第9話 ミシェルからの誘い

「はぁ~」

 初めてのお菓子作り、マリクは慣れない事をして少し疲れた。でも楽しい。


 三十分経ち、

「では今から型抜きをします。めん棒で生地を三ミリの厚さで伸ばし、これで抜いていきます」


 そう言って料理長が見せたのは銀色のハート型。

 机に並べられた型はハート以外にも星やデフォルメされた馬などがあった。


 なんだかわくわくしてきた。


 さっそく、三人はめん棒で生地を伸ばし、ポンポンと生地を型でくり抜いていく。


 生地は柔らかく、馬は首の部分が千切れやすい。そっと丁寧に外す。

 綺麗に取れて、鉄板に置けると嬉しくなる。

 

 くり抜いた生地はオーブンで焼かれ、甘い香りがキッチンに広がる。

 その香りは皆の期待を高めた。


 焼きあがるのを楽しみに待ちながら、残りの生地も型で抜いていく。生地に型を置く場所がなくなったら、生地を集めて丸めて再び伸ばして、また抜いて。それを繰り返した。


 全て抜き終わり、オーブンに入れたクッキーも焼き上がった。

 その頃にはエプロンは汚れていて、粉で真っ白になっていた。エプロンをつけていて良かった。


 料理長がオーブンから取り出すと、ほんのりと色づいている。クッキーの完成だ。


「「うわぁ……美味しそう」」

 マリクとミシェルの声がシンクロする。


「完成です。綺麗にできましたね」

「さ! 食べましょ!」

 みんなで一斉に食べる。


「あちっ」

 出来立てのクッキーは熱く、じゅわっと口の中で崩れる。熱が冷めるとサクッとした軽い口当たりに、優しい甘さが口いっぱいに広がった。


 わざわざ自分たちで作る必要はないと思っていたけど、買ってきたクッキーやプロの作ったものとは違った味わいがある。


 厚さは均一ではないし、表面はでこぼこしていてひび割れもある。形が歪んでいるのもある。

 それでも自分達で作ったクッキーは格別だ。優しくてどこかホッとするようなあったかい味。


「ねぇ兄さん、これすごく美味しいね」

「そうだね! とっても美味しい」


 二人で美味しさを分かちあう。


「美味しいわねぇ!」


 ミシェルやメリッサと食べるから、より美味しく感じる。


「大変だったけど、手順は単純でしたね」


 メリッサがフフッと笑った。

「今日は簡単なレシピにしてもらったのよ。もっと難しいレシピもあるわよね。料理長?」

「ええ、卵黄だけを使ったり、混ぜ方が大事になるものもありますね。メレンゲクッキーやスノーボールなど種類も多いですし」


「えぇ~そうなんだ!」

 マリクが驚く。

「お菓子も奥が深いんですよ」

「へぇ~」


「クッキーを手作りしてみてどうでした? 二人とも?」

 メリッサが聞いてきた。


「楽しかったです!」

 ミシェルが言う。


「僕も楽しかった! 自分で作ると一層美味しくなる気がします!」


 そっか。ミシェルはメリッサといろんな事をして、元気を取り戻したんだ。良かったなぁ、とマリクは心の中で思う。


「私もとても楽しかったです。美味しくて大満足! ほらココア味も美味しいわよ!」


 メリッサが作ったココアの味も口に放り込む。ココアのコクが美味しい。


 クッキーが美味しくてついつい手が伸びる。それはミシェルもメリッサも同じようで。

 あっという間に無くなった。

 

「兄さん……」

 ミシェルが口を開く。


「なぁに?」

「僕、来週ピアノの演奏会をするんだ。来てくれる?」

「そうなの? もちろん行くよ! 楽しみだなぁ」


 ミシェルからの誘いに迷わず行くと答えた。

 もうマリクの顔は嬉しくてにっこにこの満面の笑みである。


「さ、残りも焼けましたよ」

「やった~!」

 一番喜んでいたのはメリッサだった。


「もし、またお菓子を作るなら一緒に作りたいな」

「うん、兄さん、また一緒に作ろ!」


 そのあとも会話は続き、楽しいひと時を過ごした。

 手作りのクッキーはマリクにとって特別な味になったが、三人で一緒に作って、話をしながら食べる、その空間と時間がとても暖かく、それもまた特別だった。


 メリッサは食べすぎだと料理長に叱られていた。

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