第11話 コンサート当日

 コンサート当日、シャツに蝶ネクタイ、サスペンダーという普段よりもかっちりとした服装のミシェルは落ち着かず、うろうろしていた。


 音楽の習い事の部屋を仕切りで区切り、一方を舞台、もう一方を控え室の代わりにしている。


「ミシェル落ち着いて、大丈夫よ」

 そう言うメリッサも声が震えている。ミシェルと同様に緊張していた。

「二人とも落ち着いて」

 サンドラが言う。


「だって演奏会なんて初めてだもの」

 メリッサの言葉にミシェルもコクコクとうなづいた。


「深呼吸してください」

 サンドラの言うとおりにする。

 息を吸って、吐いて、吸って、また吐いて。


「少しマシになったわ……」

 ミシェルも少し落ち着いた。


「二人とも落ち着いて、普段通りに弾けば大丈夫です。二人ともお上手ですから!」

 サンドラの言葉に勇気づけられる。


「でもこれだけ人がいたら、緊張しちゃうわよね」

「みんな来てくれましたもんね」

 二人は仕切りからひょこっと顔を出し舞台側を覗く。


 使用人はほぼ全員、料理長、庭師のおじちゃんもいる。そしてマリク、それと……


「お父様がいる⁉」


 マリクのとなりにエドアルドがいるのを見つけた。


 落ち着いた緊張が戻ってくる。


「やっぱり無理です!」


 人は多いし、父もいる。

 不安と驚きで頭がパニックになった。


「ミシェル様! 落ち着いて!」


「ミシェル!」

 メリッサがミシェルの肩を掴んだ。


「ミシェル、緊張するならお客様達はかぼちゃと思うといいわ」

「か……かぼちゃ?」

「そう、お野菜のかぼちゃが相手なら緊張しないでしょ? ここはかぼちゃ畑だと思って演奏すればいいのよ」


 そりゃ、かぼちゃ相手なら緊張はしないけど、かぼちゃと人は違うでしょう!


 さらにメリッサはのんきにとんでもないことを言い出した。

「エドアルドは……じゃがいもね!」

「「じゃがいも?」」

「そうよ。 髪色が似てるでしょ?」


 僕のお父様はじゃが芋だった? 


「プフッ」

 サンドラの声が漏れる。必死に我慢しているがプルプル震え、顔が真っ赤だ。

「申し訳ありません……。うっふふ……、旦那様をじゃが芋だと言うなんて……。んふふ……じゃがいも……」


 ミシェルもつられて笑いそうになる。

「フッフフ……」


 ミシェルとサンドラのツボに入り、二人は笑いをこらえてる。


 メリッサはきょとんとしていて、止めを刺しにきた。

「そう思うと今日は豊作ね」

「ブハッ」

「先生!」


 サンドラ先生がやられた!

 サンドラはよろよろと部屋の隅へ行き、うずくまり、ひっそりと笑い続けている。


 なんだか緊張がほぐれてきた。




 そうこうしているうちに、開演の時間になった。

「さ、ミシェル、普段通り、リラックスして行ってもらっしゃい。楽しんできて!」

「はい!」


 舞台へ出て、おじぎをすれば、拍手で迎えられる。ぎこちなくピアノのところへ向かう。


 向かいながら、ちらりと客席を見る。マリクが頑張れ、とジェスチャーをしていた。その隣にエドアルドがいる。


 普段の服よりも豪華な、余所行きの服を着ていて、腕を組み、背筋を伸ばし、堂々としている。


 その姿はまるでこちらの力量を見定めにきたような、試されているかのような気になってくる。


 いつものミシェルならドキッと怖くなり下を向く。

 しかし、今のミシェルは違う。


 前を向き、まっすぐ歩く。


「かぼちゃ、かぼちゃ……じゃがいも、じゃがいも……」

 こっそりとつぶやく。


 堂々と立っている父が、じゃがいも……

 メリッサの言ったことを思い出し、クスッと笑いそうになる。

 力がほどよく抜けていく。


 ピアノのイスに座る。

 深く息を吸って、吐く。


 落ち着いて、大丈夫、僕なら、できる。


 楽しもう。


 ミシェルは鍵盤に指を沈めた。




 練習した二曲とも弾ききった。

 ミスもしていない。


 むしろ今までで一番良いんじゃないか?


 全力を出せた。


 来てくれた人の反応は?


 わっと歓声が上がり一気に拍手が起きた。大喝采だ。


 胸が熱くなり、高場感に満たされる。

 礼をし、裏へと戻る。


 控室へ入った瞬間「わあぁ」と叫び、ぴょんぴょんと跳ねた。

 嬉しさが抑えきれず、体が勝手に動く!


「ミシェル! すごかったわ!」

「ミシェル様見事でした!」


 メリッサとサンドラもミシェルを賞賛した。


 顔まで熱くなる。


「じゃあ私もがんばってくるわね!」

「がんばってください!」

 メリッサを送り出した。




 メリッサの演奏が始まった。

 音もリズムも安定している。

 しかし、たまにズレてしまい不安定な部分がある。

 それでも堂々としており、胸をはって弾いていて、やっぱり楽しそうだ。


 メリッサはすべてを無事に弾ききった。そして立ち上がり礼をする。


 パチパチと拍手が起こる。


 みんな笑顔だ。

 先生に押され、ミシェルも舞台へ出てメリッサの隣へ行く。


 メリッサが言う。

「今日は来てくれてありがとうございます」

「これで今日のコンサートは終演になります。ありがとうございました!」

 ミシェルが続き、二人で礼をしてコンサートは幕を閉じた。




 使用人達が仕事へと戻っていき、徐々に体の力が抜けてくる。弾き終わった後の高揚感は残ったままだ。


「お、終わった〜」


「ミシェル!」

 マリクが抱きついてきた。

「すごかったよ! 感動しちゃった! すごいね、すごいよミシェル!」


 マリクが頬にすりすりし、頭をなでなでしてくる。

 少し照れくさい。


「ミシェル」

「お父様」

ドキドキする。


「素晴らしい演奏だった」

 エドアルドは笑っていた。

 お父様が笑っている?


 それに、褒め、られた?


 メリッサを見ると、

 にこっと笑って頷いた。


「あ、ありがとうございます」

 嬉しい、褒められた。認めてもらえた。


 エドアルドの大きな手が頭にのる。優しい手つきだ。


「今まできつく当たってしまって、すまなかった」

 あ、謝られた?


「何か、私にできることはあるか?」


「あ……」

 一つあった。


「あります……! 魔法と剣の授業を再開したいです」

「!」

 みんな驚いた顔をしている。


 自分には剣と魔法の才能はない。でも続ければマリク程じゃなくても上手になるはずだ。


 メリッサを見てそう思った。


 もう一度進んでみようと思う。


「わかった、無理はしないように」

「はい……!」


 やった! 許可が下りる。

「良かっそねミシェル!」

 マリクが嬉しそうに言う。


「マリクも何かあっそら言うようにな」

「はい!」


 無事にコンサートは幕を閉じた。

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