッサは小さい頃にハンカチをくれた時から、私を励まし続けている。

 

 私はメリッサに何ができるだろうか。第一に危険から守ることと、この愛をきちんと伝えることだろうか。




 思いを巡らせれば、あっという間に目的地に着いた。

 

 メリッサはお菓子が好きで食べている姿は可愛く、幸せそうに食べる。食べすぎが心配ではあるが、うっとりと味わうメリッサがとても美しく、愛らしいあまり、エドアルドはついつい毎回お菓子を持って行ってしまう。


 今日の菓子も気に入ってくれるだろうか。


 エドアルドはメリッサに声をかけた。

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